第24話
「んふふぅ~。モテる男の子はツラいわねぇ~。
でも君、もう一人親しい女の子いるでしょ?
あんまり節操ないと、そのうちブスッと刺されるわよぉ?」
えっと、このやたら親しげなお姉さんはどなたでしょうか?
あ、さっきダリオを迎えに来たみたいな事を言ってたな。
っていう事はもしかして…
「貴殿はまさか…、フィーナ殿?」
「なんでお前がここにいる、フィーナ!」
マリアさんとダリオが、ほぼ同時に反応する。
ガリウスさんや他の兵士の人達も、この人を知っていそうな顔ぶりだ。つまりは…
「また敵!?」
「なに!」
「――ッ!」
慌てて戦闘態勢を取る、俺とディアスさんとリーシャさん。
「やぁん、別に私はあなた達と戦うつもりはないわよ。
だからそのままさっきの続きをしてて」
しかし予想に反して、フィーナさんに戦意はない様だ。
両腕を胸の下で組んで体を前に傾け、艶やかな笑みを俺に向ける。
も、もうちょっと屈めば谷間が…
「「ルイ(さん)?」」
ダークなスマイルで俺の背後に立つ、リーシャさんとマリアさん。
「ゴホンッ! い、いやー、今日はいい天気だなー」
「あらん、見せるつもりでやったから別にいいのに」
残念そうな顔をするフィーナさん。
なら次は気付かれないように…って、ヒィイイ!
後ろの二人は俺の心でも読めるのか!?
「おいフィーナ、俺を無視するな!
敵なんかと馴れ合ってないで、早くそいつらを殺して俺を解放しろ!」
「やぁよ、この子達面白いもの。そんな事したら勿体無いじゃない」
分かってないわね~。と、両掌を上に向け、やれやれといったジェスチャーをする。
「そ れ に」と言って妖艶な顔で舌なめずりし、俺の顔を見上げてきた。
ん?
「ルイくんの事、お姉さん気に入っちゃったんだものぉ」
両腕を俺の腕に絡め、その…立派な双丘が押し付けられる。
「んな!」
「ちょっ!」
フィーナさんの行動に、顔を真っ赤にして慌てるリーシャさんとマリアさん。
ふぅ、やれやれ。
俺がこんな色仕掛けでどうにかなるとでも?
「ききききっ気に入ったとは、どどっ、どういう理由で!?」
ヘタレと呼ぶがいいさ。
「んふぅ♪ それに答える前に、私からひとつ質問。
実は私、今回の戦い最初から見てたんだけどぉ…」
「なっ、なに!?最初から見てたんなら、なんで俺がこうなる前に助けなかった!
というかそんな話はどうでもいいから、早く俺を助け「えいっ♪」ぶべらぁっ!」
「……」
もはやダリオに人権はないのか。
いや、庇護するつもりはないけどね。
「それでぇ。あなたさっきの戦い、ダリオとやった時は…あ、やったってソッチの意味じゃなくてね?」
分かってますがな。
「ダリオと戦った時は、あの武器を粉々にしちゃう能力を使ってたけどぉ、マリアちゃんと戦ってる時は使わなかったわよね?
それ、なんで?」
「なんでって…。え~と、何て言うか」
ちなみにフィーナさんの腕は、未だに俺の腕に絡みついている。
やぁらかい感触が…
っていうか、なんかこれ説明し難いな。
下手したらマリアさんに怒られそうだ。
まぁ、現在進行系で怒っているワケだが。リーシャさんもね。 なんで?
