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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・修学旅行3日目:奈良公園の鹿と、勇気の御守り

第1部:新たな古都と、肝試しの報せ


伏見稲荷での不思議な救出劇。それは俺たちの修学旅行三日目の、まだほんの序章に過ぎなかった。

音無さんという新しい友人との絆を深め、クラスのヒーローとしてささやかな賞賛を浴びた俺たちは、高揚した気分のまま次の目的地へと向かうバスに乗り込んだ。

バスの車窓から遠ざかっていく京都の街並み。次に俺たちが目指すのは、もう一つの古都、奈良だ。


バスの中は興奮と少しの疲労が入り混じった心地よい喧騒に包まれていた。俺たちの班の席では翼が今日の俺たちの活躍を面白おかしく、尾ひれをつけて他のクラスメイトに語っている。

「いやー、マジで凄かったんだって! 千明が『光が見える!』とか言ってさ! そしたら心一が『なるほど、その座標はシータが30度、半径rの位置だな!』とか分析し始めて!」

「……そんなことは一言も言っていない」

俺は翼のあまりにも創造的な脚色に訂正を入れたが、誰も聞いてはいなかった。

音無さんはそんな俺たちのやり取りをただ嬉しそうに微笑みながら見ている。彼女の胸に灯る光はもうあの日のような怯えた薄紫色ではない。仲間と共にいる喜びを示す、温かいひまわりのような黄色に輝いていた。


バスが奈良県に入り車窓の風景がよりのどかなものへと変わっていった頃、バスの前方から担任教師の声がマイクを通して響き渡った。

「えー、諸君、よく聞いてくれ。今夜の宿泊は奈良公園の近くの旅館になるわけだが、夕食後、学年全体でのレクリエーションを行うことが決定した!」

その言葉に車内がどよめく。


「……題して、『古都の闇に君の勇気を示せ! ドキドキ肝試し大会』だ!」


そのあまりにも安直なネーミング。だがその破壊力は抜群だった。

車内は一瞬で歓声と悲鳴の坩堝と化した。

「「「うおおおおお!」」」

翼をはじめとする男子たちの喜びの雄叫び。

「「「きゃあああ!」」」

そして女子たちの悲鳴。

その悲鳴の中心で誰よりも大きな悲鳴を上げていたのが、俺の隣に座る千明だった。

「き、肝試しぃ!? む、無理無理無理、絶対に無理!」

彼女は顔を真っ青にしてぶんぶんと首を横に振っている。意外なことに彼女は、この手のオカルト的なものが大の苦手だった。

「大丈夫よ千明。どうせ教師が脅かすだけの子供騙しなんだから」

玲奈が呆れたように言う。

「そうは言うけどぉ……!」


俺はそんな千明の怯える横顔を盗み見た。そしてその奥で、俺自身の心がわずかに高鳴っているのを自覚していた。

肝試し。非科学的で非合理的な恐怖。だがその未知の領域は、かつての俺が最も愛した世界でもあった。

千明には見えていたのだろうか。俺の胸に一瞬だけ灯った、あの青みがかった金色の好奇心の光を。


やがてバスは広大な奈良公園の入り口に到着した。

バスを降りた俺たちを迎えたのは、のんびりと草を食むたくさんの鹿の群れだった。

「わー! 鹿さんだー!」

千明が先ほどの恐怖も忘れ、目を輝かせて駆け寄っていく。

公園のあちこちで観光客が「鹿せんべい」を与えている。その牧歌的で平和な光景。


「おいお前ら! 鹿に囲まれてケツを噛まれても知らねえぞ!」

翼が鹿せんべいを両手に持ち、鹿の群れの中心へと突撃していく。

案の定彼はあっという間に数十頭の鹿に包囲され、服の裾を引っ張られたり尻を頭突きされたりして悲鳴を上げていた。

そのあまりにも様式美に満ちたコント。俺たちは腹を抱えて笑った。


俺も千明に促され、一枚百五十円の鹿せんべいを買った。

俺がせんべいを手に取った瞬間、それまでおとなしく座っていた鹿たちの目が一斉に変わった。

俺はあっという間に鹿に包囲された。

「落ち着け。順番だ。論理的に考えろ」

俺は鹿に向かって説得を試みたが、無駄だった。彼らの行動原理はただ一つ「食欲」。その純粋な欲望の前では俺の論理など何の役にも立たない。

俺はなすすべもなくすべてのせんべいを奪い去られた。

その一部始終を千明がスマートフォンの動画で撮影し、玲奈と二人で涙を流して笑っている。

解せぬ。だがまあいい。彼女が笑っているならそれでよかった。


第2部:臆病者の強がりと、恐怖の光


鹿との戯れを終え、俺たちはクラスの列に加わり東大寺へと向かった。

その道すがら、引率のガイドが前方を指差して言った。

「……皆さん、あちらに見える深い森。あの一帯が今夜皆さんが肝試しを行う場所ですよ」

ガイドが指差す先には、昼間だというのにどこか薄暗く空気が淀んで見えるような、鬱蒼とした森が広がっていた。


「あの森には昔から言い伝えがありましてね。その昔、朝廷の権力争いに敗れた一人の貴族がこの場所で非業の最期を遂げたのだとか。その無念の魂が今もなおこの森を彷徨っている、と……」

