5話 レギュラーお化け
自動ドアが開く。
夜の空気が、少し冷たい。
「……負けたな。」
「まあ、いつも通り。」
「まあ、あれだけバケに寄れば負けるわな。」
ユウトが笑う。
ポケットを探る。
100円ライター。
煙草。
火をつける。
一口。
「……ふぅ。」
「それで元気出るの?」
「出ない。」
「じゃあなんで吸うの。」
「気分だな。」
「そんなもん?」
屋外の喫煙所でぐったりする。
帰る気も、あまり起きない。
「……飯どうしようかな。」
「ラーメン?」
「景気付けにラーメンも悪くないな。」
「なにそれ。」
景気付けは大事だ。
俺はオカルトは微妙だがゲンは担ぐ主義だ。
「先輩。」
「あ?」
声がした。
振り向く。
スーツ姿の女の子が立っていた。
「……久しぶりです。」
「……あー。」
軽く頭をかく。
「どうも。」
「どうも、じゃないですよ。」
少し怒った顔。
見慣れている。
「連絡くらいくださいよ。」
「別に用事ないだろ。」
「ありますよ。」
即答。
「戻ってきてください、会社。」
「……。」
煙を吐く。
夜に溶ける。
「今、人足りてないんです。」
「だろうな。」
「だろうな、じゃなくて。」
一歩近づいてくる。
「先輩がいなくなってから、ほんと大変なんですから。」
「そうか。」
「そうか、じゃないです。」
変わらないな。
こいつは。
「……俺がいなくても回るだろ。」
「回ってないから言ってるんです。」
「そうか。」
また一口吸う。
「聞いてます?」
「聞いてる。」
「じゃあなんでそんな他人事なんですか。」
「他人事だろ。」
「違います。」
即答だった。
少し、間が空く。
あー、夜空が綺麗だなー、嫌になるくらい。
「……私のせいですよね。」
ぽつり。
「なにが。」
「先輩が辞めたの。」
「違う。」
短く返す。
「でも——」
「違うって言ってんだろ。」
少しだけ、声が強くなる。
彼女は黙る。
「……俺が勝手に辞めただけだ。」
「……。」
「お前は関係ない。」
「……でも。」
まだ言うか。
相変わらず頑固と言うか。
「……仕事、嫌だったしな。」
「嘘です。」
「なんでだよ。」
「先輩、ちゃんとやってました。」
「結構適当だったぜ?」
「そんなことないです。」
少し、笑う。
めんどくさい。
「……とにかく。」
煙草を灰皿に押し付ける。
「戻らない。」
「なんでですか。」
「働きたくないから。」
「最低。」
「知ってる。」
ユウトが横でくすっと笑う。
「……でも。」
彼女はまだ引かない。
「みんな待ってますよ。」
「そうか。」
「課長も。」
「課長はもういないだろ。」
「……え?」
一瞬、止まる。
すぐに笑う。
「いますよ、普通に。」
「……そうか。」
煙が、少しだけ風に流れる。
「……先輩。」
「なんだよ。」
「ちゃんとご飯食べてます?」
「食べてるよ。」
「ほんとに?」
「多分な。」
「多分ってなんですか。」
「覚えてない。」
「だめじゃないですか。」
少しだけ、笑う。
「……相変わらずだな。」
「先輩もです。」
「そうか。」
「はい。」
沈黙。
「……帰ります。」
彼女が言った。
「おう。」
「……また来ます。」
「来なくていい。」
「来ます。」
「めんどくさいな。」
「知ってます。」
少し笑って、
軽く頭を下げて、
そのまま、大通りの方へ歩いていく。
「……行ったか。」
「うん。」
ユウトが頷く。
「知り合い?」
「まあな。」
「へえ。」
少しだけ間。
「……なんかさ。」
ユウトが言う。
「ん?」
「さすがね。姿勢を崩さないあたり。」
「うるさいよ。」
2本目煙草を踏み消す。
今日も決まりは守れそうにない。
「……帰るか。」
「さっきも言ってたね。」
「今度こそだ。」
駐輪場へ向かう。
背中に、視線を感じる。
振り返る。
——誰もいない。
「……。」
まあいいか。
「次来たら、ちゃんと断るか。」
「泣くよ、あの子。」
「泣かせとけ。」
「ひどくない?」
「そういう役回りだろ。」
「なにそれ。」
「なんでもない。」
夜道を歩く。
少しだけ風が吹く。
さっきより、少しだけ冷たい気がした




