第21話
「少年、君の…勝ちだ」
マリアさんの口から告げられた、勝者への言葉。
「勝っ…た?」
俺は乱れた息を整えながら、呆けた顔で呟いた。
本当に勝ったのか?
あんなに強い人に?
そう考えて、俺は倒れたマリアさんの顔をそーっと覗いてみた。
「………」
「気絶、してる?」
先ほどマリアさんが言った言葉を思い出す。
『君の勝ちだ』
つまり、そういうことだ。
辛くもではあるが
「か、勝った~…」
瞬間、俺は全身から力が抜け、へにゃへにゃと地面に座りこんだ。
「はは、勝った。
やってやったぜコンチクショウ」
色々と考える事は山積みだが、今この瞬間だけはこうして座り込んでいたかった。
「っていうかイオのやつ、今回は俺1人で余裕だみたいな事言いやがって。
めちゃくちゃキツかったぞあんにゃろう。次会ったとき覚えとけよ駄女神め」
そんな風にイオに悪態を吐きつつ、何となく空を見上げてみる。
すると、何だか周りがザワザワと騒がしくなりだしたので、視線をそちらに向ける。
「嘘だろ、隊長が負けた?」「まさか、あんなガキに?」「でもさっき、お前の勝ちだみたいな事を…」「俺も聞いたぞ」
マリアさんの部下の騎士達だった。
「……あ」
忘れてた。
マリアさんとの戦いに集中するあまりに、他の人達を…
と思った瞬間、部下の皆さんが一斉に此方を睨んだ。
あれ、聞こえた?
俺のマインドヴォイス。
「「………」」
そして無言のまま、ひたすら睨まれる俺。
「えーと……」
「うわぁあああ!」
「え?」
「やめんかっ!!」
ドコッ!
「おごっ!」
「っ!?(ビクッ)」
どうしようこの空気。とか思っていたら、急に騎士の1人が雄叫びをあげて俺に突っ込んできた。
と思ったら横からマリアさんの槍が飛んできて、その人にぶち当たった。
ちなみに槍は横向きで飛んできたため、当たったのは槍の腹の部分だから刺さる事はなかったが、槍が当たったその人は、見事に一瞬で俺の視界から消え失せた。
っていうかマリアさんいつの間に起きたんですか?
「何をやっている貴様ら!
戦いは終わりだ。今すぐ退け!」
「し、しかし隊長…」
「このまま撤退したところで、我々のいく先は…」
「ああ、そうだ。
王の勅命にも等しいとされる、王国特務騎士隊の命令。
その命令を遂行せずにおめおめと逃げ帰ったとあらば、死刑かはたまた奴隷商いきだろうな」
「ならば、なおのこと逃げ帰るわけには」
「貴様らの隊長が、一騎打ちで負けたのだ!!
騎士として、隊長として、そして1人の武人としてっ、誇りを持って戦った!
そして、負けたのだ…」
自分だって辛いはずなのに、それでも必死に部下達を宥めようとするマリアさん。
しかし、それでも部下の騎士達は諦めない。
「でも隊長…」
「いい加減にしやがれテメェラ!!」
部下の1人が尚も食い下がろうと、口を開きかけたとき、彼らの後ろの方から、大きな声が聞こえた。
すると、周りの人垣のいっかくが割れ、傷だらけな顔をした、いかにも歴戦の猛者といった風格を纏った男が出てきた。
っていうか、なんかオレ空気になってない?
「あ…、ふ、副隊ちょブッ!」
あ、殴られた。
「こんのバカ野郎共が、いい加減にしやがれ!!」
「ガリウス…」
ポカンとした顔で、副隊長と呼ばれた男の人を見るマリアさん。
「おいテメェ!」
「は、はいっ」
そして近くにいる部下をビシッと指差し、近付いていく。
「テメェの大将は誰だっ、言ってみろ!」
その部下の鼻に人差し指をグリグリと押し付けながら、ヤの人顔負けのど迫力で質問する。
「隊長です…」
「あ゛ぁん? 聞こえねぇぞ!」
「マグナス隊長です!」
「じゃあテメェの大将は誰だ!」
今度はその隣にいた部下に聞く。
「マグナス隊長です!」
「テメェは!」
「マグナス隊長殿です!」
「テメェは!」
「マグナスだいぢょうです!!」
「うるせぇ!!」
あ、殴った。ヒドい…
「そうだっ、俺らの大将はこの人だ!
その大将が、騎士としての誇りを持って、テメェラの隊長として一騎打ちで戦って負けた!
負けを認めた!
なのにテメェラは、いつまでもウジウジとしやがって。
テメェラはうちの大将に恥をかかせるつもるか!」
「ガリウス副隊長…」
「副隊長…」
皆一様に、ハッとした顔をした後、キラキラした目で副隊長と言われた男の人を見ている。
…なにこれ?
「ありがとうございます副隊長!!