そのいかにもな怪談話。女子生徒たちがひそひそと囁き合い怖がっている。

千明も俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。


だがその空気をぶち壊すような大きな声が上がった。

「はっ! 馬鹿馬鹿しい。幽霊だなんて本気で信じてるんすか?」

声の主は牧野だった。彼はクラスの中でも少し斜に構えた目立ちたがり屋の男だ。

彼は周りの女子たちに聞こえるように、わざとらしく続けた。

「そんなの子供を怖がらせるための作り話に決まってるじゃないですか。俺、そういうの全然平気なんで」

その傲慢な物言い。俺は眉をひそめた。


牧野は自分の言葉を証明するかのように、ひょいと柵を飛び越え森へと続く脇道へと駆け出した。

「おい、牧野!」

教師の制止の声も聞かずに、彼は「ほら、何も起きない!」と大げさに両手を広げてみせる。

だがその時だった。木の根に足を取られ、彼は派手にすっ転んだ。

クラス中からどっと笑いが起こる。

彼は照れくさそうに頭を掻きながら立ち上がると、服についた土を払いながら俺たちの元へ戻ってきた。

「……い、今のナシな!」

その強がる姿は、どこか滑稽だった。


東大寺の大仏のその圧倒的なスケールに感嘆し、俺たちは次の目的地である旅館へと向かうバスに乗り込んだ。

生徒たちは今日の出来事や夜に迫った肝試しの話題で持ちきりだ。

俺はバスの窓から、遠ざかっていく奈良公園の森を眺めていた。

その時、俺の隣に座る千明の表情がふっと曇ったことに気づいた。


「……千明?」

「……うん。……また、光が見える」

彼女はバスの後方の席へと視線を向けた。そこには牧野が座っている。

「牧野くんからだ。でも、おかしいの」

「何がだ」

「光が二つある。一つはすごく明るい金色の光。たぶん彼が大切にしてる何かだと思う。でももう一つの光が……すごく強い恐怖の光なの。真っ青でブルブル震えてる。さっき森で転んだ時からずっと。……彼は何かを失くしたんだ。そしてそれをものすごく怖がってる」


