第2話
見た事もない格好をした、数名の男達がこちらに近づいてくる。
「なんだ、行き倒れか?」
「珍しい格好をしているな…」
などと言って、自分を値踏みする様な目で見ている。
すると男の1人が、馬車の方へ向かって呼び掛けた。
「ボス!行き倒れの男です。どうしますか?」
すると、馬車から如何にも裕福そうな、煌びやかな装飾品を沢山身に付けた肥満体質の髭男が出てきた。
どうでもいいが、そういえばこいつらの格好、ハ〇ナプトラとかで見た砂漠の民みたいな格好してるな。
ターバンみたいなのしてるし。
……
ハ〇ナプトラって、けっしてエロい隠語ではないからね?
とにかく、そんな格好なのよ。
で、そのボスとか言われた髭オヤジがこちらに近づいて来て、倒れてる俺の横で止まった。
俺は空腹と疲労、そして極度に喉が乾いているせいで、動くことも喋ることも億劫だった。
そんでもって、その髭オヤジは俺に手を伸ばして…
「――!?」
何を考えてるのか、髭オヤジは俺の尻をギュッと掴んだのだ。
そして、太モモ、腕、肩と順に触れていく。
「なるほど、いい肉付きをしてるな。それに珍しい格好をしてやがる」
そしてうつ伏せで倒れてた俺を足で転がして、仰向けにした。
「怪我はしてないみたいだな。見たところ病気でもなさそうだ」
そう呟くと、髭オヤジは近くにいた男に指示をだした。
「おい、コイツを馬車に積め」
そして、俺は男達の手によって馬車の中に入れられた。
大きな馬車の荷台の中には、これまた大きな鉄格子の牢屋が2つあった。
牢屋の中には、手枷や足枷を付けられた人達が虚ろな表情で座っており、俺はその牢屋の一つに放り込まれた。
「お前も運がいいんだか悪いんだかな」
「行き倒れたうえに奴隷商に拾われちまうたぁな」
そう言って、俺を牢屋に放り込んだ男達は離れて行った。
牢屋に放り込まれた俺はというと、未だに動けずに馬車の床に伏せっている。
するとそんな俺の方に、手枷を付けた壮年の男性が、膝立ちで歩いて近付いて来た。
「おい君、大丈夫か?」
心配そうな目をして俺の顔を覗き込む男性に、俺は力を振り絞って答えた。
「み、みず…」
「水が欲しいのか?分かった、ちょっと待ってくれ」
男性はそう言うと、牢屋の奥の方へ行き、水の入った桶から、柄杓の様な物で水を掬って持って来てくれた。
「ほら、水だ」
そう言って差し出された柄杓を見ると、その中には若干濁った水が入っていた。
「……」
それはちょっと…
飲み水じゃないじゃん。
とか考えていると、男性は俺が"動けないので飲まない"と思ったのか、俺の首を器用に膝で持ち上げ、口に柄杓を宛がった。
「――!?」
「慌てるな、ゆっくり飲むんだ」
いやいや
っていうかなんつーもん飲ませるんですか!?
こんなの飲んだらお腹壊すって!
せっかくの親切も空回りだよオジサン!
うげっ、けっこう飲んじゃったし
あ、でも喉は幾分かマシになったかな
「さっきのヤツらじゃないが、君も運が悪いな、奴隷商に拾われるなんて…」
そう言って、空回り親切オジサンはそっと俺の頭を下ろしてくれた。
「どれい…しょう?」
さっきから飛びかってる、この単語はなんだろうか…
奴隷ショー?
危ないプレイか何かですか?
そんな事を考えていたら、空回り親切オジサン…空オジサンさんでいいや、が俺の疑問に答えてくれた。
「奴隷商というのは、貴族や金持ちの商人などに奴隷を売って商売をするヤツらの事だ。ようは人身売買だな。俺達は、これから売られるんだ…」
「…え?」
どれいしょうって…
奴隷商?
人身売買って…
俺ってば売り物になっちゃうの!?
ちょっ、えぇっ!?
俺どんだけ運が無いんだよ!
好きな人にフラれて、海に落ちて、目覚めたら見知らぬ異世界の何も無い荒野で、挙げ句の果てに行き倒れたところを奴隷商に拾われるとか
…おれ今年厄年だっけ?
