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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・3月:誕生日のヴォカリーズと、星空の教室

第1部:祝福の前の影


三月。高校二年生としての時間も残りわずかとなった季節。

その日、私は昼休みの喧騒から一人離れ、屋上のフェンスに寄りかかりながら校庭を眺めていた。楽しそうに笑い合うクラスメイトたちの輪の中に玲奈の姿が見える。

彼女は微笑んでいた。いつもと同じ、春の日だまりのように穏やかな完璧な笑顔で。

その手首にはあのピンク色のブレスレットが、アクセサリーとして綺麗に収まっている。


(……綺麗すぎるんだよ)


私の胸がちくりと痛んだ。

二月のあの日以来、玲奈の心の光はずっとあのままだった。感情の揺らぎを一切見せない穏やかで均一な桜色の光。それは美しく、そしてどこまでも不自然だった。

まるで分厚いヴェールのように彼女の本当の心を覆い隠してしまっている。そのヴェールの奥にあるはずの知的で冷静な青い光も、私たちを思う温かいオレンジ色の光も、今の私にはほとんど見ることができなかった。


「……千明」

背後から静かな声がした。心一くんだった。

彼は何も言わずに私の隣に立った。

「……また玲奈のことか」

「……うん」

私は正直に頷いた。

「もうすぐ私の誕生日なのにね。なんだか素直に喜べないや。玲奈があんな状態だと思うと……。私、笑ってていいのかなって」


そうだ。もうすぐ私の誕生日が来る。十八歳。子供と大人の境界線。

本来なら心躍る特別な日のはずだった。だが私の心は玲奈への言いようのない不安で曇っていた。

「……怖いんだ心一くん。玲奈のあの光を見ていると、本当の玲奈が少しずつ消えていっちゃうような気がして……」


私の言葉に心一くんは黙って耳を傾けてくれていた。

やがて彼は静かに口を開いた。

「……俺も同じだ。だが、だからこそだ」

「え?」

「……だからこそお前は今日笑うべきだ。お前のその太陽のような本物の光だけが、あの偽物の光の闇を照らし出すことができる。……俺はそう信じている」


彼は不器用な言葉で私を励ましてくれた。そして続けた。

「……お前の誕生日は俺に任せろ」

「え?」

「俺の仮説を証明するための実験に付き合ってもらう」

「じ、実験……?」

彼はそれ以上何も言わなかった。ただその瞳の奥に、いつもの青みがかった金色の探究心の光が強く灯っているのを、私は確かに見ていた。

彼のその揺らぎない光が、私の不安な心に小さな勇気を灯してくれた。


第2部:懐疑論者の処方箋


そして私の十八歳の誕生日当日。

その日は春休みに入った最初の週末だった。

心一くんは朝から私を連れ出した。「行き先は秘密だ」とだけ言って、彼が私を連れて行ったのは意外な場所だった。

都心から少し離れた郊外にある市の科学館。その一室で彼は私に「今日の任務だ」と言って一枚の名札を手渡した。

そこには『星空案内人見習い・千明』と書かれていた。


「……これは?」

「見ての通りだ。今日俺たちは、ここで開催される子供向けの天文学ワークショップのボランティアスタッフだ。俺が講師でお前がアシスタント」

そのあまりにも突拍子のない計画。私は呆気に取られていた。

だが彼の真剣な眼差しを見ていると、断ることなどできなかった。


やがてぞろぞろと小学生たちが教室に入ってきた。

その中心にはなぜか玲奈と翼、そして音無さんの姿もあった。彼らも心一くんに助っ人として呼ばれていたらしい。

「よお千明! 先生役頑張れよ!」

翼がニヤニヤしながら手を振る。

玲奈はやれやれと肩をすくめながらも、子供たちの誘導を手伝ってくれていた。


ワークショップが始まった。

心一くんはまるで大学教授のようにレーザーポインターを手に、星座の解説を始めた。その姿は水を得た魚のように生き生きとしていた。

難しい専門用語を子供たちにも分かるように巧みな比喩で説明していく。彼の知性が純粋な輝きとなって溢れ出している。

私はそんな彼のアシスタントとして、子供たちと一緒に星座早見盤を作ったり模型を組み立てたりした。


最初は戸惑っていた私も次第にその楽しさに夢中になっていった。

子供たちの純粋な好奇心。

「なんで星は光るの?」

「宇宙の果てはどうなってるの?」

そのキラキラした瞳に答えるたびに私の心も洗われていくようだった。

玲奈も最初はどこか一歩引いて見ているようだったが、子供たちに懐かれ質問攻めに遭ううちに、その表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。