「ルイ、私にも聞かせてもらおうか。
もしも手加減をしていた。などと言おうものなら、私はお前を許さないぞ」
不機嫌そうな表情を抑え、真剣な顔でマリアさんが問うてくる。
まぁ、ここは正直に話すか。
「えっと、なんて言うか…。ただ単に、そういう反則的な能力を使わずに、純粋にマリアさんと勝負したかった、ってとこですかね。
と言っても、ヤバくなったら使う気でしたよ。命を棄てる気はないんでね」
他にも理由はあるんだけどね。
体に直接触れた物質しか分解できないという理由で、あの無敵鎧を纏ってる間は、分解の能力が使えないとか。
まぁその後は、ただ戦いに熱くなり過ぎて、分解の事を忘れてたんだけど。
フッ、これも武人の性よ。
つっても、コレを言う必要はない。
敵にわざわざ能力の詳細なんか説明できるか。
…その敵とこうやって話してるのもどうかと思うけどね。
柔らかいぜ。
「……」
チラッと、窺うようにマリアさんの顔を見てみる。
「――ッ///」
なんか赤くなった。
「ま、まぁ、別にルイが尋常の勝負を挑みたかった故に、と言うのなら、私もそこまで気にはしないが…」
「あ、ありがとうございます」
しかし柔らかい。
「うふふぅ~、やっぱり私の予想通り。
ふつう命をかけた戦いにそういう思考を持ち込むのは、三流のする事だって一笑されるでしょうけど、お姉さんルイくんのそんなところが気に入っちゃったの♪」
「あああああありがとうございますっ」
ぐにぐにと腕に押し付けられるオパーイの感触に、もはや思考を奪われつつある俺。
「おいっ、いい加減にしろフィーナ!
それ以上敵と馴れ合うなら、お前を許さないぞ!」
ディアスさんの手によって芋虫状態にされたダリオが、地面でバタバタと暴れながら叫ぶ。
ちなみにディアスさんは、リーシャさんの顔が恐くなったあたりで、会話から外れて端っこの方で地面と会話してた。
「うん、お兄ちゃんはいいんだ。リーシャが幸せならそれで。でもな?偶には優しくして欲しいときだって…」とかブツブツ言っている。
とりあえず、オッパイとだけ言っておこう。
ちがったドンマイ。
「もぉ~、分かったわよ。
捕まってるくせに偉そうなんだから」
渋々、と言った感じに俺から離れるフィーナさん。
この人はもう何しに来たんだか。
ああ、ダリオを迎えに来たのか。
……
それダメだよな?
「残念ながら、お前達をこのまま行かせる事はできんな」
いつの間にか立ち直っていたディアスさんが、フィーナさんの前に立ちはだかる。
「あら怖い。私達を引き止めて、いったい何をしようと言うのかしら?」
おどけて見せるフィーナさん。
しかしその表情とは裏腹に、その身に纏っていた雰囲気が一変し、獰猛な獣の様な気を感じる。
「「「――っ!?」」」
一斉に身構える、俺とディアスさんとリーシャさん。
マリアさん達はと言えば、何やらどうするか決め倦ねている様子である。
「お前達を拘束し、この後の王国との交渉材料になってもらう」
「まぁ、お兄さん格好いい顔して、言う事凄いわね。
それってつまり、この私達を人質にしようってことじゃない」
「フンッ。俺達は反乱奴隷、お前達は王国軍。敵同士だ。
そんなことは当たり前だろう」
「敵だなんて、酷い事言うわね。
私は別にあなた達に何かしようだなんて思ってないわよ?」
「ほざけっ!」
シャリン!
