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偽聖女として追放されたので、辺境の街でパン屋さん始めました。そしたら、なぜか辺境伯様が常連になってるんですが!?

「偽聖女め、お前を辺境へ追放する!」


 王太子が、厳しい眼差しで私を見ている。


 伯爵令嬢である私は、幼い頃から浄化の才能を見出され、聖女として厳しい教育を受けてきた。瘴気を浄化し、王都に結界を毎日張り、魔獣の侵攻を退けて。


 我ながら随分と無茶な労働だけれど、それも人々を守るためだと思って頑張ってきた。


 それなのに……。


 ある日突然、義妹が『真の聖女』を名乗り始めた。私は相手にしていなかったのだけれど、「自分こそが真の聖女で、お義姉様は私の功績を奪っている!」というめちゃくちゃな義妹の主張を、なぜか信じる人が大勢出てきたのだ。

 まるで、古に存在する邪法、魅了の魔術にでもかかったように。


 そうしてついに、王家までもが義妹の言い分を信じ始め、私は聖女を騙る悪しき存在として、辺境に追放されることが決まった。


「そ、そんな、私は嘘なんてついていないんです! 信じてください!」

「人を惑わす魔女め、お前の言い分など聞きたくない! 連れていけ!」


 遠巻きにこの断罪劇を見ていた両親へ、縋るように目線を向ける。


「お父様! お母様! 小さい頃から私は聖女として厳しい教育を受け、努めてまいりました。そのことを知っていますよね!?」

「ソフィア、黙れ! 義娘のアリシアの方がよほど聖女に相応しい、清廉で美しい乙女だ。お前のようなものが娘などと、虫唾が走る!」


 父は確かに厳しく、家族に関心の無い人だったけれど、それでもこんな風ではなかったはずだ。

 義妹のアリシアは確かに美しい。ふわふわのストロベリーブロンドに、儚げな空色の瞳。大きな目はこぼれ落ちてしまいそうで、顔のパーツは完璧な彫刻のように整っている。

 けど、それだけだ。聖女の力なんて、持っていないはず。


 やっぱり、魅了の魔法を使っているの?


