第8話
累、準備する!
「では、答えを聞かせてもらおうか」
ディアスさんとの戦いの日から二日。
つまり、俺がこの世界の救世主になる! と、イオに向け決意表明した晩の翌日。
俺は再びアルネオに呼び出された。
現在俺がいるのは昨日の訓練場ではなく、書類やら机やらがたくさんある、執務室のような場所だった。
朝食を食べた後、早々に槍男が牢屋に迎えに来たのだ。
余談だが、リーシャさんは今朝も機嫌が悪く、朝食に付いていた芥子の様なものを大量にパンに付けて食わされました。
しかも笑顔で口に突っ込んできたため、拒否出来なかった。
おかげでまだ口の中がヒリヒリする…
話は戻り。俺の目の前にはアルネオが居り、その後ろに槍男が控えている。
そして神官みたいな魔法使いみたいな格好のメガネの男が、部屋の端のソファで優雅に茶を飲んでいる。
んで、アルネオに昨日の答えを聞かれたワケだが。
「…結論を出す前に、もう一ついいっすか?」
俺は、昨日の夜から密かに考えていた事を行動に起こす事にした。
この話を受け入れられなければ、これからの行動が難しくなる。
未だに結論を渋る俺に、面倒臭そうな顔で理由を聞くアルネオ。
「なんだ」
「…ディアスさんに、会わせてほしいんだ」
「ディアスにだと?」
「ぁあ」
「ふむ…」
俺を観察するように、ジッと睨んでくるアルネオ。
何か企んでいるのでは、と疑っている様子だ。
「……」
「……」
沈黙が重い。
冷や汗が背中を伝っていくのが感じられる。
顔に汗はかいていないだろうか?
「……」
「……(ゴクリ)」
つい音を出して唾を飲み込んでしまう。
それさえも聞こえてしまうのでは? と思うほどの沈黙が続いた。
そして、とうとうアルネオが口を開く。
「…いいだろう、会わせてやる。ザック、連れて行ってやれ」
ホッ…、どうやら了承してくれたようだ。
アルネオはザック――槍男の名前らしい――に、俺をディアスさんの所へ連れて行くよう指示を出す。
「しかし、よろしいのですか?」
「よい。どうせ会ったところで何も出来んだろう。精々が、アヤツを殺すくらいだろう」
サラッとなんてコト言いやがる。
どうやら、このオッサンにとってディアスさんを殺されるのは、全くもって痛手にならないらしい。
まぁ殺さないけどね。
「おい、付いて来い」
そして俺は、あの戦いの日以来初めてディアスさんに会う事になった。
ディアスさんが居るのは、奴隷用の牢屋ではなく、奴隷剣闘士用の個室だった。
どうやら奴隷剣闘士というのは、奴隷の中でも特別扱いらしい。
その中でも、この街一番の奴隷剣闘士であるディアスさんは、特に優遇されていたみたいだ。まぁその地位も、俺のせいで危ういみたいだが。
「5分だけだぞ」
そう言って扉の前で止まるザック。
どうでもいいが、この世界でも時間単位は一緒なのか?
もしかして、異世界翻訳機能がこんなところまで働いてるとか?
まぁいいや。
とりあえず…
―コンコン
部屋の扉をノックする。
さっきアルネオの居る部屋に案内された時、ザックも扉をノックしていたので、恐らくそこは元の世界と同じなのだろう。
「だれだ?」
扉の向こうからディアスさんの声がする。
アルネオの許可を取ったとは言え、ディアスさんにはアポ無しだ。自分に大怪我を負わせた相手がノコノコと訪ねて来たりしたら、どんな反応を示すだろうか。
…いきなり斬りつけられるとか?
俺は若干緊張しつつも、恐る恐る声を出す。
「有沢累です。二日前にあなたと戦った」
「……」
「……」
「…入れ」
しばしの沈黙の後、ディアスさんから入室の許可が降りた。
「失礼します」
扉を開け、部屋の中へと入る。
部屋の中は、とりとめて特徴もない、質素な内装だった。
「何をしに来た」
俺が部屋の中を見回していると、ディアスさんがトゲトゲした物言いで話し掛けてきた。
「貴方に、提案があってきました」
「聞かん。帰れ」
バッサリ
もうちょっと聞いてくれるかと思ってたけど、こんなに嫌われているとは…。
なら、初っ端から本題に入るしかないか。
「リーシャさんを助けたくはないんですか?」
ピクッ――
反応した。
「リーシャさん…だと? 貴様、妹とどうゆう関係だ?」
そっちですか!?
いや、普通助けるの方に反応しない?
「妹さんには、牢屋の中で食事の世話をしてもらってます」
「食事の世話?」
んん?
さっきから眉がピクピクいってるぞ?
「えと、手枷を付けられて一人で食事が出来ない状態なので、妹さんに食べさせてもらっているんです」
「よし、殺す。そこに直れ」
ギャーー!!
ディアスさん怪我してるんでしょ!?
剣なんか持ち出さないで!
「ちょっ、落ち着いて下さって! 俺はここの皆を助けるために…」
「助ける?」
あ、止まった。
っていうか今大声で言っちゃったけど、部屋の外に聞こえなかったかな?
