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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・3月:二度目のホワイトデーと、桜色のヴェール

第1部:第二次ホワイトデー問題


三月。学年末テストが終わり春の訪れを待つばかりとなった教室は、どこか浮き足立った、それでいて名残惜しい空気に満ちていた。高校二年生として過ごす時間も残りわずか。その事実が何気ない日常の風景を少しだけ特別なものに見せていた。


俺、落田心一と千明の関係は恋人として二度目の冬を越え、穏やかで安定した軌道に乗っていた。隣にいるのが当たり前で手を繋ぐのが当たり前。その温かい日常が俺の世界の基盤となっていた。


だがそんな平穏な日々に、男にとって年に一度の超高難易度問題が再びその姿を現した。

三月十四日、ホワイトデー。

二月のバレンタインデーに俺は千明から、去年よりも格段にレベルアップした心のこもったガトーショコラを受け取っている。「お返し」というこの国の高度な社会儀礼に基づけば、俺はその贈り物に対して何らかの返礼を行わなければならない。問題は、その「何」の部分だ。


「……はあ」

俺は放課後の図書室で一人、観測ノートの新しいページを前に深くため息をついた。

ノートにはこう記されている。

『第二次ホワイトデー問題における、最適解の導出に関する考察』


去年、俺は「俺たちの始まりの座標」としてクリスマスイブの夜空を再現した星図盤を贈った。結果として千明の感情的満足度は最大値を記録した。

だが同じ手は使えない。プレゼントにおける自己模倣は思考の停止であり、相手への誠意を欠く行為だ。

ならばどうする。去年以上の意味と価値を持つ贈り物。そんなものがこの世に存在するのだろうか。


俺は数日間に渡り一人で悩み続けた。だが有効な解は見つからない。

……やむを得ない。俺はプライドをかなぐり捨て、最も信頼できる情報源ソースに接触することを決意した。

このミッションにおける唯一無二の軍師、雨宮玲奈だ。


「心一。あんたまたそんな難しい顔して。今度は何の最終定理を解いてるのよ」

図書室の机で俺がうんうん唸っていると、玲奈が呆れたように声をかけてきた。

「……玲奈。頼みがある」

俺は真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「……ホワイトデーに関する戦略的助言を要請する」

「……はあ。あんたって本当に……」


玲奈は心底面倒くさそうな顔をしたが、それでも俺の相談に乗ってくれた。

「千明の現在の興味対象に関する客観的データが欲しい」

「……そうねえ」

玲奈は腕を組んで少し考え込んだ。そして意外な言葉を口にした。

「……正直、よく分からないのよ、最近のあいつ」

「何?」

「なんて言うか、すごく穏やかなのよ。いつもニコニコしてて幸せそうなのはいいんだけど、以前みたいに『あれが欲しい!』とか『これが可愛い!』とか、そういう物欲センサーみたいなものが全然働いてない感じがするのよね」


玲奈の分析。俺も同じことを感じていた。

最近の千明はどこか満ち足りている。それは俺との関係が順調な証拠でもあり喜ばしいことではある。だがプレゼントを探す側にとっては致命的な情報不足だった。


「……まあ、でも」

玲奈は自分の手首で輝くあのピンク色のブレスレットを見ながら言った。

「……結局、気持ちがこもってれば何でも嬉しいものじゃないかしら。あんまり難しく考えなくても大丈夫よ。綺麗なものでも贈っておけば喜ぶんじゃない?」

そのあまりにも平凡で、そして玲奈らしくない投げやりなアドバイス。

俺はそこに微かな違和感を覚えた。以前の彼女ならもっと鋭く、そして的確に千明の心の本質を突いてきたはずだ。

その違和感の正体に俺が気づくのは、まだ少し先の話になる。


第2部:本物の光の在り処


玲奈からの助言は何の役にも立たなかった。

俺は再び一人で最適解の探索を続けることになった。「綺麗なもの」という曖昧なキーワードを頼りに、俺は放課後一人でプレゼント探しの旅に出た。

だが玲奈の言う通りだった。千明が喜びそうなものはたくさんある。だがそのどれもが決定打に欠けていた。俺が贈りたいのはただの「綺麗なもの」ではない。俺たちらしい物語のある贈り物だ。


