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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・修学旅行2日目夜:枕投げと、恋バナという名の尋問

第1部:風呂上がりの混沌


古都の夜は静かに、そして深く更けていく。

旅館の夕食と広い大浴場を満喫した俺たちを待っていたのは、畳の匂いが心地よい広々とした男子用の大部屋だった。襖で仕切られただけの三十畳はあろうかという巨大な空間。そこに俺たちの班といくつかの班の男子、総勢十数名が雑魚寝に近い形で布団を並べていた。


「うおお! 風呂最高だったな!」

濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながら翼が雄叫びを上げた。

「わかる! 露天風呂マジで天国だったわ!」

他のクラスメイトも口々に同意する。

風呂上がりの火照った体に、旅館の少しぶかぶかの浴衣。誰もがリラックスし、そしてこれから始まる夜の宴に心を躍らせていた。

俺はそんな喧騒を少し離れた部屋の隅で、壁に寄りかかりながら眺めていた。今日の出来事を観測ノートにまとめるためだ。


狐の簪。解かれなかった約束。そして解放された光。

あまりにも非科学的で、しかし確かに俺たちが体験した奇跡。

その不思議な余韻に浸っていた俺の思考は、次の瞬間、物理的な衝撃によって断ち切られた。


「ぐふっ!」


顔面に叩きつけられたのはずしりと重い枕だった。

俺が衝撃に顔を上げると、そこにはニヤニヤと悪魔のような笑みを浮かべる翼が立っていた。

「……てめえ、翼……!」

「油断したな心一! 修学旅行の夜といえば何だか分かるか!?」

翼が高らかに宣言する。

「――そう! 枕投げだあああ!」


その号令を皮切りに、部屋は一瞬で戦場と化した。

「うおりゃあ!」「くらえ!」「こっちもだ!」

四方八方から枕が宙を舞う。それはもはや遊びではない。情け無用のサバイバルゲームだ。

俺は舌打ちを一つして立ち上がった。

非合理的で非生産的なエネルギーの浪費。だがやられたまま引き下がるのは俺の論理に反する。


俺は自分の枕を手に取った。そして冷静に分析を始める。

敵は十数名。俺は一人。真正面からぶつかるのは愚策だ。

必要なのは戦略。俺は部屋の構造と敵の配置を瞬時に把握した。

そして最も厄介な敵――つまりこの戦争の元凶である佐々木翼の位置を特定する。


「ははは! 心一どうした! もう終わりか!」

翼が油断しきった顔でこちらを挑発してくる。

俺はその一瞬の隙を逃さなかった。

枕を投げる角度、速度、そして回転数。脳内で完璧な弾道計算を行い、俺は腕を振り抜いた。

放たれた俺の枕は他の枕の弾幕を巧みにすり抜け、美しい放物線を描きながら正確に翼の顔面のど真ん中に吸い込まれていった。


「ぐへえええ!」


奇声を発し翼が畳の上に崩れ落ちる。

その見事な一撃に部屋は一瞬だけ静まり返った。

そして次の瞬間。

「「「うおおお! 落田が翼をやったぞー!」」」

なぜか俺はヒーローのように担ぎ上げられ、そして全員から集中砲火を浴びることになった。

解せぬ。


第2部:尋問の火蓋


壮絶な枕投げ大戦がようやく終結したのは、それから三十分後のことだった。

消灯時間を見回りに来た教師にこっぴどく叱られ、俺たちはすごすごとそれぞれの布団へと潜り込んだ。

部屋の照明が落とされ豆電球の薄明かりだけが畳を照らしている。

疲労と興奮が入り混じった不思議な空気。遠くで聞こえる女子部屋の嬌声。

これぞ修学旅行の夜という独特の時間が流れていた。


もう誰もが眠りについただろうか。俺がそんなことを考えていると、隣の布団から声がした。


「……なあ、心一」

翼だった。その声はいつもの馬鹿でかい声ではなく、ひそひそと囁くような声だった。

「……なんだ」

「……お前さあ、千明とぶっちゃけどうなんだよ?」


来たか。俺がこの旅行中、最も警戒していた質問。

恋バナという名の公開尋問が今、始まろうとしていた。


「どうとはどういう意味だ」

俺はあくまでしらばっくれる。

だがそんな抵抗がこの男に通用するはずもなかった。

「とぼけんなよー。クラスじゃもうみんな知ってるぜ。お前らが付き合ってることくらい」


その翼の一言が導火線だった。

周りで寝たふりをしていた他の男子たちが、むくりと一斉に体を起こした。

「マジかよ落田!」

「いつからいつから!?」

「どっちから告ったんだよ!」

「もうキスとかしたのか!?」


暗闇の中で俺は完全に包囲されていた。四方八方から好奇心という名の槍が突きつけられる。

ここは法廷だ。そして俺は被告人。逃げ場はない。


俺は観念してため息をついた。

そしてできるだけ簡潔に、そして論理的に事実を述べようと試みた。

「……俺たちの関係は相互の信頼と共通の目的意識に基づいて構築された、極めて個人的なパートナーシップだ。その詳細なプロセスを君たちに開示することは、プライバシーの観点から不適切であると判断する」


