第六話 神殿の噂とくさ玉の秘密
~前回のあらすじ~
ミオ先生にマナの講義を受けて、美味しいご飯を満喫したあきお。
ミアはギルドで重要な情報を集めてきた。
そして、彼女はさらに大切な話があるという。
~前回のあらすじ~
ミオ先生にマナの講義を受けて、美味しいご飯を満喫したあきお。
ミアはギルドで重要な情報を集めてきた。
そして、彼女はさらに大切な話があるという。
――――はじめに――――
本は言いました。
「いやな本があるの。神様の邪魔をする本。」
おじいさんは手伝ってくれる男の人に言いました。
「この白い箱を燃やしてくれるかな?」
しかし男の人は失敗してしまいました。
「じゃあ、この鏡を割ってくれるかな?失敗したら干からびてくれるかな?」
――――――――
俺達は食後のドリンクを飲みながら、ミアの報告を聞いた。
俺はミアの説明から、一番コーヒーに近そうなのを頼んだ。
焙煎した香りはたしかにコーヒーっぽい。 ほんのりスパイスが効いているのも、これはこれで悪くない。
ミアは果実酒を注文したようだ。
未成年っぽい彼女だが、考えてみればこの異世界で俺の国のルールは関係なかった。
アルコールはほんの少しだけで、精神的な緊張をほどくのにちょうどいいらしい。
ミオはハーブティー。
ミントとベリー系の甘い香りがする。
見た目も可愛らしく、ミオによく似合っている。
「マナの調整には香草成分がいいの!」
とのことだが、ハーブ系のものが好みのようだ。
「今、ギルドに『白鍵の神殿』の調査依頼がきているの。」
ミアの言葉にミオがちょっと驚いた表情を見せる。
「神殿から?調査ってなんだろう?」
よくわからない俺はコーヒーをすすりながら黙って聞いていた。
するとミアが説明してくれる。
「白鍵の神殿っていうのは、ここから北の町外れにあるの。もしも神殿でなにか不正なことがあったとしても、冒険者ギルドが調査するというのは畑違いでちょっと違和感があるわ。」
なるほど。まぁ、なんとなくわからんでもない。宗教法人の不正で武力組織とか治安機構が最初に動くのはちょっと違和感があるよな。
「白鍵の神殿っていうのはね、知の神殿と言われていて、『白鍵の書』っていう魔導書が納められている神殿なの。」
ミオがハーブティーの香りを楽しみながら教えてくれる。
「魔導書ってなんとなくヤバそうな響きだけど、マナを使うのと魔法は違うんだよな?魔導書があったら魔法が使えるの?」
俺の問いに姉妹は顔を見合わせる。
「この世界に魔法なんてないの。「魔導書」って言われている本にはいくつかの解釈があるけど、基本的には高度なマナの制御方法なんかが書かれているものよ。」
ミアが説明してくれた。
「高度で繊細なマナの操作技術は、魔法に等しいっていうのが定説……かなぁ?」
大先生もそのへんは自信がないらしい。
「ふーん。そんな神殿の調査依頼ってなんだろうな。」
やはりイマイチピンとこない。
「聞いた話では、もうすでに何組かのパーティーが調査に行ったらしいんだけど、ほとんどは近寄れもしなかったんだって。中には錯乱して仲間を殺した人もいたって。」
「え?」
一気にヤバすぎる話になった。
「えー?神殿でそんなことあるかなぁ?」
ミオも懐疑的だ。
「どこまで本当なのかわからないけど、明日、依頼達成の報告のついでに、もう少し詳しい状況を聞いてくるわ。」
ミアもどこまでホントのことなのか判断がつきかねているようだ。
「そういえば、受けてきた依頼ってなんだ?」
「これからその準備のために、少し買い物に行こうと思っていたの。依頼はゴブリン退治よ。」
ゴブリン……だと?スライムと並んでファンタジーの低級モンスターの王道じゃないか。
「おお、俺も手伝うよ。」
すると、ミアは少し困ったような表情を浮かべる。
「うん、ゴブリンは危険度は低級に分類されるモンスターで、それほど強くはないんだけど、群れになるとそれなりに脅威ではあるわ。」
それはそうだろうな。
「マナを使えないあきおは危険じゃない?」
ミオが言う。
たしかに、手伝うと言っても俺に戦闘は難しいだろう。よく考えたら荷物持ちとしてすら非力なのだ。
ゴブリン程度ならスタンガンでなんとかならんかな……電圧はそこそこあるし、小さいファンタジー生物くらいならなんとか……
思いつきで持ってきたスタンガンが、俺の唯一の武装だ。
「一応武器もある。多少荷物を持つくらいできるぞ。」
食い下がってみる。俺はファンタジーが見てみたいのだ。
「わかったわ。でも、無理はしないでね。」
ミアは了承してくれた。
「だいじょうぶかなぁ?」
ミオの心配ももっともだ。
「ゴブリンって子供くらいの大きさのモンスターだろ?」
ちょっと不安になって、俺は二人に聞いてみた。
「ゴブリンについて簡単に教えてあげるわ!」
ベッドの端にちょこんと座っているミオが目を輝かせて背筋を伸ばす。
今度はミオ先生のゴブリン講座だ。
