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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・修学旅行2日目夜:乙女たちの恋バナと、秘密のお茶会

第1部:冒険のあとの、お茶会


古都の夜は、男子たちの枕が飛び交うような野蛮な喧騒とは無縁の場所で、静かにそして華やかに更けていく。

畳の匂いが心地よい女子用の大部屋。夕食と風呂を終えた私、見附千明と玲奈、音無さん、そして同じ班のクラスメイト二人は、旅館の浴衣に身を包み、車座になってささやかなお茶会を開いていた。


「いやー、でも今日マジですごかったよね!」

クラスメイトの一人が興奮冷めやらぬといった様子で言った。

「分かる! あの狐の簪の話! ちょっと鳥肌立っちゃった!」

今日の昼間、私たちが体験した摩訶不思議なアドベンチャー。その噂はすでに学年の一部に広まりつつあった。

もちろん、光のことは伏せてある。

ただ「アンティークショップで見つけた呪いの簪の言い伝えを調べたら、本当に昔の恋人たちの悲しい物語に行き着いた」という、ミステリー風味の話として。


「でも、見附さんすごいです……」

今まで静かにお茶を飲んでいた音無さんがぽつりと呟いた。その瞳は尊敬の光でキラキラしている。

「昨日の私のお守りもそうでしたけど……。どうしてそんなに見つけられるんですか? まるで物の声が聞こえるみたいです」

「え、えへへ……。そんなことないよ。偶然だよ、偶然!」

私は照れ隠しに頭を掻いた。


「偶然なわけないでしょ」

玲奈がお茶請けの八つ橋をかじりながら言った。

「この千明とあの朴念仁が組むと大体こうなるのよ。千明が直感で何かを嗅ぎつけて、心一が理屈でその裏付けを取る。……まあ、見てる分には面白い探偵団よね」

玲奈の言葉に他の女子たちもうんうんと頷いている。

「分かるー! あの二人見てると本当にお似合いだよね!」

「文化祭の時もすごかったもんね! 星空カフェ!」


その言葉。その一言がこのお茶会の空気を一変させる引き金になった。

クラスメイトの一人が身を乗り出し、目を輝かせて私に尋ねた。

「で! ぶっちゃけどうなのよ見附さん! 落田くんと!」


来た。

男子部屋で今頃、心一くんが受けているであろう尋問と全く同じ種類のそれが、今、私にも向けられたのだ。

恋バナという名の公開尋問が。


第2部:ヒロインへの恋心尋問


「え、え、え、どうって何が!?」

私は必死でとぼけた。だがそんな抵抗が恋話に飢えた乙女たちに通用するはずもなかった。

「決まってるじゃん! いつから付き合ってるの!?」

「どっちから告白したのよ!」

「落田くんのどこが好きなの? あんな、いっつも難しい顔してるのに!」

「ねえ、もうキスとかしたわけ!?」


四方八方から浴びせられる質問の弾丸。

私の顔は茹でダコのように真っ赤になっていた。

「ま、待って待って! みんな一斉に喋らないで!」


「はいはいそこまで!」

パン、と玲奈が手を叩いた。その凛とした声に、騒がしかった女子たちがぴたりと口をつぐむ。さすがは元風紀委員。

「……あんたたち、そんな矢継ぎ早に質問したってこのポンコツには処理できないわよ。尋問ってのはね、一つずつ順を追って外堀から埋めていくのがセオリーなの」


玲奈はそう言うと悪戯っぽく笑い、私に向かって言った。

「……というわけで千明。まずは当たり障りのないところから。あんたは心一のどこに惹かれたわけ? 私たち一年生の時から見てるけど、あいつの第一印象、最悪だったでしょ?」


その問いに私は一年前のことを思い出していた。

雨の中、泥だらけで地面にひざまずく私を遠巻きに眺めていた彼の、あの冷たい視線。確かに第一印象は最悪だった。変な奴だと思われてるんだろうな、と感じていた。


「……うん。最初はちょっと怖い人だなって思ってた」

私は正直に答えた。

「いつも一人で本ばかり読んでて、何を考えてるか分からなくて。でも……」

私は言葉を探した。彼のどこが好きなのか。そんなの考えたこともなかった。気づいたらもう好きになっていたのだから。


「……でも彼は、いつだって私のことを分かってくれようとしたの」

私はぽつりぽつりと語り始めた。

「私が突拍子もないことを言っても、馬鹿にしたりしなかった。それどころか私以上に真剣になって、その裏にある何かを探ろうとしてくれた。……彼はいつだって私の一番の理解者なの。私が暴走しそうになったら、正しい道を示してくれる羅針盤なのよ」

