廻逅
——私達が今生きているのは、「龍廻」って言ってね、
龍が世界を創り、世界を護り、世界を廻しているからなの。——
いつも通り朝日を浴びて目が覚める。
懐かしい夢を見た、「龍廻」。母が昔から私に教えてくれた、御伽話。
(大体龍なんて、そんな想像の生き物いるわけないのに……)
ベッドからゆっくり体を起こし、ドアを開け、居間に向かう。
「おはようございます。」
私は今日も、父に声を掛ける。
「…………あぁ、おはよう。……」
父もいつも通り、ぶっきらぼうに返事をする。
ずっとこんな感じが続いている。
よれたシャツに少し黄ばんだズボン。何年も同じのを履いているので、ところどころほつれや穴が空いている。
朝食を摂っていたようで、私が入ると木皿を洗っていた。
洗い終わると、すぐに作業場に向かい、ガチャっと鍵をかけ籠ってしまった。
あれがあって以来、父は人と関わることを、恐れるようになってしまった。
……母が殺されたあの日、私はたまたま、いつもと違う道を選んだだけだった。
母と最後に交わした言葉が脳裏に焼き付いている。
——ジア、一つだけお願いがあるの……——
……あれから私も随分成長したけど見ててくれてるかな…………
「駄目駄目!母さんが心配しちゃう!」
パンパンっと自分の頬を軽く叩き、切り替える。
「さてと、朝食朝食っと」
戸棚から乾燥させた果物と水瓶から水をとり、黒パンと昨日の残りのスープを木皿によそい、朝食を摂る。
片付けを済ませ作業場の扉に耳を当てる。
槌の音は聞こえてこない。聞こえてくるのは父の、
「……アンリ……アンリ」
という母への呼びかけだけ。
「……行ってくるね」
母の形見である短剣に、手を合わせ、仕事に向かう。
母はここ「天龍之國」に仕える騎士だった。
鍛治師である父とは仕事で出会ったらしい。
父はこの國随一の鍛治師で、昔はとても凄かったらしいけど、今は作業場に籠って、たまに槌を振る音はきこえてくる程度、何をしているかは娘の私にすらもう解らない。
母は「天龍騎士団」の騎士で、2人しかいない女性の騎士だった。
「おはようございます!」
勢いよく店のドアを開けると、
「やぁジアちゃん、元気なのはいいことだけども、朝からそんなに元気だとおじさん逆に疲れちゃうよ……。」
気怠そうに、少しウェーブがかった黒髪で黒目、手入れをサボっているであろう髭の痩せ気味の中年が返事をする
「そんなこと言わないでくださいよぉ〜これでもいつもより少し抑えてるんです!」
「全く若者は眩し過ぎて困っちゃうね……」
酒場の店長であるダルアンさんはいつも気怠そうにしている。
私が生まれた時からこの店にはお世話になっている。
ダルアンさんは父とは旧い友人らしく、母とも面識があったらしい。
「ところでジアちゃん明日なんだけど折角の15歳の誕生日をこんなしょぼくれたお店で迎えちゃっていいの?」
「いいんです。私このお店大好きですし、ダルアンさんにもお世話になっているので、なのでこんなしょぼくれたお店なんて言わないでください!」
「ハハハ、ありがとうね、じゃ明日もよろしく頼むよ。」
「任せて下さい!」
軽く手で胸を叩く。
「それじゃ、早速だけど仕込みよろしくね」
「はいっ!」
店の裏に入り、制服に着替えいつも通り料理やお酒の仕込みを始める。
芋の皮剥きやエールを酒庫から樽で持ってくる。
自慢ではないけれど私は母譲りの力持ちで、その辺の人よりは力があると自負している。
オープンしたら、常連のお客さんとお話ししたりしながら働く、それが私の日常。
「ジアちゃーん!こっちにエールを3つ追加で!」
「はーい!」
母が最期に私に教えてくれた母の夢。そんな母の夢を代わりに叶えたくて私は今日も明日もこのお店で働く。
