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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・12月:聖夜のプレリュードと、偽りの幸福

第1部:魅惑の光と、新しい執着


十二月。師走という名の通り街も人々もどこかせわしない空気をまとい始める季節。校庭の木々はすっかり葉を落とし、冷たい風がその枝の間を吹き抜けていく。俺たちの高校二年生としての二学期もまた、期末テストという最後の山場を越え、その終着点である冬休みへと向かっていた。


教室の中は暖房の効いた穏やかな空気に満ちている。

「心一くん、これ」

昼休み、千明が俺の机に小さな紙袋を置いた。中には温かい肉まんが入っている。

「……なぜだ」

「だって心一くん、朝からずっと難しい顔して本読んでたから。糖分じゃなくてこういうのがいいかなって」

そのあまりにも的確な気遣い。俺の思考を読んでいるかのように。

俺は礼を言ってその温かい肉まんを頬張った。美味かった。

恋人同士になってからもうすぐ一年。俺たちの関係は穏やかで満ち足りた日常の中にあった。


期末テストが終わり、終業式を待つだけの数日間。クラスはクリスマスと冬休みの話題で浮き足立っていた。

「なあ千明! クリスマスどうすんだよお前ら!」

翼がニヤニヤしながら聞いてくる。

「え、えーっと、それはまだ……」

千明が顔を赤くしてしどろもどろになる。

俺はそんな彼女を見ながら、俺なりに計画を立てていた。去年のクリスマスイブは告白という一大イベントだった。だが今年は違う。ただ静かで温かい、二人だけの時間を過ごしたい。そう思っていた。


そんな平和な日常に、その異質な光は何の前触れもなく姿を現した。

それはテスト期間が終わった最初の週末のことだった。

俺と千明は気分転換に、普段は行かないお洒落な骨董品街を散策していた。

その時だった。

「……あ」

千明が突然足を止めた。その表情は今まで見たことのない、恍惚と困惑が混じり合った不思議なものだった。

「千明?」


彼女の視線は、一つのアンティークショップのショーウィンドウに釘付けになっていた。

「……光……。すごい、光が見える……」

その声はうわ言のようだった。

「どんな光だ」

「分からない……! 見たことない! 虹色なの。赤、青、黄色、緑……全部の色がキラキラしててオーロラみたいに揺らめいてる。すごく綺麗で眩しくて……。それにこの光、すごく幸せな感じがする。ただそこにあるだけで胸がいっぱいになるような、完璧な幸福の光だよ……!」


彼女のそのあまりにも手放しの賞賛。

俺は一抹の不安を感じながらも、そのショーウィンドウを覗き込んだ。

光の源は一つのアンティークのオルゴールだった。精巧な細工が施された木製の小箱。それは確かに美しかった。

だが千明のこの尋常ではない惹きつけられ方は、一体何なんだ?