「そ、そう。助けるんです」
「……話を聞こう」
……。
「なるほど。しかし、そんな事が本当に可能なのか?」
「えぇ、可能です。ただそれには、ディアスさんの協力が必要です」
「なるほど。いやしかし、俺はこの通り戦えない状態だぞ」
「それも考えてあります」
「…?」
俺はベッドに横たわったままのディアスさんに近づき、わき腹に手を翳した。
「何を……!?」
「どうです?」
「…これは」
そう、ディアスさんの折れた肋骨を還元の能力を使い、折れる前の無傷の状態に戻したのだ。
「驚いたな。…これは、魔法ではないな?」
「えぇ、これは自分特有の能力です。魔法はちょっと理由があって使えないので。ただその代わり、自分に魔法は効きません」
「なるほど。だからあの時俺の魔法が効かなかったのか」
「まぁ、反則的な能力ですけど…」
「まったく、その通りだ」
鼻頭を人差し指で掻き、苦笑しながら言うディアスさん。
「足の方も治しておきましょう」
「ああ、頼む」
そう言って、足を此方に向けようとするディアスさん。
「いや、動かなくて大丈夫ですよ。そのままで」
「手を翳さなければ使えないのでは?」
ああ、そういえば肋骨を治す時には手を翳してたな。
でも
「この能力はイメージさえ出来れば、離れた所からでも使えるんです。ただし、自分が壊した物質だけみたいですけどね。それ以外は、手を翳さないと出来ませんけど…」
これも昨日の実験で知った事だ。
まったく、説明書に書いといてくれよ。
まぁ実際にやって知った方が、理解は早いんだけどね。
「あ、それから…」
「ん?」
俺は今回の行動を成功させるべく、5分という短い時間内にディアスさんと作戦を練るのだった。
……。
「それで? 答えは決まったのだろうな?」
「あぁ、しっかりと」
「ほほぅ、ならば聞かせてもらおうか?」
満足げにふんぞり返って、俺の答えを待つアルネオ。
俺が雇われるのを確定している様な態度だ。
どこからその自信が出てくるのやら。
まぁその自信も…
「俺は、今のままでいい」
「よし分かった。今すぐこの書類にサインを……は?」
…一瞬で砕かれるのだが。
「…プッ、クスクス」
部屋の端で優雅に茶を啜っていた眼鏡男が、何故か吹きそうになっていた。
「…小僧、今なんと」
書類を片手に持ったまま、此方を睨むアルネオ。
「だから、このままでいいって言ったんだよ。俺はあんたに雇われもしないし、奴隷剣闘士にもならない。普通の奴隷でいい」
「な…に?」
目を見開いて固まっているアルネオ。
ショック過ぎて頭が回らないのか?
「…クッ、ハハハハッ!」
そして何故か吹きそうになってた眼鏡男が、遂に我慢出来なくなって、盛大に笑った。
「け、ケスト! 何を笑うか!」
「…ククッ、いや失礼。貴方の顔が余りにも面白かったものですから」
「なに!?」
眼鏡男、ケストの言葉を聞き、一瞬で茹でダコの様に真っ赤になるアルネオ。
「ぁあ、失礼。今のは忘れて下さい。…少年?」
ん?俺か?
「はい?」
「何故、そちらの道を選んだ? 君ならば、最高の待遇で持て成されていた筈だが?」
ソファから立ち上がり、此方を真っ直ぐに見てそう問うケスト。
その目は、まるで俺の腹の底まで見透かす様だ。
「そのオッサンの役に立つのが気に入らない。それだけだ」
途端、目をまん丸にして驚くケスト。
なんか、表情豊かな人だな。
「あっはっはっはっは! ファビイ氏、これは無理だ、諦めた方がいい。この少年は、貴方の器では御しきれない」
「ぬぐっ、な、なにを…」
そう言われて、若干たじろぐアルネオ。
っていうか、オッサンのファミリーネームってファビイだったのか!?
あの鳥擬きとは似ても似つかねぇ!
「ザック! この小僧を牢屋にほうり込め! 今すぐだ!!」
「は、はい!」
そして、槍男に伴われて部屋を出て行く俺。
「あぁ、少年」
すると去り際に、ケストが話し掛けてきた。
「なんです?」
「何をするつもりかは知らんが、とりあえず楽しみにしているよ」
「――っ!!」
ヤバッ、もしかしてバレてる?
いやでも、何をするつもりかは知らんが、って言ってたし。
とりあえず、知らん振り。
「はぁ、なんの事です?」
「ククッ、頑張りたまえ」
そう言いながら手を振って、部屋から出る俺を送り出した。
俺が部屋から出た後、アルネオがケストに向かって叫びまくってる声が聞こえてきた。
あの人、大丈夫か?
まぁいいや、今の俺には関係ない。
とりあえず、種は一通り蒔いた。
後は今夜の準備を終えれば、明日に備えるのみだ。
…いよいよ明日、俺はこの世界で、革命を起こす。
いつの間にかPVが一万を超えていました。
これもひとえに皆さんのお陰です!
お気に入り登録していただいてる方、ありがとうございます。
いよいよ次回、累が大暴れ? します!