第20話
遅くなりました。
久しぶりの投稿です。
今までとは桁の違う、素早く重い一撃が正面から繰り出された。
この一撃が当たれば、喩えこの鎧を身に着けていたとしても、絶命は免れないだろう。
けどまぁ、これを止めるには …
「やるしかないよな!」
「――なに!」
俺はその一撃を、避けることも往なすこともせずに、正面に立つ。
「オオォォォォォオ!」
そして槍が胸に当たる直前に身を逸らし、右脇に抱えて腕でがっしりと抑えた。
「なるほど、そうきたか! だが!」
そう言って相手は、槍を持つ手に力を込め、俺を振り払おうとする。
「なんの!」
だが俺は更に力を込め、それに抗う。
「ぐっ、ぬぅぅ…」
「ぬうぉぉおお…」
お互いに一歩も譲らない力の均衡が続く。
「この力、流石と言ったところか。しかしまだまだ!」
そう言って、向こうも更に力を込める。
「むお!?」
それによって、踵が若干浮かされる。
本当に凄い力だ。
並の人間なら吹っ飛ばされているだろう。
でも、俺は並の人間ではない。
「ウ…オォォォォォオ!」
「な……に?!」
全身に力を込め、相手の身体ごと槍を持ち上げる。
そしてそのまま槍を振り下ろし、相手の身体を地面に叩きつけた。
「カハッ!」
肺から空気の抜けるような音をさせ、相手は…
相手は……
って、この人の名前なんて言ったっけ?
確か聖母様的な…
そう、マリア様だ。
ってあれ?
なんで様付けしてるんだ俺?
せめて、さんでいいじゃん敵なんだし。
うん、マリアさん。
よし。
「くっ、なん…だ今のチカ…ラは。
このわた…ゲホッ…わたしを、槍…ごと、持ち上げるとは…」
そう言いながら、マリアさんは槍の持ち手を地面に付いて立ち上がる。
あ、槍…
名前に気を取られて、つい手を離してしまたった。
しかし、勢い余ってつい思いっきり叩き付けてしまったのだが、それでもまだ立ち上がろうとするのか。
「ゲホッゴホッ!
クッ、身体が痺れて…」
やはり先ほどの攻撃がかなり効いているのか、満足に立ち上がれずにいる。
「退いて下さい。
この戦、あなた方の負けです。
これ以上の戦いは、何の意味もなさない」
「まだ……まだだ!
まだ私は……戦えるっ。
ゲホッ、ワタシの…四肢はある!
私の命は…魂は生きている!!」
立ち上がり、俺に襲いかかるマリアさん。
しかし、俺は槍の切っ先を、今度は片手で受け止める。
「貴女の力では、俺には勝てません。
退いて下さい」
「まだだと言っている!」
そう言って、槍を俺の手から無理やり引き抜くマリアさん。
…仕方がない。
本当はこんなやり方は嫌だが。
「なら、完膚無きまでに叩きのめすだけです」
「やってみるがいい!」
声と共に、マリアさんの重い突きが放たれる。
が、その突きには先ほどまでの威力はなく、またもや片手で受け止められる程のものだった。
「……」
「おのれっ………ぐっ!」
俺は片手で受け止めた槍を、マリアさんの方に押し返し、槍の柄でマリアさんの水月(鳩尾のこと)を突いた。
「ゲホッ、……く、まだまだ!」
しかし、彼女はそれでも立ち上がる。
今の一撃で、既に鎧の水月の辺りが拉げており、端正な顔は土にまみれ、見るも無惨な姿になっている。
「ウォォォ!!」
またも愚直に突きを繰り出してくるマリアさん。
「ぬるい!」
それを右の回し蹴りで弾き、そのまま遠心力を生かし、左の後ろ回し蹴りを喰らわせる。
「ッ!!」
俺の蹴りをモロに喰らい、またも地面に転がるマリアさん。
しかし、その闘士は全く潰えず、不屈の眼差しを向けてくる。
いったい何が彼女を立ち上がらせるのか。
騎士としての誇りか?
隊長としての矜持か?
あるいは違う何かか…
いずれにせよ、そんな事で命を捨てようとするのは馬鹿げている。
もし、そんな馬鹿げた事を生き甲斐とするのが、騎士というものなのだとしたら、俺には理解出来ない。
何事も命あっての物種だろうに。
「……退いて下さい。
俺は貴女に死んで欲しくなんかないし、殺したくもない。何より、これ以上の戦いは無意味だ」
「無意味…だと? ふざ…けるな。
貴様も奴隷なら、分かるだろう。
戦いに敗れた、騎士の末路を」
敗れた騎士の末路…
って、なんだ?