「あきおの言う通り、ゴブリンは小さい子供くらいで力もそれほど強くない。普段は1~2匹で適当な穴に住んでるわ。」
サイズ感は大体想像通りっぽい。
「適当な穴って?」
「そこらへんの洞窟とか、洞穴とか、木の洞とか。ちょうどいい穴がないと、自分で穴を掘る個体もいるって聞くわ。」
「へ~」
「そんなふうに、1~2匹でいるぶんにはそれほど脅威ではないの。食べ物を盗んだり、たまに家畜に被害があるくらい。」
「うんうん。」
イメージとして子供が可能な程度のことだろうな。
「でも、そんなゴブリンが、あるものをきっかけに群れになるの。100匹を超える群れも記録に残っているわ。」
ミオ先生が人差し指を立てて強調する。
たしかに、小さい子供サイズと言っても、殺意満点の100匹はヤバそうだ。
「それで、その群れになるきっかけの『あるもの』というのが……よくわからないけど、黒い玉なの。」
「よくわからないって?」
「いろいろな説があるんだけど、ゴブリンの中には死ぬと内臓の一部……心臓って説が一般的だけど……それが黒い玉のように変質する個体がいるらしいの。」
「ほお。」
「で、ゴブリンはそれを見つけると自分の巣に持ち帰るんだって。そうするとその玉にゴブリンが集まってきて群れになっていくんだって。」
「へー。」
「その黒い玉は『くさ玉』って呼ばれてるんだけど、群れの巣穴の中に必ずあるの。それで、その玉を奪われると、群れは崩壊して散り散りになる。だから、依頼達成の証拠としてその玉をギルドに持ち帰るのが今回のミッションね。」
ミアが玉について説明してくれた。
「なんでくさ玉なんだ?草っぽいのか?」
俺はなんとなくマリモのようなものを想像していた。
「臭いからだって……」
ミオ先生まじかよ。
「臭いの?」
「……うん。その臭いにゴブリンが集まるんじゃないかって言われてるけど……一応学者さんなんかに需要があるらしいわ……くさ玉……」
ミアもあまり積極的に話したくはないといった、微妙な表情をしている。
そんなに臭いんだろうか。どんなものなのか見てみたくはある。
「でも、それならゴブリンを全滅させるとかではないんだな。」
「そうね。でも必ず戦闘にはなるから、気をつけてね。」
住処とコミュニティーが壊されるわけだから、ゴブリンも必死だろうな。
そうして俺達は初めてのクエストの準備のために買い物に出た。
目的地の道具屋は宿屋の並び。3軒隣りにあった。ここは噴水を囲んで、ギルドを中心に冒険者に必要な店が並んでいる。
道具屋はフラスコの口から煙が出ているようなデザインの看板。怪しげな大鍋をかき混ぜているおばあさんはいるんだろうか?
店内に入ると色々な道具が並んでいた。
怪しい婆さんがいる雰囲気ではなく、意外と普通の商店といった風情だ。
ただ、思っていたより商品の種類が多く、店の半分はまるでアウトドア用品店のようで、鍋や寝袋、ランタンや怪しげな火起こし装置まで並んでいた。
ミアは店内を見回すと、棚に並んでいる手のひらサイズの箱を吟味し始めた。
「この箱はなに?」
中に野球のボールがちょうど入りそうなサイズ感。
「さっきくさ玉の話をしたでしょう?この中に入れて持ち帰るの。」
なんと、専用の箱があるのか。くさ玉恐るべし。
ミアが選んだのは黒いシンプルな箱で、マナを使って封をすると臭いが漏れないんだそうだ。
マナの使い道は俺の想像よりもずっと多様なようだ。
次にミアが選んでいるのはロープ。
「今回の巣があるのは小さな洞窟と聞いているんだけど、中に縦穴があることがあって、降りるのに使えるわ。それ以外にもロープは色々と使い道があるから、一本持っていくわ。」
どう見ても普通の……いや、だいぶ可愛い女の子なのに、ベテラン冒険者みたいな感じ。
しかし、こんな女の子と買い物なんて胸がときめくシチュエーションなのに、買っているものが無骨でなんだか面白い。
せめて荷物持ちでもと、かごを持ってミアについていく。
するとミオが手のひらに小さな袋を乗せてきた。
「お姉ちゃん、これも買おう?」
「うーん……意味ないと思うけど……」
意味ないらしいが、
「なんの袋なんだ?」
「香袋よ。くさ玉に少しでも対抗するためにね!」
ミオはそう言うが、ミアは意味ないって言ってたぞ。
「なるほどな。くさ玉ってすごいんだな。」
「箱に入れればだいじょうぶよ。でも……いいわ、買っていきましょう。」
ミアが微笑むと、ミオは嬉しそうに俺の持っているかごに袋を入れた。
「あとは食料ね。と言っても、2食分くらいだから好きなの選んで。」
食料に関してはそれほど選択肢は多くなかった。
まぁ、どこでも食べられる保存食みたいなものだろうから、それほど種類もないのだろう。
干し肉と乾燥果実、硬そうなパンを買った。
それと水筒だ。宿屋であのコーヒーっぽいやつを詰めてもらう魂胆だ。
二人もその方針に賛同したようで、それぞれ水筒を一本ずつ買った。
明日は初めてのクエストだ。俺は期待と不安を抱いたまま、遠足前の子供のような気持ちで眠りについた。