第4話
「ふざけるなっ、俺はまだ戦える!!」
俺に投げ飛ばされた後、すぐさま立ち上がり、髭オヤジに続闘を訴えかけるディアス。
その顔は必死のモノだった。
「ふん、見苦しいわディアス。下がれ」
「ジジィ!俺はまだ戦えるって言ってんだろ!」
「奴隷風情が、この私を煩わせるな」
そう言い捨て、ディアスに背を向け帰ろうとする髭オヤジ。
「…っ!キサマァ!!」
すると、ディアスは傍に落ちていた自分の剣を拾い、髭オヤジに襲いかかった。
しかし
「ぐぁっ!」
髭オヤジの近くにいた部下達により、取り押さえられる。
数名の男達によって地面に押さえ付けられるディアス。
しかし、それでもなお足掻く。
「待ちやがれジジィ!!おい小僧ぉ、今すぐ俺と戦え!俺はまだ戦えるっ、まだやれる!!」
取り押さえる男達を引き剥がし、髭オヤジに迫ろうとするが、更に強く押さえ付けられ、横っ面を地面に押し付けられる。
「ぐっ…」
「無様だなぁディアス。そこまでしてあの小娘を助けたいか」
髭オヤジがディアスに近付き、立ったまま見下して言う。
「クソォォオオ!」
「そうかそうか、ならばキサマに1つ良いことを教えてやろう」
そう言うと髭オヤジはしゃがみ込み、ねっとりとした嫌な喋り方でディアスの耳元に囁く。
「あの女の調教は、三日後の夕刻からだ」
「っ!」
瞬間、ディアスの目が先程までよりも見開き、髭オヤジを見た。
すると髭オヤジはその視線を躱すかのように立ち上がり、再びディアスを見下ろす。
「もちろん、何の調教かは言うまでもないだろう」
「アルネオ貴様ぁ!!」
更に必死の形相で叫ぶディアス。
それを見て髭オヤジは満足げな顔をすると、卑俗な笑いを浮かべ、もう一言付け足すように言う。
「そうそう、あの女の調教だが、私も立ち会う事になってな。奴隷の身でありながらあの美貌、私も今から楽しみだ」
「あ゛あ゛゛ぁぁァァアア!!!離せぇ!!アルネオきさまぁあ、リーシャに指一本触れてみろ、殺してやる!塵も残さず消し炭にしてやる!!」
「ふん、よく吠えるわ。おい、小僧に枷を」
「はい」
髭オヤジは最後にディアスを一瞥すると、近くの槍男に声を掛けた。
槍男は返事をすると、俺に近付き例の鉄球の鎖を取り付けていく。
「行くぞ小僧」
「…ぇ?あ、ああ」
俺はディアスのあまりの狂乱ぶりに息を呑み、しばし茫然としていた。
しかし槍男が後ろから槍をギラつかせて急かすので、半ば強制的にその場を後にした。
俺達が訓練場を離れてしばらくしても、訓練場からはディアスの叫び声が聞こえていた。
その後先程の牢屋に戻された俺は、槍男によって再び鎖を短いのに付け替えられた。そして牢屋の外で満足げの笑みを浮かべる髭オヤジ、アルネオが俺に言ってきた。
「これから小僧は普通の奴隷ではなく、奴隷剣闘士として育てよう」
「奴隷…けんとうし?」
なんだそれ。
なんか嫌な予感がするぞ。
「なんだそんな事も知らんのか。剣闘とは奴隷同士を戦わせ、観覧や賭事を行う王族や貴族、大商人達の娯楽だ。奴隷剣闘士とは、そこで戦う奴隷のコトだ」
ああ、グラディエーターみたいなやつね。
うん、それで?
誰がなるって?
……
「は?俺が!?」
いやいや、ないって。
なんで急にこんな事になっちゃってるのさ!
勝っちゃったから?
勝っちゃったからなの?
何やってんだよ俺!
ちょっと誰かタイムマシン持って来てー!
過去の俺をぶっ飛ばして来るから!
「まぁ本格的な訓練は明日からだ。それまでにこれからの身の振り方を考えるんだな」
そう言い残すと、アルネオは槍男と共に去って行った。
さて!