彼女は吸い寄せられるように店の中に入っていった。そしてそのオルゴールの前に立ち尽くす。

店主に断ってそれを手に取らせてもらうと、彼女はまるで生き別れの我が子に再会したかのように、それを愛おしそうに抱きしめた。

「……すごい……。こんな光、初めて……」

その横顔は俺が今まで見たどんな笑顔よりも幸せそうだった。

そしてその幸せそうな笑顔が、なぜか俺の心をひどくざわつかせた。

その虹色の光はあまりにも完璧すぎたのだ。まるで誰かが意図的に作り上げた、甘美な罠のように。


第2部:光への依存


千明はそのオルゴールを、なけなしのお小遣いをはたいて購入した。

店主が言うには持ち主も来歴も一切不明の品なのだという。

家に帰ってからも彼女はずっとそのオルゴールを離さなかった。ネジを巻くとどこかで聞いたことのあるような、優しくそして少し物悲しいメロディーが流れ出す。

彼女はその音色を聴きながらうっとりと目を細めていた。


その日から千明の様子が少しずつ変わっていった。

彼女は常にあのオルゴールを持ち歩くようになった。授業中も机の中にそれを忍ばせ、時折そっと触れている。

休み時間になれば俺や玲奈と話すよりも、一人でオルゴールの光を眺めていることが増えた。

その瞳はいつも夢見るように潤んでいた。


「……なあ千明」

俺はある日の放課後、彼女に尋ねた。

「最近少しおかしくないか。そのオルゴールに少し執着しすぎているように見える」

俺の懸念に彼女は少しむっとしたように顔を上げた。

「おかしくないよ。だってこの光、本当に綺麗なんだもん。心一くんだって見えれば分かるよ。こんなに幸せな光、他にないんだから」


その言葉。俺は違和感を覚えた。

彼女は今までどんなに強い光の落とし物にも、ここまで我を忘れることはなかった。むしろその光に込められた持ち主の心を読み解こうとしてきたはずだ。

だが今の彼女は違う。ただその光の美しさに酔いしれているだけだ。まるで薬物のようにその幸福感に依存している。


玲奈も同じことを感じていた。

「……千明、最近本当に変よ。あの子私たちの話を聞いてない時があるわ。心ここにあらずって感じ。……あのオルゴール、気味が悪いわ」


俺の不安は日に日に増大していった。そしてそれはある事件によって決定的となる。

その日俺たちはいつものように「落とし物探し」をしていた。公園で小さな子供が失くしたミニカーを探していたのだ。

いつもなら千明はすぐにその小さな光を見つけ出すはずだった。

だがその日の彼女は違った。


「……ごめん、分からない。光が見えないの」

「何?」

「……分からないのよ! あのオルゴールの虹色の光が強すぎて……。他の光が全部霞んで見えなくなっちゃうんだ……!」


彼女は初めてその能力の不調を訴えた。

オルゴールの光が他の光を遮蔽している。それはもはやただの美しい光ではなかった。彼女の能力そのものを侵食する、危険な寄生木だったのだ。

俺は戦慄した。このままでは彼女が彼女でなくなってしまう。


その夜、俺は千明の家に押しかけた。そして彼女に言った。

「そのオルゴールを手放せ」

「……嫌だ」

彼女はオルゴールを胸に強く抱きしめ、俺を睨みつけた。その瞳には俺が見たこともない強い拒絶の色が浮かんでいた。

「どうしてそんなこと言うの!? これは私の宝物だよ!」

「違う! それはお前を蝕む毒だ! 目を覚ませ、千明!」


俺たちの声はヒートアップしていく。言い争う俺たちの間に割って入ってきたのは、帰宅した千明の母親だった。

事情を聞いた母親は静かに、しかし厳しい声で言った。

「……千明。そのオルゴール、少しの間お母さんに預けなさい」

「嫌だ!」

「……いい加減にしなさい」


母親の有無を言わさぬ言葉に、千明は泣きながらオルゴールを手渡した。

俺はそのオルゴールを借り受け、自分の家に持ち帰った。

千明から物理的に引き離せば何かが変わるかもしれない。そう思ったのだ。

だがそれは事態をさらに悪化させるだけの愚かな選択だった。


第3部:ありえない共闘


オルゴールがなくなってから千明の様子はさらにおかしくなった。

彼女は完全に心を閉ざしてしまった。学校に来ても誰とも口を利かず、ただ虚ろな目で窓の外を眺めているだけ。時折禁断症状のように体が小さく震えていた。

彼女の胸に灯っていたあの太陽のような愛情の光も、今は見る影もなく弱々しく揺らめいている。

俺の心は焦りと後悔で張り裂けそうだった。


俺は持ち帰ったオルゴールを徹底的に調査した。分解しその構造を分析する。だが何の変哲もないただの古いオルゴールだ。超常的な仕掛けなどどこにもない。

ではなぜこれほどまでに強い光を放つのか。なぜ千明をこれほどまでに惹きつけるのか。

俺が途方に暮れていたその時だった。


「……それは、自然な光じゃない」


不意に背後からかけられた静かな声。

俺は弾かれたように振り返った。喫茶店の窓際の席、いつの間にかそこに神楽坂悠人が座っていた。俺が一人で考え込むために立ち寄ったこの場所に、なぜ彼が。

「……なぜここが」

「君の胸の光が、ひどく乱れていたからな。遠くからでもよく見えた。何かトラブルがあったのだろうと、来てみただけだ」

彼はまるで他人事のように言うと、俺がテーブルの上に置いたオルゴールを指さした。


「その中にある光。あれは本物の感情から生まれたものじゃない」

俺は息を呑んだ。敵であるはずの彼が、なぜ。

「あれは『執着』でも『未練』でもない。感情の残骸を寄せ集めて作った偽物の光だ。魂のないゴーレムのようなものだ。長く触れれば本物の感情を食い尽くされる」

神楽坂は淡々と語った。彼の目には、あのオルゴールの光が危険な毒物として映っているらしかった。

彼はこの世界に我々以外にも、人の感情の光を認識し、そして悪用する人間がいる可能性を示唆した。

「見附さんは今、その毒に侵されている。このままでは危険だ」


「……どうすればいい」

俺はプライドを捨て、目の前の元・敵に尋ねた。

「方法は一つだ」

神楽坂は言った。「僕の力で断ち切る。だがそのためには、彼女自身の本物の光が必要だ。偽物の光を拒絶する、強い意志の光が。……それは僕には作れない。だが、君ならできるはずだ」