 そう考えると、吐き気がした。


 かつて古い魔導書で読んだことがある。魅了の魔法は、術者に性的な関心を持っている者にこそ強い効果を発揮するのだと。

 父がアリシアにデレデレになっているのが、あまりにも気持ちが悪い。


 王太子もだ。


「私は、私は嘘なんてついていません!」

「ならばアリシアが嘘をついているとでも言うのか! いい加減に黙れ! さあ、兵よ。この魔女を連れていけ!」


 私は偽物の聖女として、兵に両脇を抑えられ、連行されていった。


「これから私……どうなるの……」


 思わず呟いた言葉に、兵士は嘲笑するように答えた。


「辺境に追放されるんだよ。嬢ちゃん。そこで一人で生きていくんだ。くく、世間知らずのご令嬢がどこまで生きて行けるかは知らんがな」


 ひどく嗜虐的な笑みを浮かべて答える兵士に、私は軽蔑の目を向けた。


 楽しんでるんだ、この人。これまで聖女としてチヤホヤされていた女が落ちぶれて痛めつけられることに、喜びを感じている。


 私は何もかもが嫌になり、檻付きの馬車の中でうずくまった。


 辿り着いた辺境は、王都とは比べるべくもない、寒々しいところだった。北の辺境、バルバトス。一年の半分を雪に閉ざされているその場所で、私は身一つで放り出される。


「さあ、偽聖女よ。王都へ戻ってこようだなんて考えるんじゃないぞ。まあ、その足じゃあ戻ってくるなんてできるはずもないけどな! はっはっは!」


 そう言って兵は、馬車に乗り王都へと戻っていった。


「こ、これからどうしましょう……」


 寒い。素足のまま放り出されてしまったから、雪に触れた足が冷たいを通り越して痛みすら感じる。


 私はワンピース一枚の姿で彷徨いながら、なんとか家に入れてくれる人を探そうとした。けれど、家に迎えようとする人は好色な笑みを浮かべた男ばかりで……。


 流石に純潔を散らすのは嫌すぎて、逃げ惑っているうちに、とうとう足が動かなくなった。


 街の外れ、暖かそうな煙が煙突から出ているその建物の前で、私は倒れ込んだ。


「誰か……助けて……」


 天に祈っても、神様は答えてくれない。これまで聖女として散々人に尽くしてきたのに、これが私の末路か。


 乾いた笑いが漏れる。


「はは、あはは。あははははは!」


 私は狂ってしまったのだろうか。ひたすらお腹を抱えて笑っていると、不意に背後のドアが開いた。


「おやおや、お客さんかね。全く、今日は予言のよく当たる日だよ。行き倒れが来るから拾えだなんて、占い師のババアの言うことも案外よく当たるもんさね」


 そんな言葉を聞きながら、私はついに意識を失った。




 辺境に追放されてから二ヶ月。私はパン屋さんで充実した毎日を送っていた。


 そう、充実した毎日を、だ。


 朝は日の出と共に起き出し、小麦をこねてパン生地の仕込みをする。それができたらかまどの火の世話をして、街の人々の朝食の時間に合わせてパンを焼き上げる。


 聖女時代の忙しさに慣れた私には、たいしたことのない仕事だ。


「ソフィア、あんたはよく働くねぇ。良い拾い物をしたよ」


 パン屋のお婆さんは、マーガレットという。マーガレット婆さんは私を拾って温かい食事を与えてくれた恩人だ。そろそろ一人でパン屋を経営するのがキツくなっていたところへ、私が現れたのをこれ幸いと拾い、パン屋の店員として雇ってくれた。


 私は案外、この追放生活を楽しんでいる。


 目下の悩みは……。


「ソフィア! 今日もいるか? 今日の君のおすすめはなんだ?」


 オーガストという、長い銀の髪を後ろで括った長身の男性が、パン屋の扉を開けて入ってきた。

 この人はパン屋の常連で、なぜか私を気に入っているらしく、いつもこうして今日のおすすめのパンを訪ねてくる。


「今日ははちみつパンがありますよ。最近はちみつが入荷したもので」

「お! いいな。それじゃあ、はちみつパンを二つと、いつものロールパンを一つ、頼む」

「はい。毎度あり」


 オーガストさんは、なぜか無駄にウィンクをするとパンを片手に帰っていった。

 せっかく格好いいのに、こういうチャラい振る舞いが台無しにしている。私、チャラ男は苦手なのだ。


 そんな平穏な日々を過ごしていると、平穏じゃない報せがこのバルバトスの街へ飛び込んできた。


「偽聖女ソフィアを探せ?」


 曰く、偽聖女ソフィアを追放してから、王都の結界が消えた。真の聖女アリシアは結界を張れない理由を、偽聖女ソフィアが妨害しているせいだと主張している。そのため、偽聖女の妨害をやめさせるべく、バルバトスへ追放された偽聖女ソフィアを探すべし。という布告がなされているらしい。