俺のその完璧なはずの回答。だが返ってきたのはブーイングの嵐だった。

「何だよそれ!」「全然分かんねえ!」

「もっとこうあるだろ! 『目が綺麗で一目惚れした』とか!」

「守ってやりてえとか、そういうのねえのかよ!」


感情的な回答を求められている。非論理的だ。

だがこの状況を打開するためには、彼らが納得する何かを提示するしかない。

俺は脳内で高速で思考を巡らせた。千明の魅力。それを言語化するという高難易度のミッション。


「……そうだな」

俺はゆっくりと口を開いた。

「……例えば彼女は太陽のようだ」

「お、おう」

「常に周囲を明るく照らし、その存在自体が周りの人間にポジティブなエネルギーを与える。その一方で時折見せる夕焼けのような憂いを帯びた表情もまた、観測対象として非常に興味深い」

「……おう……?」

「そして何より彼女のその予測不能な行動。それは俺の構築したいかなる論理式をも容易く超越する。彼女は俺にとってこの世界で最も魅力的で、そして最も難解な謎だ。俺はその謎を一生かけて解き明かしたいと思っている」


俺のそのあまりにも独特な愛情表現。

それを聞いた男子たちはしばらくぽかんとしていたが、やがて誰かが呟いた。

「……なんかよく分かんねえけど、すげえってことは分かった」

その一言で場の空気はなぜか収束した。

尋問はどうやら終わったらしい。

俺は心の底から安堵のため息をついた。


第3部:道化師の真摯な言葉


恋バナという名の嵐が過ぎ去った後、部屋には再び静かな時間が戻ってきた。

それぞれが布団の中で今日の出来事や明日の予定について、ぽつりぽつりと語り合っている。

俺もようやく眠りにつこうと目を閉じた。

その時だった。


「……なあ心一」

再び隣から翼が声をかけてきた。その声は先ほどまでのおちゃらけたものではなく、どこか真剣な響きを帯びていた。

「……まだ何かあるのか」


「……いや、なんて言うかさ」

彼は言葉を選ぶように言った。

「……お前ら見てるとすげえなって思うわ」

「何がだ」

「……ちゃんと向き合ってるっていうかさ。俺なんて全然ダメだったからな」


その言葉。俺はクリスマスのあの日のことを思い出していた。

彼の心が砕け散るあの瞬間を。彼もまたあの失恋を乗り越え、新しい恋を見つけ、そして少しだけ大人になったのだ。


「……まあ理屈とか小難しいことは俺には分かんねえけどよ」

翼は照れくさそうに頭を掻いた。

「……でも大事なのは多分、すげえシンプルなんだと思うぜ」

「……」

「ちゃんと『好きだ』って言ってやることと、あとは理屈とか抜きで、隣で一緒に笑ってやること。……多分それだけだぜ。女ってのは案外そういうのが一番嬉しいんじゃねえかな」


そのあまりにも単純で、そして本質的な言葉。

それはどんな高尚な恋愛哲学よりも深く、俺の心に突き刺さった。

そうだ。俺は難しく考えすぎていたのかもしれない。

千明を守るとか羅針盤になるとか、そんな大げさなことじゃない。

ただ隣で笑う。好きだと伝える。その当たり前のことが何よりも大切なのかもしれない。


「……そうだな」

俺は呟いた。

「……ありがとう、翼」

「おうよ!」


彼はそう言うとすぐに大きないびきをかき始めた。

俺はその能天気な寝顔を見ながら、ふっと笑みがこぼれた。

こいつもなかなか悪くない奴だ。


俺は目を閉じた。暗闇の中で千明の笑顔が浮かんでくる。

今日の冒険。竹林の木漏れ日、川下りの水しぶき、そしてあの狐の簪が見せた最後の優しい光。

そのすべてが愛おしい。


明日もまた新しい一日が始まる。

そこにはどんな光が待っているのだろうか。どんな謎が俺たちを待ち受けているのだろうか。

今はまだ分からない。

だが翼の言う通りだ。理屈じゃない。

ただ隣で彼女と笑い合えるなら、きっとどんな困難も乗り越えていけるだろう。

俺はそんな温かい確信を胸に、古都の静かな夜の眠りへと落ちていった。

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