彼の視線が俺の胸を射抜く。

「君の見附さんへの想い。その本物の光だけが、彼女を救う鍵になる」


それはあまりにも奇妙な、ありえない共闘の始まりだった。


第4部:本物の光の在り処


俺は神楽坂と共に千明の家へと向かった。

千明は部屋のベッドの上でうずくまっていた。その姿はあまりにも小さくか細かった。

「……心一くん……? ……オルゴールは……? 私の光は……?」

「……ここにはない」

俺は彼女の前に立った。そして彼女の両肩を強く掴んだ。

「……聞け千明。お前が求めているのは、あんな偽物の光じゃないはずだ」

「でも……!」

「思い出せ!」

俺は叫んだ。「俺たちが今まで見てきた光を! 苦しみの中でそれでも輝いていた本物の光を!」


俺は彼女の脳裏に直接語りかけるように言葉を紡いだ。

祖母のペンの光。玲奈の雪解けの光。長谷部先輩の再生の光。狐の簪の鎮魂の光。音無さんの勇気の光。そして城戸のあの小さな贖罪の灯火。


「……それらの光はすべて物語を持っていた! 痛みも悲しみも喜びも、すべてを内包していた! だから美しかったんだろう! お前が愛した光はそんな薄っぺらい幸福の光だったのか!?」


俺の言葉に千明の瞳がわずかに揺らいだ。

俺は続けた。最後の切り札を。

俺は自分の胸を強く叩いた。

「……見ろ千明! 俺の光を!」

彼女の視線が俺の胸へと注がれる。神楽坂が隣で息を呑むのが分かった。

「……この光はどうだ!? あのオルゴールの光よりも弱いか!? 劣っているか!? 俺とお前が共に過ごしてきたこの一年半の時間は、あの空っぽの箱に負けるほど安っぽいものだったのか!?」


俺の魂からの叫び。その言葉と共に俺の胸の奥からありったけの想いが光となって溢れ出す。

千明への愛情、共に過ごした記憶。そのすべてが凝縮された純粋な金色の光。


千明はその光を呆然と見つめていた。偽物の虹色の光と本物の金色の光。二つの光が彼女の心の中で激しくせめぎ合う。

やがて彼女の瞳から一筋涙がこぼれ落ちた。

そして彼女はか細い声で言った。

「……違う……」

「……違う……。心一くんの光の方が、ずっとずっと温かい……!」


彼女は俺の胸に顔をうずめ、声を上げて泣き出した。その嗚咽と共に彼女を縛り付けていた偽りの光の呪いが揺らぎ始める。

「……今だ」

神楽坂が呟いた。彼がそっと手をかざすと、部屋の隅に置かれていたオルゴールから、虹色の光が悲鳴のように吹き出した。そして千明の体から引き剥がされるようにして、光は霧散していく。

オルゴールの光は完全に消え、ただの古い木箱になった。


千明は俺の腕の中で、糸が切れたように眠りに落ちた。

俺はただ黙って、その小さな体を強く抱きしめていた。


神楽坂は間違っていた。そして俺もまた、彼を誤解していた。

本物の光の前ではどんな偽物の光も無力なのだ。俺たちの絆は彼の浅はかな実験ごときで壊れるほど脆くはなかった。

そして彼は、敵ではなかった。ただの、不器用な観測者だったのだ。


冬休み直前、終業式の日。

俺と千明は屋上で二人、冷たい冬の空を見上げていた。

千明の心はまだ完全には癒えていない。だがその瞳にはもう迷いはなかった。

「……ありがとう心一くん。……私、また間違えるところだった」

「……いいや。お前は最後には自分で答えを見つけ出した」


そうだ。俺はただきっかけを与えただけだ。彼女を救ったのは彼女自身の心の強さなのだ。

俺たちはこの事件を通してまた一つ強くなった。そして俺たちの絆もまたより深く揺るぎないものになった。

冬の空はどこまでも澄み渡っている。俺たちは静かに寄り添い、もうすぐそこまで来ている聖なる夜に思いを馳せていた。

偽りの光が去った後にはきっと、本物の温かい光に満ちた冬がやってくるはずだから。

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