第九話 天使の歌声と白鍵の導き
~前回のあらすじ~
初めて冒険者ギルドを訪れたあきお。
いかにもファンタジー世界という雰囲気を楽しむのもつかの間、ギルドマスターから衝撃的な神殿の現状を聞かされる。
それでもミアはこの依頼を受けることにした。
俺達は拠点である宿屋に戻って、これからについて話を始める。
食堂で美味しいコーヒー(っぽい飲み物)を味わいながらだ。
「神殿がヤバいことになっていることだけはわかったな。改めて確認できたって感じか。」
「そうね。封鎖するところまで切羽詰まっているとは思っていなかったわ。」
ミアは『黒霧茶』を飲みながら軽くため息をついた。
この地域の高級なお茶で、ミアはこの香りが好きなんだそうだ。
確かに良い香りが漂ってくる。
ミオは『月果の蜜』というジュースを飲んでいる。
見た目はオレンジジュースっぽい。
「なぁ、マナを使ってあんな風に人の精神を狂わせるようなことができるのか?」
俺はギルドで感じた疑問を二人に聞いてみた。
「聞いたことないわ。まるで結界みたい。それもだいぶイヤな感じの。」
ミオが顔をしかめてぺろっと舌を出し、『嫌な感じ』を表現するが、その仕草もなんともかわいい。
「この世界には結界っていうのはあるの?ここから誰も入れない……みたいなヤツ。」
そんなのがあるなら、それの一種っていうのが近いんじゃないだろうか。
「ないわ。ただ、たとえば遺跡の入口に大きな石碑を置いて『ここより先は神の領域』とかって書いたり、縄を張って進入を禁じたりね。そういうのを『結界』って呼ぶことはあるけど、入ろうと思えば入れる。実際に力で阻むわけじゃない、そんなものね。」
ミアが説明してくれる。
そんな感じの話なら、俺の世界にもありそうだ。詳しくないけど。
「それじゃあ……例えば、なにか毒のようなものを吐くモンスターが住み着いたとか?」
「毒は毒よ。それならすぐにわかるわ。」
ミオ先生に一刀両断だ。
「やっぱり行ってみないとわからないか。」
二人にわからないんじゃ、やっぱり俺にはどうにもならなそうだ。
「それでね、神殿に行くにあたって、まずは明日、私達の家に行こうと思うの。」
ほお。
「今回の依頼は危険度もよくわからないから、できるだけ万全な状態で臨みたい。だから、ミオの魔導書がどうしても必要なの。そのために万が一を考えて、3日間の猶予をもらったの。」
なるほど。
「状況的には家は安全ってことだったよな。俺も二人の家を見てみたいし、明日行こうよ。」
「うん。そのついでにあっちの町、『アルノーラ』でちょうどいい依頼があったから受けておいたわ。」
できるリーダーだ。でも、
「そんなに続けて依頼を受けてだいじょうぶなのか?神殿に集中したほうがいいんじゃないか?」
「うん。心配はわかるけど、今回の依頼にはまったく危険はないの。ミオの知識と能力があれば問題ないわ。」
今回はミオの専門分野なのか。
「どんな依頼なんだ?」
ミアは顎に人差し指を当てて少し考えたようだったが、
「ついて行ってみればわかるわ。」
ニコリと微笑む。
俺は前回の失敗から、気持ちが慎重になりすぎているのかも。
翌日、俺達は街道を東に歩いていた。
先頭を歩くミオは、元気に歌を歌っている。
そして、記憶にある場所が見えてきた。
俺が初めてこの世界に来たとき、ミアに襲われた場所だ。
「ここで初めて会ったんだよな。」
俺がポツリと言うと、
「ほんとにごめんなさい……」
ミアはしゅんとして肩を落とした。
もちろん怒ってなどいない。今となってはいい思い出だ。強烈すぎるくらいに。
アルノーラの街に入って気がついた。ギルドの町『グラントール』にはなかったもの。
おしゃれな洋服屋さんとか、ケーキ屋さんとか、そんなものがこっちの街にはある。
女の子は、特にミオはこんなのが好きそうだ。
少し違う街の雰囲気に、あたりをキョロキョロ見回しながら歩いていると、大通りから少し入ったところに二人の家があった。
こじんまりとした長屋のような作り。数段の小さな階段を上がると、入口のドアがある。
二人に続いて階段を上がろうとすると、ミオが立ち止まる。
「ちょっと待って。誰かが入ろうとしたあとがある。」
なんだと?
「この花びらね、マナでここに固定してあるの。だいぶズレてるわ。」
そう言われて足元を見ると、階段からドアにかけて花びらが何枚か落ちている。
「これは風なんかでは動かないの。人には必ずマナの流れがあるから、人が近づいたときだけそれに反応して動くの。」
なるほど!