我々は大事なモノを忘れてたおりました!」
「副隊長ぉおお!!」
「ありがとうございます副隊長殿!」
男泣きしながら、副隊長に敬礼?みたいなものをしたり、駆け寄って抱きついたりしている。
ナニコレ
「…ガリウス」
そこでフラッと、足どり覚束なく立ち上がったマリアさんが、副隊長の後姿に呼び掛けた。
「はい、隊長!」
そして爽やかなつもりの(暑苦しい)笑顔で振り向いたその横っ面に、マリアさんの拳がめり込む。
「暑苦しいわ、ばか者め!」
全くもって、その通りで。
見ていて恥ずかしくなったのか、マリアさんの頬が若干赤くなっている。
「あと、あまり負けた負けた連呼するな。
なんだか惨めになってくる」
そっちでしたか。
っていうか俺どうすればいいんだろう?
すっげぇ置いてきぼり喰らってる。
「…それから、お前たち!!」
今度は矛先を部下の皆さんに向けるマリアさん。
―ヒッ、と悲鳴を上げ、若干後ずさる皆さん。
「――済まない!」
「「…………え?」」
怒られると思っていたところに、急にマリアさんの謝罪。部下の皆は一様に面を喰らっていた。
「先ほどはあのような事を言ったが、いくら隊長が負けたからと言っても、納得できるものでもないだろう。
私はお前達だけでなく、お前達の家族の命運までこの背に負っているというのに、この無様な結果…
本当に済まない」
「「隊長…」」
そんな事はない。
そんな感情を込めて、マリアさんを見つめる部下の人達。
マリアさんにもそれが伝わったのか、或いは自嘲か、フッと笑いこちらに振り向いた。
「そういう事だ、少年。済まなかったな」
あ、忘れられてはいなかったんですね。
「…いえ」
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。
自分に負けた相手に、いつまでも少年と言われるのも癪だろう。
それに私も、自分を倒した相手の名前ぐらい知っておきたい。
良かったら、君の名前を教えてはもらえないだろうか」
そう言って、こちらに歩み寄ってくるマリアさん。
なんて言うか、潔い人だな。
「るい、有沢累です。
マリア・マグナスさん」
「アリサワ・ルイ…か、やはり少々発音が難しいな。
ルイが名で、アリサワが姓で間違いないな?」
「え、えぇ」
俺の名前を聞いた瞬間、少し難しい顔をするが、すぐに戻ったマリアさん。
しかしそれよりも、やはり気になる事があった。
「マグナスさん、ひとつ聞かせて下さい。
先ほどの闘いの最中の事、普通の人なら発音出来ない俺の名前を言えた事。
…マグナスさん、この世界には、俺以外に異世界から来た人間がいますね?
更に貴女は、その人を知っている」
「………」
そう問う俺に対し、マリアさんは無言で頷いた。
「――っ!やっぱり。
教えて下さいマグナスさん。
その人はいったい…」
「そう急くな、少年…っと、ルイだったな。
というか、私の事もマリアでいいぞ」
そう言いながら、どうどうと、手で窘められる。
「すみません、マグ…ぁ、えっと、ま、マリアさん」
確かに心の中ではマリアさんとは呼んでいたけど、いざ声に出すとなると、どことなく恥ずかしいな。
「――っ!」
すると何故かマリアさんが、右手で口を抑え、顔を俺から背けさせながら肩をプルプル震えさせている。
しかも若干耳が赤い。
俺何か面白い事でも言ったのかな?
「えっと、あの、マリアさん。
どうしました?」
「発作みたいなもんだ、気にするな」
すると後ろにいたガリウスさんが、少し呆れた顔でそう言った。
「はぁ…、発作?」
なんの発作だろう?
大丈夫かな?
「ほら、隊長。相手が困ってますぜ」
「――ハッ、す、すまん。
ゴホンッ。ええと、君以外の異世界人を私が知っているかどうかの話しだったな」
「はい」
俺は神妙な面持ちで頷いた。
「結論から言うと、肯定だ。
だがこれは、私だけが知っている事ではない。ここにいる誰もが知っている事だ。
無論、君の仲間たちもな」
「それはいったいどういう…」
「おいおい、困るなぁ隊長さん。
誰が敵と馴れ合えなんて命令出したよ?」
「――!?」
突然、俺の後方からそんな科白が聞こえて、俺は咄嗟に声のする方へ振り向いた。
すると目線の先、俺が守っていた屋敷の門の上に、20代半ばほどの、金髪の男が此方を見下ろす様にしゃがみこんでいた。
「ば、ばかな。なぜアナタが此処にいる?」
後ろからマリアさんの動揺した声が聞こえてくる。
振り向けば、この場にいる誰もが驚愕の表情を浮かべていた。
「マリアさん?」
「逃げろ、少年。
いくら君が異世界から来た異能者だとしても、あの男には勝てない」
「勝てないって…。
あの男はいったい誰なんですか?」
マリアさんは目線を門の上の男に向けたまま、喉をゴクリと鳴らして口を開いた。
「あの男が、そうなんだ」
「え?」
「あの男こそ、4年前、魔王を倒すために異世界から召還された勇者の1人。クルジア王国天剣四騎士にして、王国特務隊の副隊長、〔炎熱の騎士〕ダリオ・ガリバルディだ」