虚勢を張る臆病者。そのあまりにも人間的な心の矛盾。

俺はもう一度牧野の方を見た。

彼は友人たちと笑い合いながらも、落ち着きなく何度も自分のポケットを探っている。

その顔は笑顔だったが、その奥にある恐怖の色を千明の目は見逃さなかったのだ。

どうやら今夜の肝試しは、ただのレクリエーションでは済まないかもしれない。

俺の胸に、新たな事件の予感が芽生えていた。


第3部:秘密の捜索願い


旅館に着き夕食を終えても、牧野の様子は明らかにやかましかった。

彼はいつもより口数が少なく、食事もほとんど手をつけていない。

その胸からは千明によれば、恐怖の青い光と大切なものを失った金色の光が、交互に激しく明滅しているのだという。

彼は自分の見栄と恐怖の間で引き裂かれそうになっていた。


肝試しの集合時間が近づく。

生徒たちが次々とロビーに集まり始める中、彼は一人部屋の隅で顔を青くしてうずくまっていた。

俺たちは意を決して彼の元へと向かった。


「……牧野」

俺が声をかけると彼はびくりと肩を震わせた。

「……なんだよ」

「お前、何か失くしたんだろ」

俺の単刀直入な問いに、彼はぎくりとしたように体を硬直させた。

そしてしばらく黙り込んだ後、観念したように力なく頷いた。


「……バレてたか」

彼は弱々しい声で言った。

「……昼間、森で転んだ時だ。落としたんだ。……妹が作ってくれたお守りを」

彼が失くした物。それは彼が溺愛している年の離れた妹が、この修学旅行のために手作りしてくれた「勇気が出るお守り」だったのだという。

「……あいつ、俺が怖がりなの知ってるから……。これを持ってれば大丈夫だって……」


「……ならなぜ、すぐに言わなかったんだ」

玲奈が尋ねる。

「……言えるわけねえだろ!」

彼は叫んだ。

「幽霊なんて怖くねえって大口叩いた手前! 『お守りを失くしたから怖い』なんて、口が裂けても言えるかよ! ダサすぎるだろ……!」

そのあまりにも子供じみた、しかし切実なプライド。

俺たちは何も言えなかった。


「……探したんだ。一人でこっそり。でも見つからなかった。もうすぐ肝試しが始まる。あんな真っ暗な森に一人で入るなんて絶対に無理だ……!」

彼はついにその場にうずくまり、頭を抱えてしまった。

その胸からは今にも張り裂けそうな恐怖の光が溢れ出していた。


千明が彼の前にしゃがみ込んだ。そしてその肩を優しく叩いた。

「……大丈夫だよ、牧野くん」

彼女は微笑んだ。

「一人じゃないよ。私たちも一緒に探しに行ってあげるから」


その一言。それは彼にとって何よりの救いだった。

彼は顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺たちを見つめた。

「……いいのかよ」

「当たり前でしょ。友達が困ってるんだから」

玲奈がきっぱりと言った。

翼と音無さんもいつの間にか俺たちの後ろに立っていた。

「おう! 任せとけ!」

「……はい!」

俺たちの班は再び一つのチームになった。

一人の臆病な友人の、小さな「勇気」を取り戻すために。


第-部:見つけた、本当の勇気


俺たちは教師に「班のメンバーの体調が悪い」と嘘をつき、肝試しの集合時間よりも少し早く旅館を抜け出した。

日はすでに落ち奈良公園は夕闇に包まれている。

目指すは昼間、牧野が転んだあの森の入り口だ。


森の中は俺たちが想像していた以上に暗く、そして不気味だった。

ざわざわと風に揺れる木々の音。時折聞こえる動物の鳴き声。そのすべてが俺たちの恐怖を煽った。

「ひぃっ!」

千明が俺の腕に力いっぱいしがみついてくる。その震えが俺にも伝わってきた。

牧野はそれ以上に震えていた。


「……落ち着け。論理的に考えろ」

俺は自分と皆に言い聞かせるように言った。

「幽霊などいない。いるのは俺たちの心の中にある恐怖心だけだ」

俺は懐中電灯で地面を照らしながら昼間の記憶を辿った。

「牧野が転んだのは確かこの辺りだ。そして彼は木の根に躓いた。だとすればお守りはその衝撃でポケットから飛び出し、放物線を描いて落下したはずだ。落下地点はおそらくこの先の茂みの中……」


俺がそこまで言った時、千明が俺の服を引いた。

「……心一くん。あそこ」

彼女が指差すその先。俺の懐中電灯の光の輪の中にそれはあった。

深い茂みの葉っぱの上に、ちょこんと乗っかるようにして。

小さな布製のお守りが落ちていた。


「「「あったー!」」」

翼と千明が同時に声を上げた。

牧野は信じられないという顔で、そのお守りの元へ駆け寄った。

そしてそれを泥だら-けの手で大切そうに拾い上げた。

「……よかった……。本当に、よかった……!」

彼はその場にへなへなと座り込み、涙を拭おうともせずに泣いていた。

それは恐怖からの解放と、そして失くした宝物が戻ってきた純粋な喜びの涙だった。


千明には見えていた。

彼の胸を覆っていたあの怯えた青い光がすーっと消えていくのを。

そしてその代わりに、妹への愛情と俺たちへの感謝の気持ちが混じり合った、温かい金色の光が彼の心臓から溢れ出すのを。


「……悪かったなみんな。俺、ダセえよな……」

落ち着きを取り戻した牧野が照れくさそうに言った。

「別に」

俺は答えた。

「怖いものを怖いと言うことは、ダサいことじゃない。むしろそれは勇気ある行動だ」

「……落田……」

「そうよ! それにあんたには私たちがついてるんだから、何も心配することないじゃない!」

玲奈が彼の背中をばしんと叩いた。


俺たちは森を出た。空には満月が輝いていた。

ちょうど旅館の玄関から、肝試しに向かう生徒たちの第一陣が出てくるところだった。

俺たちは何食わぬ顔でその列の最後尾に加わった。

牧野はもう震えてはいなかった。その手には小さなお守りが固く握りしめられている。そしてその隣には俺たちがいる。

彼はもう一人じゃない。彼は失くしたお守りと共に、本当の「勇気」を見つけ出したのだ。


「……よし、行くか」

俺は隣でまだ少し震えている千明の手を強く握った。

彼女もこくりと頷き、強く握り返してくれた。

これから始まる肝試し。きっとたくさんの悲鳴と笑い声に満ちた賑やかな夜になるだろう。

俺たちの修学旅行三日目の夜はこうして、静かにそして温かく更けていった。

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