奴隷なら分かるだろうって
「まさか、敗残兵は奴隷になる。という事ですか?」
「まさか…とは、貴様もしや知らなかったのか?
なるほど、その力、その容姿、何よりこの世界の常識に対する知識の無さ。やはり貴様も(・・・)異世界人か」
…え?
いま、なんて?
「だが、相手が異世界から来た化け物だろうと、我々に敗北は許されない!
例えこの身が滅びようと、負けるワケにはいかないのだ!」
そう叫び、槍を構えるマリアさん。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!
なんで貴女が、俺が異世界人っていう事を知っているんです?
それに貴様もって、俺以外の異世界人を知っているんですか?!」
俺はマリアさんの衝撃的な言葉に、冷静さを忘れてマリアさんに近づこうとした。
しかしマリアさんは槍の切っ先を俺に向け、俺の動きを制する。
そして、不敵に笑い言った。
「知りたければ、私を倒す事だ。
先ほど貴様が言った通り、完膚無きまでにな」
「く……」
確かに、今のことは気になる。
でも、ここでマリアさんが俺に負ければ、ここにいる騎士はみな奴隷にされてしまう。
「何を戸惑っている少年。
まさか、我々に同情でもしてくれているのか?」
そんな俺の心中を察したのか、マリアさんは優しげな顔で問いかけてきた。
「………」
俺は無言のまま頷いた。
「……そうか」
俺の思いが通じたのか、構えていた槍を下げるマリアさん。
しかし次の瞬間、俺の右頬に強い衝撃が走った。
「なめるな!!」
「――グッ!?」
マリアさんの拳を受け、地面に尻餅をつく俺。
「立て少年! そして構えろ!」
そして再び槍の切っ先を俺に向けて叫ぶ。
「同情だと? ぶざけるな!
我々は皆、自ら望んで騎士になった!
民を守るため、国を守るため、家族を守るため!
無様な敗戦を晒せば、この身を奴隷という身分に落とす事も覚悟してだ!
そんなもの、我ら騎士に対する最大限の侮辱だと知れ!」
「………」
俺は鎧の兜を脱いで立ち上がると、真っ直ぐにマリアさんを見据える。
「しかしそれでも尚、少年が戦いを拒むというならば、そうすればいい。
むざむざ我らに殺され、守るべき者も守れずに死にゆくがいい!」
「――ッ!」
そんなのダメだ。
俺は負けるワケにはいかない。
ここで俺が負ければ、リーシャさんやディアスさん、それにマーカスさんや皆を守れない。
それだけは…
「それだけは、させない…!
俺は皆を守る!」
「ならば戦え少年!
守る覚悟を背負い、その拳に思いをのせて戦え!」
「俺は皆を守る!
あんた達に、この国に負けるワケにはいかないんだ!」
俺は持っていた兜を投げ捨て、ゆっくりと構える。
呼吸を落ち着け、マリアさんの目を見て、全身を視界に収める。
まだ呼吸が荒い。
ゆっくりと深呼吸をし、身体の力を抜く。
自分の身体の中を血液がめぐっていくのが分かる。
身体が重い。
鎧が邪魔だ。
「……武装解除」
鎧を指輪の状態に戻す。
「ゆくぞ、少年」
マリアさんが地を蹴り、もの凄いスピードで迫ってくる。
あんな重い槍を持っているのに、信じられない程のスピードだ。
しかし今の俺には、それがスローモーションのように視界に写る。
「ハァアアアア!」
マリアさんの鋭い突きが俺の頬を掠める。
「まだだ!」
避けた俺を追撃するように、横凪に迫ってくる槍。
それを右に回転しながら身体を沈み込ませて、躱しざまに右回し蹴りをマリアさんの足に叩き込む。
「なに!?」
「終わりです」
足を払われ地面と垂直に浮いたマリアさんの身体に、地面に叩き付けるように拳を放つ。
「グッ!」
「オオオオオオオオォォ!!」
――ズン!
辺りに砂煙が舞い、視界を奪う。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
ゆっくりと立ち上がる俺。
―ゴクリ
どこからともなく、唾を呑み込む音が聞こえる
恐らく、マリアさんの部下の騎士の誰かだろう。
そして、徐々に砂煙が晴れていく。
俺の足下には、地面にマリアさんが大の字に転がっていた。
「少年、キミの…勝ちだ」
そう告げたマリアさんの口元にはうっすらとだが、確かに、笑みが見て取れた。