そして私は付け加えた。

「……あと普段は難しい顔してるけど、時々見せる笑顔がすごく可愛いところ、とか……」

そこまで言って私はとんでもない惚気話をしていることに気づき、顔から火が出そうになった。


私の告白に女子たちは「きゃあ」と黄色い悲鳴を上げた。

玲奈だけがやれやれと肩をすくめている。

「……はいはいごちそうさま。まああんたが幸せならそれでいいけどね」


その時、音無さんがおずおずと手を挙げた。

「……あの」

彼女は頬を染めながら私に尋ねた。

「……見附さんと落田くんって、なんだかお互いを補い合ってるみたいで素敵です。今日の簪の時もそうでしたけど、落田くんが謎を解いて、見附さんが心を救うみたいな……」

「……!」

「まるで二人が揃って初めて、一つの探偵になるみたいで。……すごく憧れます」


そのあまりにも的確で、そして詩的な表現。

私は何も言えなかった。ただ胸の奥がじん、と熱くなるのを感じていた。

そうだ。私たちは二人で一つなのかもしれない。

論理と直感。光と影。足りない部分を互いに補い合う、不完全な二つの半円。


その温かい空気に水を差したのは、やはり玲奈だった。

「……で? 結局キスは?」

「も、もう玲奈のバカー!」

その夜、女子部屋の恋バナは消灯時間ぎりぎりまで続くことになった。


第3部:彼女だけが知る温もり


恋バナという名の嵐が過ぎ去った後、部屋の照明が落とされ私たちはそれぞれの布団に潜り込んだ。

他のクラスメイトたちはすぐに寝息を立て始めたが、私と玲奈、そして音無さんはまだ小さな声で話を続けていた。


今日の簪の出来事は音無さんにとって相当衝撃的だったらしい。

「……でも本当に不思議です」

彼女は興奮した声で言った。

「どうして見附さんには分かるんですか? あの簪が悲しんでるとか。物の気持ちが分かるなんて、まるで魔法みたいです」


その純粋な問い。私は何と答えるべきか迷った。

光のことは言えない。でも彼女のこの真っ直ぐな好奇心を、はぐらかしたくもなかった。

私は言葉を選ぶように答えた。


「……魔法じゃないんだよ」

私は静かに言った。

「なんていうか『声』が聞こえるみたいな感じかな。すごく小さな声。『ここにいるよ』とか『私を忘れないで』とか。そういう物に込められた持ち主の想いの声が。……私はたぶん、人より少しだけその声が聞こえやすいだけなんだと思う」


それは私の精一杯の比喩だった。

音無さんはその言葉をじっと噛み締めるように聞いていた。

「……想いの声……」


「そう。だからね、今日のあの簪も本当は呪いなんかじゃなかったんだよ。ただずっと待ち続けてただけなんだ、何百年もたった一人で。その想いがあまりにも強くて切なすぎて、周りの人には呪いみたいに見えちゃっただけなんだ」


私はあの簪が見せた最後の光景を思い出していた。狐火のようなオレンジ色の光が、穏やかな金色の光へと変わっていったあの美しい瞬間を。

「……最後はね、すごく幸せそうな顔をしてたよ。ありがとうって言ってるみたいだった」


私の言葉に音無さんは静かに涙を拭った。

「……そうだったんですね。よかった……」

彼女は心の底からそう言った。その純粋な共感の心。私はこの子もまた、私たちと同じ世界の住人なのかもしれないとふと思った。


やがて音無さんも静かな寝息を立て始めた。

部屋には私と玲奈だけが起きていた。

「……あんた、本当に厄介なもの背負わされたわね」

玲奈がぽつりと呟いた。

「……そうかな」

「そうよ。人の感情の一番むき出しの部分を、毎日見せつけられてるようなものでしょ。……辛くないの?」


その問いに私は即答できなかった。

辛い時もある。翼くんの心が砕け散るのを見た時、神楽坂くんの空っぽの心に触れた時。それは自分の心まで引き裂かれそうになるほど辛い。

でも。


「……でもね、玲奈」

私は言った。

「嬉しい時も同じくらいあるんだよ」


私は心一くんのことを思った。

彼が私を思う時に見せる、不器用な優しさ。彼が謎を解き明かした時に見せる、あの眩しい横顔。

その一つ一つが私の心を温かくする。

「心一くんを見ているとね、分かるんだ。彼が今、何を考えてて何を大切に思っているのか。言葉にしなくても、その真剣な表情とか、ふとした時の優しい目とか、全部が伝わってくるの。……だから私も、信じてついていけるんだ」


私の告白に玲奈は何も言わずに、ただ暗闇の中で静かに頷いた。

そして小さな声で呟いた。

「……そう。ならいいわ」

その短い言葉に彼女のすべての優しさが詰まっているのを、私は知っていた。


私は目を閉じた。

遠くで聞こえる男子部屋の馬鹿騒ぎ。隣で感じる親友の温もり。そして胸の奥で確かに輝いている、恋人の存在。

そのすべてが私を守ってくれている。

古都の夜はどこまでも優しく、そして静かに更けていった。

私は幸せな気持ちのまま、深い眠りへと落ちていった。

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