時間は進み、今は夜――外が見えないので時間的感覚で――だが、ここで一つ、とある問題が起きた。
まぁ問題と言っても、危機的状況に陥るような問題でもないのだが…
いま俺の目の前には、美味しそうな食事が、トレーの上に並べられ、床の上に置かれている。
これから有能な奴隷剣闘士として活躍してもらうため、栄養はしっかりと取ってもらわないと困る。との事なのだが…
「……」
「後で食器取りにくるから、早く食っちまえよ」
「あ、ちょっと」
俺は咄嗟に声を出し、食事を出しに来た男が帰ろうとするのを止めた。
「なんだ?」
面倒臭そうな顔で此方を振り向く男。
早く帰らせろ、と言外に言っているようだった。
いやいや、なんだ?じゃなくてさ…
「これじゃ食えないんだけど?」
俺はそう言って、鉄球に繋がれた自分の両手を見せる。
そう、早く食えとか言われても、これじゃ食えないって。
まぁ手を動かせないってコトはないけど、筋トレしながら飯を食うなんてメンドイ事はしたくない。
ってワケで
「外して」
「バカかお前は?外せるワケないだろ」
むかっ
ナニコイツ、メチャクチャカンジワルイ
「いやいや、いくらなんでもコレじゃ食えないじゃないですか」
必死ににこやかな顔を作って言う俺。
怒ったら負けだよね。
「…チッ」
チッ、て!
チッて言った今!
何よこいつ!
「いやホント、お願いしますって」
「…めんどくせぇな。おい」
男は渋々といった感じで振り向くと、向かいの牢屋に声を掛けた。
牢屋の女性達が一斉に此方を向く。
「誰かこいつに飯を食わせてやれ」
あ、そういう手に出るのね。
っていうか、食わせる?
あーん、ってやつですか?
……
それもそれでイヤだなぁ…
「あれって、もしかしてディアスさんを倒したっていう…」
「暴れて牢屋を壊したんですって」
「やだ、野蛮そうな顔してるわ」
「牢屋に入った瞬間食べられないかしら」
俺に飯を食わせろと言われた女性達は、ヒソヒソと何やら話している。
まぁヒソヒソ話してるつもりなんでしょうが、聞こえてますよあなたがた。
っていうか最後のやつ、食わないって。
「…私がやります」
すると1人の女性が立ち上がり、名乗り出た。
「ふん、お前か。いいだろう、出ろ」
男は偉そうに言うと、向かいの牢屋を開けてその女性を通した。
そうして通路に出てきた女性を見ると、その女性が真っ直ぐに此方を見据えているのが窺えた。
「あ、どうも」
「……」
俺はその女性に、首だけ下げて軽く挨拶をする。
しかし綺麗な人だな。
女性は青い綺麗な長い髪をかき上げると、ふんっと鼻を鳴らしてヒタヒタと此方の牢屋に近づいて来た。
なんかプライドの高そうな感じの人だな。
よくこんな人が俺に『はい、あーん』なんてする気になったもんだ。
あ、もしかしてツンデレとか?
『別にあんたのために食べさせてるんじゃないからね!』とか、『ほら、冷ましてあげるから早く食べなさいよ』とか言ったり?
はい、そんなワケないですね。
すいません。イタい子ですいません。
だからそんな蔑んだ様な目で俺を見ないで下さい…
って、なんでそんな目してるの?
およ?もしかして心の声が漏れてた?
「……」
無言のまま、男が俺のいる牢屋を開けるのを待ち、ひたすら俺を見つめてくる女性。
しょ、正直気まずい…
「ほら、入れ」
女性は男に促され、牢屋に入ってきた。
そして男は牢屋を閉めると、また後で来ると言い残しそそくさと行ってしまう。
「私は…」
すると、先程まで沈黙を決め込んでいた女性が口を開いた。
「私はディアス・ハーネスの妹、リーシャ・ハーネス。私は、貴方を許しません」
メインで書いてる『神々の唄』より、暇潰しに書いてるこっちの方がアクセス数が高い…