見えない努力はいつか形となって現れる
少し前。銀行口座の解約に行ってきた。水道料金の引き落としに使用していた口座で、公的料金もそこに入るようになっていた。
過去形である。もう、解約手続きは済んだのだ。
最初、水道料金の引き落とし変更の手続きを別の銀行窓口で行い。
同日、銀行口座解約を行ったのだった。
解約にはキャッシュカード、通帳と銀行認印が必要だった。
水道料金の引き落とし変更の手続き控えを見せて、解約しても大丈夫なことを告げた。
引き落としすぐの手続きだったので、銀行員さんも安心して進めてくれた。
(まぁ、本当は面倒くさかったからなぁ)
給与振込される銀行から、水道料金の引き落とし口座にお金を移すので、その手間と時間が惜しくなった。
この辺り、お金の大学の学長LIVEやリベシティに入学してから宿題をやっていたから、やろうかなとなったわけだ。
(面倒くさがりだからなぁ)
自分は本当にものぐさで面倒くさがりだ。
問題が起きる前に対処する予防が一番良いと考える人間である。だからこそ、人間関係を築くのが難しいと感じることが多い。なぜか。
問題が起きたら、次から気をつけてほしいということをよくやるからである。
だが、わかる人にはわかると思う。
「いちいち細かい」
「いや、わかってますよ、そんなこと」
「これぐらい、別にそこまで言うことじゃないでしょ」
↑のように思う人間がいて、いろいろ言われることがある。
君たちの言いたいことは、よーくわかる。よーくわかるが故に、私が言われてもあきらめるしかないこともわかるのだ。
(未熟だから、自分がわかっていても他の人間がわかっていないかもしれないってことまで、気づかないんだよなぁ)
全体の流れをみて調整する。それは、自分の仕事をしながらも周囲の様子を見て、どこが滞りそうか判断する仕事である。
つまりは、経験値がなければそこまでいかないのだ。文句や不平不満を言っているだけならば良い。
だが、お客様のクレームにつながりそうなことは早急に対処する必要がある。
あと、いつもと違うことが現場で起きていると、それだけで人は調子を崩されるし、乱される。乱されないのは、経験値豊富な経験者だけである。
お客様が閉店時間を過ぎても出て行ってくれないとか。
お皿が割れて、その後片付けをしなければならないとか。
ちなみに本業でお皿が割れた時に、同僚の一人がすぐに掃除道具の箒を取りに行き、私はホールに出て、割れたお皿の欠片を回収した。
この辺り、役割分担である。
大きな欠片は集めておいて・・・また、そういう作業時にお客様が入ってきたりする。
「すみません!そちらのカウンター席をお使いください」と、お客様に声掛けである。
私たちが作業中なのをみて、さすがにお客様も納得せざるを得ない。
・・・非常事態ではないが、トラブルになりそうなことというのは、時に立て続けに起きるのである。
最近、本当に精神修行的な面がかなり増えた気がする。
慌てず、騒がず、冷静に。
問題は一つ一つ捌いていく。おかげさまで、独り言も増えたが、判断しながら動く癖もついている。
どこで人に頼むか?
どんな言葉かけで頼るのか?
相手は今、手が空いてそうか?
相手はやる気があるか? または体調や精神での不調はなさそうか。
など。総合的に判断して、頼む人間を決めたりする。
また、二択にするのも良い。
「〇〇くん。こっちの仕事か、こっちの仕事か、どっちやる?」
どっちを選択するにしろ、仕事じゃん(笑)である。
頼んだ〇〇君は、笑っていた。
ただ、自分が決めた・選択したというのが大事である。自分が決めたことは、人間やるものである。選択肢は狭めても、どっちにしろ仕事という結論でも。過程も大事なのである。
伝え方や忍耐力はきっとすぐにはつかない。
見本としたい人間の側に行って、こういう対応を心掛ければいいのかと、真似をする。
それが一番効率が良いと思うのだ。
あと、最近気づいた。笑顔も伝播するのだと。
不機嫌になっても、すごく笑顔の人間が近くにいて、その人間が働いていると。
空気は悪くならない。そして、ふっとした瞬間に誰かが笑顔になると、その後全員がとても良い形で仕事ができる。
感じの良い笑顔を浮かべるだけなら、私は多分一流の域に入っているのだと思う。
笑顔は筋トレだ!
あと、笑顔を浮かべるだけで若返るので、無料でできる若返りの方法でもある。
感じの良い笑顔になるための秘訣がある。
自分のすごい笑顔の写真を、スマホの待ち受け画面にするのである。
人によっては、家族の写真を待ち受けにして、それを眺めて、笑顔になることをやる人もいる。
ただ、私は独身なので。自分の笑顔の写真をスマホの待ち受け画面にしている。
友達と一緒に行った、京都御所での写真である。散っていた桜もあったが、残って咲いていた桜も多く、とてもキレイだった。
友達が桜の下で写真を撮ってくれて、後で送ってくれた。遊び心でモノクロ写真にした画像も送ってきていたw。
幸せだなぁ。本当に恵まれている。
ふと、思う。
自分が幸せなことと、他人が大変な苦境の中にいることを比較する必要はあるだろうか。
(ないよね、本当は)
誰もが自分の人生の主役で。その主役が幸せがどうかは、主役が決めることだと思うのだ。
恵まれている。幸せ。
けれど、常にそれを感じながら生きてきたわけではないことを。
本当は誰もが心の奥で知っている。
しんどいことや、苦しいことに耐えて。
生きづらさを感じたことも多く。
だからこそ、今感じている幸せを心の底から、楽しめるのではないだろうか。
幸せであるのは、その人間の努力の結果だ。
だって、事態や物事の見方を磨いてきた結果なのだから。
見えない努力は、いずれ形となって現れる。
そういうことではないかと思う。
形となって現れた努力と積み上げてきたものを、別に自慢する気はない。
ただ、誰かと比べて恵まれていることに、萎縮したり卑屈になる必要もない。
誰かに嫉妬されようが、責められようが、非難されようが。
その誰かが自分の心の傷の痛みで喘いでいるだけだと、もう知っているから。
その分、稼ぐのが下手くそで、金銭管理も下手くそで。
どうしよ〜となっているのだから。まぁ、最初は誰もが下手なので。こちらも少しずつ磨いていこうとは思う。
今日はこの辺りでやめておこう。
つづきは、また明日。