「——あの子があのアンリ様の娘さん?随分大きくなったもんだ。」
「——そうそう、だけどグウィンド殿はアンリ様が殺されてから腑抜け、家計を一人で支えてるって話。」
客のヒソヒソ話が聞こえてくる。
「お客さん、そういう話はここではご遠慮願うよ」
トンっと、包丁で葉物を切ると同時に客へダルアンさんが注意をする。
「「すんません……」」
「ダルアンさんいいんですよ……。本当のことですし……
さっ!どんどん料理作っちゃってください!」
「ジアちゃん……」
「ジアちゃん今日もありがとうね」
「はい、お疲れ様でした!」
「お疲れ様。これ今日のまかない。グウィンドと食べて。」
「いつもありがとうございます!」
「気にしないでジアちゃんが飢えてたりでもしたら……アンリさんにも悪いからね。」
「………」
「まぁともかくまた明日。」
「はい……!」
片付けも終え帰路に着く。
私の家は大通りに面しているので、夜になっても治安が良い。たくさんお店が周りにもありお客さんが多いのもあるだろう、女の私も1人で歩けるくらいだ。家族で団欒している笑い声や、酔っ払いの喧騒があちこちから聞こえてくる。
「家に着いたら、制服を洗ってー、貰った料理を軽く食べてー……」
帰りながら家で何をしようか考える。
グウィンド……父ともいつかこうやって、また外を一緒に歩くことはできるのだろうか。
「……そっか明日で、15歳か……」
別れ路。あの時私は、母がいる路を選んだ。いつもより、ほんの少し長く甘えたかった。
(……一体わたしは……どうしたら……)
そんなことを思いながら一日を終える。
(今日は夢見なかったな)
ベッドからゆっくり体を起こし、ドアを開け居間に向かう。
「おはようございます。」
父に向かって挨拶したつもりだったが居間には、父ではなく一人の女性がいた。
長めの銀髪を靡かせ、翡翠色の瞳に整った顔立ちの女性が挨拶を返してくれる。
「やぁ、おはよう」
「サテュアさん!」
彼女は、サテュア・レヒルルーフさん。
貴族の方で、母が亡くなってからは、
「天龍騎士団」唯一の女性の騎士だ。
今日は非番なのか私服で来ていた。貴族らしからぬシャツとズボンという顔以外だけ見ればほぼ平民みたいな格好をしている。
「今日はなんでまたうちに?」
母とは女性同士仲が良かったらしく、私が生まれた時からダルアンさんと同じくとてもお世話になっている方だ。
「なんでってもちろん君にお祝いの言葉とプレゼントを渡しにだよ。
15歳、成人おめでとう!!」
サテュアさんは私に紙袋を差し出す。
「えっ!いいんですか!すごく嬉しいです。」
「喜んでもらえて嬉しいよ、是非開けてみてくれ。もっと喜んでもらえると嬉しい。」
「はい!ありがとうございます!」
私は早速紙袋を開けようとするが、違和感に気づく。
「あのーサテュアさんこれなんか動いてませんか?しかもなんか臭いもちょっとしません?」
「ん?あぁ大丈夫だ。そういうものなのでな……問題ないと思うから、一旦開けてみてくれないか?」
(貰い物にケチつけるつもりはないけどサテュアさんにしては変なの……)
「……そういえばサテュアさん、遠征は無事終わったんですか?」
「ん?遠征そんな予定なかったと思うけど?」
「あれ?私の記憶違いですかね、とりあえず開けますね。」
少し不信感を抱きつつも私は紙袋を開ける。
息が止まる。訳がわからない。なんでサテュアさんがこれを私に渡すのかも分からないし、それに、それに、これは、
「……ハッ……ハッ……ハッ……ハッ」
息が荒くなる、私は何度も否定した。何度も夢見てきた。
あの悪夢を、それが今目の前にある。
そこにあったのは心臓だった。
なんでか、動いてる。だがそんなことはどうでもいい。それよりも、これは…………
母の心臓だ。