「この…馬車は、ど…こに向かって…るんですか?」
水を多少飲んだとはいえ、未だに喉も身体も思い通りにいかない自分は、途切れ途切れに喋る。
「ヤツらのアジトだよ。これから俺達はそこで、奴隷としての作法を叩き込まれるんだ。俺達男はまだ良い方さ…。若い女の子達は、夜伽の仕方なんかも無理やり教え込まれるんだから…」
「そんな…」
俺はそこで初めて、自分が入っている方とは違う牢屋を見た。
男女で牢屋が分けられていたのだろう。あっちの牢屋には見たところ十~三十歳位の女性、主に若い女の子達が沢山いた。
…ひでぇ
人を売る商人達は、よく忘七とか言われてるけど、アイツら本当に血も涙ねぇ…
俺は人身売買という、平和な日本にいた時は漫画やテレビなどでしか知らなかった事柄を初めて目の当たりにし、激しい怒りを覚えた。
そして、それを目の前にして何も出来ない自分にも、怒りを覚えるのだった。
数時間後、馬車が停まり、先ほど自分を牢屋に放り込んだ男達が荷台に入ってきた。
「おい、着いたぞ。全員降りろ」
その言葉を聞くと、虚ろな表情をしていた人達が、皆一様に絶望の表情へと変わった。
だがしかし、誰一人抵抗する事なく次々と馬車から降りて行く。
俺がまだ動けずに倒れていると、男が1人此方へやって来て、俺を担いで馬車から降りた。
馬車の外の景色は、まさに壮観だった。
煉瓦みたいな物で舗装された綺麗な道。
その道の横には大きくて綺麗な豪邸が三々五々に散らばっている。
そして何よりも凄いのが、映画や漫画でしか見た事のない、真っ白で大きな西洋の城が遠くに聳え立っていたのだ。
見たところ、恐らく3キロ以上は離れているのだろうその城は、この距離から見ても結構な大きさだった。
「でけぇ…」
そんな俺の呟きなど気にも止めず、男は俺を担いで何やら煌びやかな建物の中へと入って行く。
建物に入った俺達奴隷は、その後1人1人医者に検査を受け、地下にある牢屋へと入れられた。
「また牢屋かよ…」
牢屋に入るやいなや、商人は俺達に食事を与えた。
まぁ食事と言っても、ボソボソのパンと水みたいなスープなのだが…
しかしそこで、俺にとって不可解な事が起きた。
「……アリ?」
取りあえず食える時に食っておこう!
と思って差し出されたパンを食べたのだが、一口食べて飲み込むと、先ほどまで殆ど動けないほどの状態だった身体が、急に軽くなったのだ。
「なんで?…ハッ、もしかしてこのパンって、特別なパンとか?」
いやいや、ないか
だってそれが証拠に、他の人達はさっきまでと何ら変わった様子はないし。
「ガフッガフッガフッ!」
とりあえず、味わうなんて事は無視し、食事を胃に流し込む。
このパンとスープ、正直言ってゲロマズいし…
「ゲフゥー…、おっと失礼」
誰に言うでもなく、俺は口を押さえて言う。
「…さてと、ここはいったいドコなんだ?」
床から立ち上がって周りをキョロキョロ見回してみる。
三方を壁に囲まれ、正面は出入り口のある格子がある。窓は無いみたいだ。
「牢屋に入るとか初めてだよ。まぁ当然だけど…」
だってお兄さん人畜無害な一般ピーポーだもの。
あ、なんだろう。
不謹慎だけどちょっと新鮮。
俺は格子に近付き、その頑丈そうな鉄格子に触れようとしてみる。
周りの人達は俺の行動を訝しげに見ていたが、やはり見ているだけだった。
「おぉ、本当に鉄格子だ。牢屋だよ牢屋…」
いや、不謹慎なのは分かってるんだけどさ。
色んな物に興味を持つお年頃なのよ。
「んー、顔は通らないかー。あっ、やっべ抜けなくなった!!」
格子の間に顔が入らないかなー、とかぐりぐり入れていたら、途中まで入った顔が抜けなくなってしまった。
「ぬぐぐぐぐぅ~…」
俺は必見で顔を抜こうと、力を入れる。
すると…
――ガキンッ!
「はっ?」
単純に言おう。
格子が外れた。
しかも、俺の顔が嵌ったままで…
「………」
なんともシュールな光景だった。
顔に大きな鉄格子を付け、呆然と佇む俺。
「なっ…!?」
「て、鉄格子が!」
今まで虚ろな目で俺を見ていた人達が、驚愕の表情を浮かべる。
そりゃ驚くよね。
俺だってビックリだものさ。
「なんだ今の音は!」
「こっちから聞こえたぞ!」
鉄格子が外れる時にワリと大きな音がしたせいか、 男達が此方へ走って来る音が聞こえる
「こ、格子が外れてる!」
「貴様、何をした!!」
「はい?」
ブォン!
後ろから声が聞こえたので振り返ると、当然格子も一緒に回るわけで、男達に当たりそうになった。
「うわっ、危ない!」
「貴様、脱走する気か!?」
格子を躱し、すかさず持っていた槍を構えてきた。
「その、顔が嵌っちゃって。この牢屋建て付け悪いんじゃないの?」
「何をワケの分からん事を!」
「いや、本当なんだってば」
「大人しく牢屋に戻れ!」
「んな事言われても…」
嵌ったままじゃ戻れないし。
っていうか格子が無いんだから、もう牢屋の意味なくね?
「ぇえい!早く牢屋に戻れ!!」
そう叫ぶと、男の1人が俺に向け槍を突いてきた。
「うわっ、アブナッ!!」
俺は身体を捻って槍を躱そうとするが、当然格子も一緒に回るわけで…
カキン!
槍は俺に当たる前に、格子に阻まれた。
「貴様っ、抵抗するか!!」
「おい、応援を呼べ!」
あれ、なんか拙い展開になってきたぞ。
そんな事を考えていると、俺の前と後ろから、うじゃうじゃと槍やら剣やらを持った男達が出てきた。
「さぁ大人しくしろ!」
「………はい」
俺はそう言って両手を挙げて、男達に降参の意を示した。