と、勢いよく剣を抜くディアスさん。
それに合わせ、フィーナさんの放つ気が一層強くなり、殺気と呼べるものにまでなっていた。
「……」
「……」
互いに殺気を放ち、睨み合うディアスさんとフィーナさん。
「はぁっ!」という掛け声と共に、ディアスさんが切りかかる。
袈裟切り、刃を返しての横一閃、流れるように剣を引き、脇で絞ってから放つ突き、横への薙払い。
全く隙のない、怒涛の連撃。
しかしその全てを、ひらりひらりと紙一重でかわすフィーナさん。
「おのれ!」
「腕はいいのだけれど、遅いわね」
再び切りかかろうとしたディアスさんに一瞬で肉迫し、耳元で囁く。
「な!?……ぐぅっ」
「はいおしまい♪」
切りかかろうとしていた所に、カウンターで顎に掌底。
ディアスさんの体はぐらりと傾き、力無くその場に倒れた。
「ディアスさん!」
「兄さん!…く、聖霊よ、我が求めに応え…」
「はい残念♪」
「ぅくっ…」
呪文を詠唱しようとしたリーシャさんの背後にいつの間にか現れ、延髄に手刀を落とし気絶させる。
「リーシャさん!」
「後はあなただけね」
倒れゆくリーシャさんの傍で、ニッコリと不気味な笑みを此方に向けてくるフィーナさん。
なんていう強さだ。
さっき戦ったダリオとは、まるで次元が違うじゃないか。
「はっ、呆気ないな。やはり俺たち勇者に適うやつなんて…」
「うるさいわね」
「アヒィッ!(悦)」
何か言おうとしたダリオの尻に、蹴りを叩き込むフィーナさん。
…ダリオの表情は、見なかったコトにしよう。うん。
「あなたなら、少しは楽しませてくれるかしら?」
恍惚とした表情を浮かべ、ゆっくりと歩み寄るフィーナさん。
「くそっ…」
俺は千刃の指輪を再びあの鎧に変え、構えをとる。
恐らくフィーナさんは、無手での戦いを得手としている。
ならば、下手に武器を使うよりも防御力を上げた方が…
「考えは悪くないわね。でも、それじゃあダメよ」
また一瞬で、今度は俺の前に現れたフィーナさん。
鎧の腹部に手を当て、ズンッと右足を踏み込む。
「……あら?」
「残念ながら、この鎧に鎧透しは効きませんよ!」
動きを止めたフィーナさんに、拳を振り下ろす。
しかし素早くその場から退き、あっさりと避けられてしまう。
しかし、鎧の雷撃付与も効かなかったか。
マリアさんみたいな雷系耐性とかか?
「もぉ~なによその鎧、反則じゃない。 しかも今ちょっとピリッてきたわよ?」
どうやら少しは効いたらしい。本当に少しだが。
「う~ん、仕方ないわねぇ。
じゃあ…」
そう言ってその場から姿を消し、また一瞬で俺の前に現れるフィーナさん。
一体どうなっているんだ?
「こんなのはどうかし…ら!」
俺は慌てて拳を繰り出すが、アッサリとその腕を取られ、体勢を崩される。
そして左腕で俺の右腕を抱え、右手で俺の腰の鎧のベルトを掴む。
「なにを…」
「ふふっ」
するつもりだ。と言おうとした瞬間、体に急速なGが掛かる。
フィーナさんは俺を抱えたまま、物凄い速さで中空に飛んでいたのだ。
…マズい!
跳躍が頂点に達した所で、俺の腰のベルトから手を離し左腕を掴んでうつ伏せにさせる。
そしてフィーナさんは、俺の背中の上で膝を背骨に押し当てている。
「くぅっ!」
「無駄よ、完全に極まっているもの」
なんとか外そうとするが、全く体が動かない。
迫る地面。
「くそぉおお!」
「バイバイ♪」
――ズンッ!!!!
おおよそ人が落下したとは思えない音と振動が響く。
「くっ……はっ…」
なんて威力だ。
くそ、息が出来ない。
「凄いわね、まだ意識があるの?
でも流石に動けはしないみたいね」
そう言って呆れた表情を見せるフィーナさん。
そして後ろを振り返り、俺に背を向けてダリオを拾いに行く。
「ほら、帰るわよダリオ」
「おいコラッ、縄を解け! 軽々しく肩に担ぐな!」
「うるさいわね、えいっ♪」
「へぶらっ!」
薄れゆく意識の中、俺はフィーナさんの後ろ姿を見続ける。
フィーナさんは再び俺に視線を向けると、
「楽しかったわよルイくん♪
また強くなったら遊びましょうね♪」
そう言って小さくウィンクすると、砂塵の中に消えていった。
そこで、俺の意識は途切れるのだった。
ルイ、初めての敗北。