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光る落とし物は、鈍感な君の心を照らさない。  作者: あかはる


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高2・修学旅行1日目:古都の迷い子と、旅路の始まり

第1部:出発の朝、光の旅路


十一月、秋も深まったある日の早朝。

東京駅の東海道新幹線ホームは、まだ夜の気配が残る薄暗がりの中、異様な熱気に包まれていた。

同じ制服を身にまとった高校二年生の集団。これから始まる三泊四日の修学旅行への期待と興奮が、ざわめきとなってホーム全体に満ち溢れていた。


「……眠い」

俺、落田心一は大きくあくびをしながら、集合場所の柱の陰で電光掲示板を眺めていた。

時刻は午前六時半。論理的に考えて、この時間に高校生を集団で移動させるのは非効率の極みだ。

だが、そんな俺の理屈っぽい思考は一つの太陽のような笑顔の前に、いとも簡単に霧散する。


「心一くん! おはよう!」

ぱたぱたと軽い足音と共に千明が駆け寄ってきた。

その頬は興奮で上気し、瞳は子供のようにキラキラと輝いている。

「ああ、おはよう」

「すごいね、すごいね! 新幹線貸し切りだって! 初めて乗るんだ、私!」

「……そうか」

俺は素っ気なく答えながらも、そのあまりにも嬉しそうな表情に口元が緩むのを止められなかった。


「はいはい、朝からいちゃつかないの」

呆れたような声と共に玲奈が俺たちの間に割り込んできた。

「別にいちゃついてない」

「その空気がいちゃついてるのよ。……まあ、あんたたちが同じ班でよかったわね。これで私が四六時中監視してなくても大丈夫そうだし」

今回の修学旅行、俺と千明と玲奈は幸運にも同じ班になっていた。

気心の知れた友人たちとの班編成。それもまたこの旅への期待を大きくさせていた。


やがて改札が開き俺たちはホームへと流れ込む。

滑り込んできた白い流線形の車体。俺たちの心を乗せた銀色の矢は古都、京都へと向かう。

玲奈の巧妙な席取りのおかげで、俺と千明は窓際の隣同士の席に座ることができた。


定刻通り新幹線は滑るようにホームを離れた。

あっという間に加速していく車体。窓の外の見慣れた東京の景色が、猛烈なスピードで後ろへと飛んでいく。

「わー! 速いー!」

千明が窓に顔を張り付かせて歓声を上げた。

その無邪気な姿。俺はそんな彼女を眺めながら一年前のことを思い出していた。

一年前の俺は、こんな風に誰かと旅をすることになるなど想像さえしていなかった。灰色で閉ざされた世界、それが当たり前だった。


俺たちの関係はこの新幹線のように目まぐるしく、そして劇的に変化した。

今、俺の隣で当たり前のように笑っている彼女。その存在そのものが俺の世界のすべてを変えてしまったのだ。


俺たちは他愛ない話をしながら過ぎていく時間を楽しんだ。

玲奈が買ってきた駅弁を三人で分け合い、窓の外の富士山の美しさに感嘆の声を上げる。

やがて千明は朝が早かったせいか、こくりこくりと舟を漕ぎ始めた。そしてことんと軽い衝撃と共に、俺の肩にその頭を預けてきた。

規則正しい穏やかな寝息。シャンプーの甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。

俺は心臓が大きく脈打つのを自覚しながらも平静を装い、読んでいた文庫本へと視線を落とした。

だがその文字は全く頭に入ってこなかった。


京都駅に到着すると、ひんやりとした盆地の空気が俺たちを出迎えた。

東京とは違う歴史の重みを感じさせる空気。

俺たちはクラスごとに貸し切りのバスに乗り込み、最初の目的地へと向かった。

車窓から見える瓦屋根の町家や巨大な寺の門。そのすべてが俺たちの心を躍らせた。


最初の目的地は清水寺だった。

バスを降り土産物屋がずらりと並ぶ賑やかな参道を登っていく。

色とりどりの京菓子、可愛らしい和雑貨。そのすべてに千明は目を輝かせ、一向に前に進もうとしない。

「ほら千明、行くわよ! 置いてくわよ!」

玲奈が呆れながら彼女の手を引く。そんなやり取りもまた楽しかった。


やがて俺たちの目の前に鮮やかな朱色の仁王門が姿を現した。

そこから続く長い石段。それを登りきった先には、テレビや教科書で何度も見たあの光景が広がっていた。

崖の上にせり出すように建てられた巨大な木造の舞台。そこからは京都市内を一望できる。

紅葉にはまだ少し早いが、所々色づき始めた木々が美しい。


「すごい……!」

千明が欄干から身を乗り出して歓声を上げる。

そのあまりの絶景に俺も玲奈も言葉を失っていた。

ここが古都、京都。千二百年の歴史が息づく街。