 いやいや、ふざけないでよ。


 王都の結界が消えたのは、毎日結界を張っていた私が追放されたからだし、結界が新しく張れない理由は、アリシアが本物の聖女じゃないからでしょうに。


 でも、どうしよう。今度こそ追放じゃなくて処刑だなんてことになったら。兵に捕まったら終わる。マーガレット婆さんも、私がソフィアだと知ったらどう出ることか。


 けれど、その不安は思わぬ形で外れた。


「ソフィア。ちょっとこっちにおいで」

「えっ? はい」


 突然マーガレット婆さんに呼び出されると、パン屋の前に停まっていた馬車に押し込まれる。


「絶対に窓から顔を出すんじゃないよ。この馬車はこれからご領主様のお屋敷へ向かうからね」

「え? どういうことですか?」

「真の聖女ソフィア。あんたを守るためだ。言うことをお聞き」


 その言葉に、私は愕然とする。私が追放された聖女だったこと、マーガレット婆さんは知ってたんだ。その上で、私のことを真の聖女だと信じてくれている。


 まだもう少し話をしたかったけれど、御者はそのまま馬車を出してしまった。


 ぐんぐんと速度を上げて、馬車は進んでいく。


 街の外れの方にある、森の程近く。そこにある大きなお屋敷が、ご領主様の館だ。


 そのご領主様の館に着くと、中からオーガストさんが出てきた。


「オーガストさん? なんで?」

「今は細かいことはいい。とにかく屋敷の中に入ってくれ。ソフィアを探している兵士がこちらへ向かっている」


 私は屋敷の中へ迎え入れられると、その奥の一室へと入るように言われた。


「オーガストさん、ご領主様は? 挨拶もせずに勝手にお屋敷の中へ入ってしまっていいのかしら……」

「俺がその領主、辺境伯バルバトスだから問題ない」

「……へ?」


 頭が真っ白になる。


 いつも嬉しそうにパンを買っていくオーガストさん。今日のおすすめを私に聞いては、それを持ってウキウキと帰っていく姿は、正直言って威厳のかけらもない。


 そのオーガストさんが、ご領主様?


「って、えええぇぇぇ!?」


 私が大声を出すと、オーガストさんは「しっ」と人差し指を口の前に立てた。


「外を彷徨いている兵に聞かれたらまずい」

「でも、なんでオーガストさんは、私のことを助けてくれるんですか?」


 オーガストさんがご領主様で、辺境伯ご当人なのは分かったけれど、偽聖女として罪に問われている私を信じてくれる理由がわからない。


「それは、君の義妹のアリシアが偽物だと分かっているからだ。あれ、魅了の魔法を使っているだろう」

「あ、やっぱり? わかるものなんですか?」

「俺は魔法には長けていてね、だが、王家も完全に取り込まれている今、下手に告発するとこっちがやられかねない」


 それはなんとなくわかる。王太子は完全にアリシアの味方だし、正直気持ち悪いけれど、国王陛下もアリシアに魅了されているみたい。私の父親もそうだ。

 多くの偉いおじさんたちが、アリシアの味方となってしまっている今、下手につっつけばこちらがアリシアを攻撃したとして罪に問われかねない状況だった。


「オーガスト様は、これからどうするんですか?」

「様なんてつけなくていい。今まで通りに呼んでくれ。——そうだな。挙兵しようと思っている」

「挙兵!?」


 思ってもいなかった言葉に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「そうだ。今の王家は情けなさすぎる。魅了の魔法にやられて、真の聖女を追放し、王都は今や瘴気の浄化もできない有様だ」


 瘴気は、人の負の感情や悪意が強ければ強いほど発生してくる。王都のように人が大勢集まる場所では、瘴気の自然浄化がなされず、私のような浄化の力を持つものがなんとかしなければ、瘴気溜まりから魔獣が発生してきてしまうリスクもあった。


「これから戦争になれば、その分瘴気も強くなる。その時に真の聖女である君がいなければ、この国は終わりだ」

「なるほど……そう言うことだったのですね」


 オーガストさんは先々のことまで見通しているような遠くを見る目で、私を見てきた。その姿はまさに辺境伯に相応しい知性を感じさせ、普段のチャラ男然とした姿とは全く違って見える。その様に、私は少しドキッとしてしまった。


「これから君には戦争で生じた瘴気を浄化してもらうことになる。できるか?」

「はい。やります!」


 そうして、戦争が始まった。とは言っても、民衆は王都の結界が消滅し、瘴気溜まりが増えたことで、王家に不信を抱いていた。私が瘴気を浄化し結界を張っている姿を見て、民衆は丸ごと寝返ったので、実質無血開城のような有様だった。