数日間街を彷徨い、俺がたどり着いたのは意外な場所だった。

それは俺が千明の誕生日に訪れたあの小さな公園。俺が彼女に手作りのアルバムを渡した思い出の場所。

夕暮れの公園のベンチに腰を下ろし、俺は途方に暮れていた。

その時だった。


「……あれ? 心一くん?」

背後から聞き慣れた声がした。千明だった。彼女は偶然ここを通りかかったらしい。

「どうしたの? こんなところで一人で。難しい顔して」

「……いや。少し考え事をしていただけだ」

俺は慌てて立ち上がった。


だが彼女は俺のそんな動揺には気づかない。彼女の目は別の一点に注がれていた。

「……あ」

彼女が指差す先、公園の砂場の隅で一人の若い女性が俯いて何かを探していた。

「……光ってる。すごく悲しい光……」


俺たちは自然と、その女性の元へと歩み寄っていた。

声をかけると彼女は涙を浮かべて言った。結婚指輪を失くしてしまったのだと。数時間前にここで子供と遊んでいるうちに、どこかで落としてしまったらしい。

「……夫が初めてくれた贈り物なんです。安物だけど私にとっては、何よりも大切な……」


千明には見えていた。彼女の胸から溢れ出す後悔と悲しみの灰色の光が。そしてそれとは別に、砂場の奥から放たれる愛情を示す温かい金色の光が。

「……あっちです!」

千明の指し示す砂場の奥。俺が砂をかき分けると、果たしてそこには小さな銀色の指輪が埋まっていた。


「あった……!」

女性は泣きながらその指輪を受け取り、何度も何度も俺たちに頭を下げた。

「ありがとうございます……! 本当にありがとうございます……!」

その心からの感謝の言葉。そして彼女の胸の光が灰色から温かい金色へと変わっていく、その美しい瞬間。

それを見ていた千明の横顔は、今までで一番幸せそうだった。


俺はその時ようやく答えを見つけたのだ。

俺が彼女に贈るべき最高の贈り物。それは高価な物でも特別な経験でもない。

ただこの瞬間の彼女の笑顔。それこそが俺が探し求めていた唯一無二の最適解なのだと。

俺はその笑顔を永遠に留めるための方法を思いついていた。


第3部:共有された傷跡の贈り物


ホワイトデー当日。

俺は放課後、千明を屋上へと呼び出した。

三月の冷たい風が俺たちの頬を撫でていく。

「……ごめん、呼び出して」

「ううん。……どうしたの? 真剣な顔して」

彼女は不思議そうに首を傾げた。


俺はポケットから、少し古びた木製の小さな箱を取り出した。そして彼女の目の前に差し出す。

「……これ」

「え……?」

彼女は驚いたように目を見開いた。そしておそるおそるその箱を受け取り、ゆっくりと蓋を開けた。

その瞬間、彼女の息を呑む音が聞こえた。


箱の中に入っていたのは一つのロケットペンダントだった。

だがそれは普通のものではなかった。磨かれていない黒鉄でできた無骨なデザイン。その表面にはただ一つ、小さな星の刻印が刻まれているだけだった。

「……綺麗……。でもなんだか、不思議な感じ……」


「開けてみろ」

俺の言葉に彼女がロケットを開く。

中に入っていたのは写真ではなかった。左右に分かれた小さなガラスのコンパートメント。

そしてその中に封じ込められていたのは、片方には俺の祖母の形見のペンから削り出した微かな金属片。そしてもう片方には、千明の過去の記憶の象徴である青い羽根のかけらだった。

(それは彼女のお母さんに頼み込み、彼女の幼い頃の宝物箱からこっそりと見つけ出してきたものだ)


「……これは……!」

千明は言葉を失っていた。


俺は静かに語り始めた。

「……俺はお前にただ綺麗なものを贈りたくはなかった」

「……」

「お前が本当に輝くのは誰かの笑顔に触れた時だ。誰かの痛みに寄り添った時だ。その優しさこそがお前の本当の美しさだと俺は思う。……だからこれを贈る」


俺はロケットを指さした。

「……これはただのアクセサリーじゃない。俺たちが共に歩んできた道のりの記録だ。俺が失くしかけた過去の光、お前が乗り越えた過去の光。そしてこの黒鉄のロケットそのものは、俺たちがこれから出会うであろうたくさんの悲しみや痛み、そして偽物の光を象徴している」


俺は彼女の目を真っ直ぐに見て言った。

「俺たちの光はただ明るいだけの場所では輝かない。暗闇があってこそその温かさと尊さが分かる。……これは綺麗じゃないかもしれない。だが俺たちの共有された傷跡であり、そして共に戦っていく覚悟の証だ」


俺のそのあまりにも不器用で誠実な想い。

それを聞いた千明の瞳から、ぽろりぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。

彼女は何も言わなかった。ただそのロケットを胸に強く強く抱きしめていた。

彼女には見えていた。俺の胸から放たれる深い覚悟と愛情に満ちた金色の光が。そしてその光が彼女の心の光と溶け合い、どんな暗闇にも負けない一つの強い光となっていくその奇跡の瞬間が。


「……ありがとう心一くん。世界で一番嬉しいプレゼントだよ」

彼女は涙で濡れた声で言った後、ふふっと笑った。

「……なんだか私、心一くんにもらうもの全部に『世界で一番嬉しい』って言ってる気がする」


その言葉に俺の胸が温かくなる。

俺は彼女の後ろに回り、その黒鉄のロケットを彼女の細い首にかけてやった。

それはどんな宝石よりも彼女によく似合っていた。

俺たちは言葉もなく、夕日に染まる街を見下ろしていた。

二度目のホワイトデー。それはただ甘いだけの一日ではなかった。

俺たちの絆の本当の意味と重さを再確認する、静かでそして尊い誓いの一日となったのだ。

春はもうすぐそこまで来ていた。だが俺たちの心には、これから始まる新しい戦いへの静かな覚悟が灯っていた。

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