「じゃあ俺にも反応するのかな?」
足元を見るが、動いてる感じはしない。
「あきおは……動かないわね……」
「そっかぁ……」
やっぱりだめらしい。残念。
「でも、誰かもわからないんじゃ危ないんじゃないか?」
ミオは少しの間、花びらの変化の状態を見ていた。
次にドアに手をかざして何かを確かめているようだ。
「空き巣かな?でも、こんなに雑にマナを放っている相手なら警戒することもないわ!」
と言って、あっさりと家に入っていく。
ミアも止めないところを見ると、本当に大丈夫そうだ。
二人に続いて中に入るとかすかにハーブの良い香りが残っていた。
リビングと小さな部屋が2つ。畳で言うと8畳のリビングに4.5畳の部屋が2つといった感じ。
その小さな部屋の一つがミオの部屋だ。
小さな本棚に机とベッド。可愛らしい部屋を想像していたが、意外と飾り気はない。
しかし、きれいに片付けられていて、これはこれでミオの部屋という感じだ。
本棚には何冊かの重厚な背表紙の本が見える。あれが魔導書なんだろうか?
ミオは部屋を入るとまっすぐに机に向かい、白い手帖を手に取る。
「ちゃんと無事だったわ。よかった!」
ニコリと笑う。
無事?なにが?
首を傾げる俺を見て、ミアが教えてくれる。
「あの白い手帖のような本が、ミオの魔導書『飛雛』よ。」
「え?」
本当に小さいというか……手のひらサイズの手帖にしか見えない。
「こんなに小さいものなんだな。ちょっと驚いた。」
手帖の……いや、魔導書を開いて中を見ていたミオが顔を上げて教えてくれる。
「魔導書っていうのは本のことじゃないの。高度な知識そのもののことよ。それが収納されている形態は関係ないし、色々あるわ。」
人間の皮でゴツい装丁が施された本みたいなのを想像していた俺の常識はあっけなく破壊された。
「それじゃ、開いておいて?」
ミアが言う。開く?なんだ?
「うん。」
ミオは答えると、『飛雛』をそっと両手に乗せた。
そして、小さく息を吸い込むと、静かに歌い始めた。
「~♪~~♫~」
それはどこかで聞いたような、でも思い出せない、不思議な子守唄。
透明な声が、ふんわりと部屋に広がっていく。
ミオの歌声は、いつもよりも澄んでいて、どこまでも優しい。
白い光に包まれているような気さえして、俺は息を呑んだ。
すると、『飛雛』がふわりと浮き上がった。
紙でできた白い蝶のように、柔らかく舞いながら空中に浮かぶ。
ミオが歌い終えると、魔導書はゆっくりと彼女の手のひらに戻った。
まるで何事もなかったかのように、すっと馴染むように。
俺は思わず拍手しそうになった。それほどに美しい歌声だった。
「ミオって色んな声が出せるんだな。驚いた。」
そういう俺にミオが答えてくれる。
「私が声を変えているんじゃないわ。魔導書環に対して能力を使うと、それによって歌が変わるの。声もメロディーもね。」
そういう仕組なのか。すげえな魔導書。
「飛雛は開いたわ!けど……うーん……?」
ミオは手帖の内容を見てなにか考えているようだ。
「お姉ちゃん、これ、どう思う?」
ミアも手帖を覗き込んで、顎に人差し指を当てながら考えている。
「6つっていうのは『魔導書環』のことかな。でも、なにかの警告のようにも見えるけど、よくわからないわね。」
「うん。こっちに書いてあるのは『白鍵』だよね。次は白鍵の書を開けってことだと思う。」
文字が読めない俺は二人の分析をおとなしく聞いていた。
「どっちにしても、白鍵の神殿には行くわけだし、そのときに白鍵の書を見せてもらえるか聞いてみよう!」
ミオはいつでも前向きだ。
話が一段落したところで聞いてみる。
「その手帖……いや、魔導書の中身は初めて読んだのか?」
「ううん、この内容は少しずつ増えるの。」
そんなことあんのか?
「じゃあ、今話してた内容は初めて見たのか。」
「うん。でも、今までの内容とはぜんぜん違うから驚いたわ。」
「どんな内容だったんだ?結局。」
それについてはミアが説明してくれた。
「記述は2つあって、一つは6つの魔導書に関するもので、それらを集めるとなにかが起きる。でも、それが“良いこと”とは限らない。そんな含みを持った警告ね。」
「環は、かつて環ならず、環をつなげよ、黝きものを……うーん?どうやって読むのが正解なんだろう?」
ミオでも苦労してるようだ。雰囲気しかわからない感じか。古文書みたいな。
「もう一つははっきりしているわ。次は白鍵の書を開けって。」
ミオが教えてくれる。
「それが今度行く神殿にあるヤツだよな。白鍵ってどんな内容なの?」
「内容はわからないわ。えっと、6つの魔導書っていうのはね、『魔導書環』って言われている6つがあって、その一つがミオの『飛雛』なんだけど、他の5つについては内容がわからないの。」
「でも、魔導書の内容は高度な知識なんだろ?」
この前ミオがそんな風に教えてくれた。
「うん。一般的にはそう。だから魔導書環のものも、基本的にはそういうものだと思う。」
「うーん?じゃあ、唯一わかるミオのやつには何が書いてあるの?」
「マナの収束や投射について。基本的なマナの使い方について書かれているわ。」
あれ?でも……
「それはミオにとってはわかっていることなんだろう?」
「うん。取りに来たのは書いてある内容のためじゃないわ。あたしの『触媒』として必要だからよ!」
そういえばそうだった。
「その本があると、そんなに違うものなのか?」
ミオはニコリと微笑むと
「ちょっとだけ見せてあげるわ!」
宣言とともに、白い手帖を両手のひらに載せる。
次の瞬間、俺はミオの力の一端を見ることになった。