俺たちの旅は最高の形でその幕を開けた、はずだった。

この平和な絶景の中に小さな悲しみの光が紛れ込んでいることに、まだ誰も気づいていなかった。


第2部:古都の光と、涙のしずく


清水の舞台の上でクラスの集合写真を撮り終え、自由行動の時間が与えられた。

と言ってもわずか三十分。俺たち三人班はまず舞台の下にある「音羽の滝」へと向かうことにした。

三筋に分かれて流れ落ちる清らかな水。それぞれ「学問成就」「恋愛成就」「延命長寿」のご利益があるという。


「私はもちろん学問成就ね」

玲奈が長い柄杓で水をすくい口に含む。

「千明はやっぱり恋愛成就?」

「う、うん……」

千明は顔を赤らめながら頷き、水を一口飲んだ。そしてその視線がちらりと俺の方へと向けられる。

「……心一くんは?」

「俺はいい。非科学的だ」

「もー、そういうこと言うー!」


そんな軽口を叩き合ったその時だった。千明の笑顔がふっと消えた。

そして彼女ははっとしたように周りを見回し始めた。

そのただならぬ様子に俺は気づいた。

「……どうした」

「……光……。見える……」


彼女の声はかすかに震えていた。

「……泣いてる光……。薄紫色で、すごく心細そうで……。どうしようどうしようって、パニックになってる光だよ……」

その光の源はどこだ。千明の視線が一点を捉えた。

俺たちの少し後ろ、人混みの中で一人立ち尽くしている小柄な女子生徒。

同じクラスの音無さんだった。


彼女はクラスでも特に物静かで目立たない生徒だった。いつも一人で本を読んでいて、誰かと話している姿をあまり見たことがない。

その彼女が今、顔を真っ青にして必死に自分のカバンの中を探っている。その肩は小さく震えていた。


「……音無さん?」

千明がおそるおそる声をかける。

音無さんはびくりと肩を震わせ顔を上げた。その瞳には涙が浮かんでいる。

「……あ、見附さん……」

「どうしたの? 何か探し物?」

「……ううん、何でもないの。ごめん……!」

彼女はそう言うと無理に笑顔を作り、俺たちから逃げるように顔を背けてしまった。

だが千明には見えていた。彼女の胸のあたりからではない。彼女が今しがた歩いてきた参道の方角から、あの泣いている薄紫色の光が放たれているのを。


「……落とし物だ」

千明が呟いた。

その時、無情にも集合時間を告げる教師の声が響き渡った。

「おーい! 二組、バスに戻るぞー!」


クラスメイトたちがぞろぞろとバスへと向かっていく。

音無さんも涙をこらえ、その流れに続こうとしていた。

このままでは彼女の「大切」なものは永遠に失われてしまう。

千明の顔が焦りに歪んだ。彼女は俺の顔を見上げた。その瞳が「どうしよう」と助けを求めていた。


俺は一瞬だけ迷った。団体行動の規律を破るべきかどうか。

だが答えは決まっていた。俺たちは光を見過ごすことなどできない。

「……行くぞ」

俺のその一言に、千明と玲奈は力強く頷いた。

俺たちの古都での最初の「任務」が始まった。


第3部:迷宮の坂、時間との競争


俺たちの作戦は電光石火だった。

まず俺が教師への言い訳を担当する。

「先生」

俺はクラスの最後尾を歩く担任の元へ駆け寄った。

「すみません、音無さんの気分が少し優れないようです。バスの酔いがまだ残っているみたいで。少しそこのベンチで休ませてから追いかけます。俺たちが付き添いますので」


俺のそのあまりにももっともらしい嘘。

担任は一瞬いぶかしげな顔をしたが、俺と風紀委員の玲奈の顔を見て「……分かった。十分したら必ずバスに戻ってこいよ」と許可をくれた。


第一段階クリア。俺は千明と玲奈に目配せした。

「玲奈は音無さんのそばにいて落ち着かせてやってくれ。千明、俺と一緒に来い。光を追うぞ」

「うん!」

「分かったわ。無理はしないでよ!」


俺と千明は人の流れに逆らうように、今登ってきたばかりの参道を駆け下り始めた。

「どこだ千明!」

「……こっち! あの土産物屋さんの角を曲がったところ!」


夕暮れ時の清水寺の参道は、昼間にも増して人でごった返していた。

その人混みをかき分け俺たちは走る。千明が指し示す光の方向へ。

だが光は一箇所に留まってはいなかった。

「あ、動いた! 今度はあっちのお団子屋さんの前!」

「くそっ!」


落とし物はただ落ちているのではない。誰かの足に蹴られたり、あるいは善意の誰かが拾って目立つ場所へ移動させたりしているのかもしれない。

光はまるで俺たちを嘲笑うかのように、賑やかな参道をあちこちへと飛び回る。

タイムリミットは十分。焦りが俺たちの心を蝕む。


「……あった!」

ついに千明が叫んだ。光が止まった。