彼女の胸の光は相変わらず穏やかな桜色のままだったが、その光の中心にほんの僅かな、しかし確かな温かい色が灯っては消えるのを私は見逃さなかった。


第3部:満天の本物の光


ワークショップのクライマックスは、この科学館が誇る最新式のプラネタリウムでの上映会だった。

ドームの中が暗転し頭上に満天の星が映し出された瞬間、子供たちから「わあ」と大きな歓声が上がった。

それは彼が私に連れて行ってくれたあの日の星空よりも、もっとずっとリアルで美しい宇宙だった。


ナレーションと共に星々が巡り季節が移り変わっていく。

そのあまりにも荘厳で美しい光景。私は息を呑んで見入っていた。

そして感じていた。この空間を満たす無数の光を。

プラネタリウムの星々の光だけではない。この星空を見上げる子供たち一人一人の胸の中から放たれる、純粋な感動と好奇心の光。

その一つ一つの小さな光が集まり共鳴し合い、このドーム全体を一つの巨大な光の銀河のように照らし出していた。

それは私が今まで見たどんな光の景色よりも温かく、そして尊い光景だった。


偽物の光なんかじゃない。誰かの悲しみや痛みでもない。

ただ純粋な喜びと驚きだけでできている本物の光の海。

その光の奔流に包まれながら、私の心の中にあった玲奈への不安や悲しみはゆっくりと溶けていった。

そうだ。この光景を忘れてはいけない。この世界はこんなにも美しい光で満ち溢れているんだ。

だから大丈夫。きっと玲奈も救い出せる。私はそう確信した。


上映が終わり明るくなったドームの中で、私は隣に座る心一くんの横顔を盗み見た。

彼もまたその瞳をキラキラさせながら星空の余韻に浸っていた。

その少年のような無防-備な横顔。私はどうしようもなく胸が高鳴った。


ワークショップは大成功のうちに幕を閉じた。

子供たちは口々に「ありがとう!」「楽しかった!」と言いながら帰っていく。

その笑顔の一つ一つが私の心を温かくした。

これだ。これこそが彼が私に贈りたかったプレゼントだったのだ。

誰かの笑顔に触れる喜び。その原点を彼は思い出させてくれたのだ。


第4部:世界で一つのプリズム


子供たちが去り静けさを取り戻した教室。俺たち五人だけが残っていた。

「……疲れたー!」

翼が大の字になって床に寝転がる。

「でも楽しかったわね」

玲奈がどこか満足そうに微笑んだ。その笑顔は今日の中で一番彼女らしい笑顔に見えた。


「……千明」

心一くんが私を呼んだ。

「誕生日おめでとう」

彼はそう言って、一つの箱を私に差し出した。

それは美しい木目の、シンプルな桐箱だった。

「え?」

「今日のこれは前座だ。こちらが本題の物質的贈答だ」


私がその箱を開けると、柔らかな真綿の上に、一つのガラス細工が鎮座していた。

手のひらに収まるほどの、美しい三角形のプリズムだった。

「……綺麗……」

「光の分散を観測するための光学機器だ」

彼は真剣な眼差しで言った。

「お前は『光』を見る。だがその光は単色ではない。喜び、悲しみ、怒り、様々な感情のスペクトルが混ざり合った複雑な混合光だ。このプリズムが太陽光を七色の虹に分けるように、お前のその目は人の心の光をその感情の成分に分解して見ている。……俺はそう仮説を立てた」


彼は続けた。

「……俺はお前が見る世界を同じようには見れない。だが俺は俺なりのやり方で、お前の見る世界を理解したい。論理で科学で、その光の正体に迫りたいんだ。……これはその決意の証だ。そして俺からお前への道標でもある」

彼はプリズムを光にかざした。差し込んだ西日が分散し、壁に小さな虹が映し出される。

「どんなに複雑に見える光も分解すればその本質が見えてくる。迷った時はこれを見ろ。そして思い出せ。お前の見ている光の本当の意味を」


それはプレゼントなんかじゃなかった。

それは誓いだった。そして何よりも嬉しい信頼の言葉だった。

私は涙が溢れそうになるのを必死でこらえた。

「……うん!」

私は力強く頷いた。

「……ありがとう心一くん! 世界で一番嬉しい誕生日プレゼントだよ!」


私がそう言うと彼は初めて照れたように顔を逸した。

その横顔を見ながら私は心の底から幸せだと思った。

玲奈を蝕む偽物の光。その正体はまだ分からない。これから私たちを待っているのはきっと困難な道のりだろう。

だがもう私は一人で悩まない。

私には最高の仲間たちがいる。そして何よりもかけがえのない、あなたが、いる。

その事実こそが私の何よりの力になる。


私はプリズムを握りしめ、壁に映る小さな虹を見つめた。

その七色の光を道標にして、私たちの高校三年生という最後の物語が、今始まろうとしていた。

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