 玉座の間にて。


 私とオーガストさんは、大勢の兵士に守られながら、捕らえられた王家の人間と、アリシア、そして私の父親とその後妻である義母の前にいた。


「お久しぶりです。みなさま」

「ソフィア! どういうことだ、なぜ、なぜなんだ! お前が真の聖女だったとでも言うのか!」


 王太子は、みっともなく口角泡を飛ばしながら喚いている。


「そうです。少し考えればわかるでしょう。幼い頃から聖女として訓練を受け、瘴気を浄化し、結界を張っていたのが私だと。アリシアの魅了の魔法で理論だった思考能力を完全に失ってしまわれたのですね。おかわいそうに」

「ふざけるな! アリシアは、アリシアこそが本物の……!」

「そうです! 私こそが本物の聖女です! お義姉様こそ偽物です!」

「だが、結界もはれず、瘴気も浄化できなかったではないか」


 まだ食い下がる王太子とアリシアに対して、オーガストさんは冷たく吐き捨てた。近くの兵士に合図をして、何か液体の入った瓶を取り出す。


 その瓶を兵士は開けると、王太子や国王、そして私の父親に向けてぶちまけた。


「なっ!?」

「魅了の魔法を解除する秘薬だ。これで正気に戻るだろう」

「な、なぜ。なぜ私はこんな愚かなことを……」

「た、助けてくれ! 私はアリシアに騙された被害者だったんだ! ソフィア、ほら、父を助けるんだ! 私たちは家族だろう?」


 正気に戻った王太子や父が、愕然とした表情になっている。急激にアリシアに対する信奉心が消えて、私が真の聖女だったという事実を受け入れられるようになったのだろう。


「お父様、ふざけないでください。穢らわしい。魅了の魔法は性的な関心を抱いている相手にこそ強く出ると聞いています。義娘をそんな目で見て、アリシアに引っかかったのは、お父様の自業自得ですわ」


 冷たい目でお父様を一瞥すると、気まずそうに目を逸らされる。

 

「魅了魔法なんぞに左右され、国を傾けかねないような愚行に走る王家にこの国は任せておけん。安心しろ。俺が新しい王になってやる」


 その言葉を受けて、アリシアの目の色が変わった。


「お、オーガスト様ぁ。私は何にも悪くないんです。騙されて……。だから、私を助けてください」


 その目は妖しく光り、独特の魔力を帯びているように感じられた。


「魅了の魔法を私にかけようとしても無駄だぞ。俺はもう心に決めた人がいるからな」


 オーガストさんは、そんなことを言うとアリシアの言動を鼻で笑った。

 

「——追って沙汰は伝える。連れていけ」


 オーガスト様の一声で、訓練された兵士たちはキビキビと動き、王家や私の実家の面々を連行した。


「終わったな」

「ひと段落つきましたね」


 ようやく、私の偽物扱いに端を発した騒動がひと段落し、一息つけるというタイミングで。


 けれど私は、他のことが気に掛かって仕方がなかった。


 ——心に決めた人がいる、って、誰のことなんだろう。


 それがやけに気にかかる。胸のどこかが、ズキズキと痛むようで。


「どうした? 浮かない顔だな」

「い、いえ。大丈夫です。少し疲れてしまって」

「そうか。——休ませてやりたいところだが、話を早く決めてしまいたいことがあるんだ」

「? なんでしょう?」


 オーガストさんは、突然、私の前に跪いた。


「俺はこれからこの国の王となる。その時、隣で支えて欲しいのは、君なんだ。この国の王妃となってくれないか、ソフィア嬢?」

「えっ?」


 甘やかな瞳が、私を射抜いた。


「は、はい」


 頭は沸騰するような状態で、ひどく混乱しながらも、私は気がつけば頷いていた。


 パン屋さんだった頃から、オーガストさんの明るい笑顔に救われていたのだ。そして、国のために大きく動く胆力も、私のことを本物の聖女だと信じてくれたことにも、私はずっと惹かれていた。


 たとえ聖女としてこの国の王都でまた忙しく働くことになったとしても、王妃としてさらに政務に追われることになったとしても。


 それでも私はオーガストさんのそばにいたいと。


 そう、思えた日だった。

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