その場所は五重塔のふもとにある小さな地蔵堂の前だった。賽銭箱の上にそれはぽつんと置かれていた。誰かが拾って届けてくれたのだろう。


それは手のひらに収まるほどの小さな布製のお守りだった。

古い着物の生地で作られた手作りのお守り。その素朴なお守りから、あの心細げな薄紫色の光が確かに放たれていた。

俺たちはそれを手に取ると、再びバスへと向かって全力で走り出した。


息を切らしてバスの駐車場へとたどり着いたのは、約束の十分をわずかに過ぎた頃だった。

バスのタラップの下で玲奈と音無さんが心配そうな顔でこちらを見ている。

俺たちは彼女たちの元へ駆け寄る。

「……これ」

千明が息を整えながら、音無さんのその小さな手にお守りを握らせた。


「あ……!」

音無さんはそれを見ると、わっと声を上げて泣き出した。それは安堵の涙だった。

「……よかった……。よかった……!」


彼女は何度も何度も俺たちに頭を下げた。

千明には見えていた。彼女の胸のあたりから放たれる光が、あの心細げに泣いていた薄紫色の光が、温かくそして優しい金色の光へと変わっていく、その美しい瞬間が。

俺たちはまた一つの光を守りきったのだ。


第4部:夕暮れの宿、静かな誓い


バスに乗り込むと、音無さんが俺たちの隣の席にやってきた。

そして小さな声でぽつりぽつりと話してくれた。

そのお守りは最近亡くなった彼女のおばあさんの形見だったのだという。修学旅行の無事を祈って手作りしてくれた、世界でたった一つの宝物。

「……私、人見知りで友達も少なくて。修学-旅行、ずっと不安だったの。でもこれがあれば大丈夫だって思ってたから……。本当にありがとう……」


彼女はそう言って深々と頭を下げた。

千明は優しく微笑んで彼女の手を握った。

「……見つかって本当によかった」

その二人のやり取りを、俺は少し離れた場所から見ていた。

俺たちはただの物を見つけたのではない。一人の少女の旅のお守りと、そしてその心を救ったのだ。その事実が俺の胸を温かくした。


その夜、俺たちが宿泊する京都の老舗旅館は風情のある素晴らしい宿だった。

畳の匂い、美味しい京料理、そして大きな大浴場。生徒たちは皆テンションが最高潮に達していた。


夕食の後、クラスの皆が食堂で談笑している時だった。

音無さんが俺たちのテーブルにやってきた。その手には小さな紙袋があった。

「……これ、お礼。よかったら食べて」

中には清水寺の参道で売っていた可愛らしい八つ橋が入っていた。

「……ありがとう」

俺が礼を言うと、彼女ははにかむように笑った。その笑顔は俺たちが初めて見る彼女の心からの笑顔だった。


そのやり取りを見ていた江口や宮間さんが声をかけてきた。

「お前らすげーな。いつの間にそんな探偵みたいなことしてたんだよ」

「本当。クラスにあんたたちがいて心強いわ」

その言葉には九月のあの不協和音の面影はどこにもなかった。

俺たちのクラスは確かに一つになっていた。


その夜。風呂上がりの火照った体で俺は一人、旅館の縁側に座り手入れの行き届いた中庭を眺めていた。

ししおどしが、こーん、と静かな音を立てている。

「……心一くん」

不意に声がして振り返ると、そこには浴衣姿の千明が立っていた。その姿は夏の夏祭りの時とはまた違う、しっとりとした色気があった。


彼女は俺の隣に静かに腰を下ろした。

「……疲れたでしょ、今日」

「……お前もな」

俺たちはしばらく言葉もなく、静かな庭を眺めていた。今日の出来事を反芻するように。


「……やっぱりすごいね、心一くんは」

千明がぽつりと言った。

「あの時とっさに先生への言い訳を考えてくれたり、私を導いてくれたり。心一くんがいなかったら、私きっと何もできなかった」

「……俺だけじゃない。玲奈がいてくれたからできたことだ。それに最後に見つけ出したのはお前の力だ」

「……うん」


俺たちは最高のチームだ。そして最高の恋人同士だ。

言葉にはしなくても互いの心はそう感じていた。

俺はそっと彼女の手を握った。彼女も優しく握り返してくれた。


「……明日も楽しみだね」

「……ああ」

俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。

この古都で俺たちはこれからどんな光と出会うのだろうか。どんな物語が俺たちを待っているのだろうか。

その期待を胸に俺は千明の肩をそっと引き寄せた。

彼女は黙って俺の肩に頭を預けてきた。

遠くに聞こえるクラスメイトたちの楽しげな笑い声。静かな庭に響くししおどしの音。そして隣に感じる愛おしい温もり。

そのすべてが完璧な調和をもって、俺たちの旅の最初の夜を彩っていた。

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