第五話 小さな先生と美味しいご飯
~前回のあらすじ~
目覚めたミオを加えて、再び異世界へ。
新たな拠点も決まり、ミアは早速活動を開始する。
あきおはこの世界の重要な要素、マナについてミオ先生の講義を受けることに。
ミオはベッドの端にちょこんと座ると話し始めた。
「マナっていうのは、つまり……うーん……」
先生?だいじょぶか?初手から詰まってるけど。
「世界に普通にあるものよ!とにかくそういうものなの!」
「なるほど。」
まぁ、ミオの、説明に困る感じはわからなくもない。 彼女にとってはマナが感じられない人間など想定外なのだろう。
「ミアとミオはマナの使い方が違うってことなのか?」
さっきミオはそんな感じの言い方をしていた。
「そう!マナの使い方には大きく二種類あって、体内を巡らせて力を生み出したり、身体の治癒能力を高めたりする使い方が一つ。この使い方に高い適性を持っているのがお姉ちゃんなの。」
「なるほどなるほど。」
「もう一つは触媒を通じて、マナを外に投射する使い方。それの天才があたしよ!」
おお、天才ときたか。
「それはすごいな。なんか、光の玉みたいなのを飛ばすやつだろ?」
「そういう使い方もあるわね。」
「”も”ってことは、他にも使い方があるのか?」
光の玉を飛ばすのは観測装置を通じて見たことがある。それを見たからこの世界に来てみたわけだし。
それ以外っていうのも気になる。
「たとえばこんな風に。」
ミオが手のひらを上に向けると、小さな手の上にぼんやりと白い光の玉が現れた。
「おお!それを飛ばすのか?」
こんなのどう見ても魔法だ。すごい。
「飛ばさないわよ。昼間だからわかりにくいけど、暗くなったらこれだけでもけっこう明るいわ。」
なるほど、マナで作るランタンみたいなものか。
「ここにいれば、イヤでも色々な使い方を目にすることになるわ。」
ミオはまた背筋を伸ばして両足をきれいに揃え、ちょこんとベッドの端に座る。その所作がなんとも可愛らしい。
「俺は使えないのかな?」
大先生ならなにかわかるかもしれない。ありがたい助言で使えるようになったりしないかな?
「どうなんだろう?マナを感じないのなら、難しいのかも……」
やっぱだめかー。
「そもそもマナは女性の方が強い傾向があるしね。」
「へー。そんなところで差があるのか。じゃあ、この世界では女性の方が戦闘力が高いのか?」
少なくともミアはかなり強そうに見える。
「そんなこともないわ。すごく大雑把に言うと、肉体の強さXマナの強さって感じになってるの。男性は肉体が強いでしょ?」
「なるほど、それで割とバランス取れてるのか。」
うまく出来てるもんだな。
「そうね。もちろん並の男性よりも肉体が強い女性もいるし、マナが強い男性もいるわ。」
なるほどね。
「ところで、さっき触媒がどうとか言ってたけど、それは?」
今、ミオが簡易ランタンを作るのに触媒らしきものは使わなかったように見えたが。
「この程度のことは触媒がなくてもできるわ。でも、あればもっと小さく明るい光が作れるの!」
「その『触媒』ってどんなものなんだ?」
どうも触媒と言われてもピンとこない。
「あたしが使うのは『魔導書』よ。それが家にあるから取りに行きたいの。」
そういうことか。
「なんか他にも……たとえばそういうのを売ってる道具屋みたいなのはないの?」
なんかありそうじゃん。でかい鍋で怪しい何かを煮込んでいるおばあさんがやってそうな店。
「もちろん売っているところはあるわ。でも、あたしのあれは特別なの!」
あ、やっぱりあるんだ。
「それなら早いうちに家の状況も確かめないとだな。」
そんな話をしていると、木の床を歩く足音が近づいてきて、部屋のドアが開いた。
ミアがギルドから帰ってきたのだ。
「おかえり、お姉ちゃん!」
ミオは立ち上がってミアを出迎える。
「おう、おかえり。どうだった?」
「うん、ただいま。良さそうな依頼を一つ受けてきたわ。それと、情報も色々と聞けたわ。」
ミアは『カシャカシャ』と鎧の金属音を鳴らしながら部屋の中ほどまで移動する。
そして歩きながら長い黒髪をかきあげた。
フワリといい匂いがする。
これだから女の子ってやつは……
「何から話せばいいかな……」
ミアが話を始めようとしたとき、俺は大事なことを思い出した。
「なぁ、宿屋の一階に食堂があったよな。」
ミアがクスリと笑う。
「そうね、色々あってお腹も空いたし、ご飯を食べながら話しましょうか?」
俺達は少し遅い昼飯を食べることにした。
中途半端な時間だからか、食堂に先客はいなかった。話をするにはちょうどいい。
メニューは一応あったが、どうせ文字が読めないのであまり意味はない。
ミアの簡単な説明から、肉料理とサラダ、スープ、パンを注文した……たぶん。
やがて素朴な木の皿に盛られて料理が運ばれてくる。
まず目を引いたのは、分厚い肉のステーキ。表面にはしっかりと焼き目がついていて、ナイフを入れるとじゅわっと肉汁が溢れ出した。味付けは塩と香草だけらしいが、逆にそれが肉の旨味を引き立てている。
サラダは見たことのない葉野菜が混ざっていて、ドレッシングのようなソースは甘酸っぱい果実の香りがした。ミアは、
「この辺りの村で採れる果実を発酵させたものよ」
と教えてくれる。
スープは淡い金色をしていて、鶏のような出汁の香りが鼻をくすぐる。中には豆や根菜がゴロゴロと入っていて、素朴ながらも体に染みる味だ。
外はパリッとしているのに、中はもちもちのパンは、スープにつけて食べるとたまらない。
異世界の料理といっても、ゲテモノではなく普通に、いや、かなり美味い料理で安心した。
チラリとテーブルを見ると、ミアとミオもそれぞれ違うものを注文したようだ。
二人の料理も美味そうだ。
ミアの前には、骨付きのロース肉と焼きキノコの盛り合わせが運ばれてくる。
香ばしく焼かれた骨付き肉には甘辛い果実酒のソースがたっぷりかかっていて、ナイフを入れるたびに肉がほろりと崩れる。
横には炭焼きのキノコが並び、ジューシーな香りが漂ってくる。
「タンパク質と食物繊維をバランスよく……ね。」
とミアは微笑む。
ミオが頼んだのは、彩り野菜とチーズを層に重ねたオーブン焼きと、果実入りの冷たいハーブスープ。
オーブン焼きは、赤や緑の野菜が何層にもなっており、熱でとろけたチーズが糸を引いている。見た目は鮮やかで、香りは優しく、ミオの可愛らしい雰囲気にぴったりだ。
スープは淡い青紫色で、色とりどりの果実の実が浮かんでいる。スプーンでひとすくいするたびに、かすかなミントの香りが立ちのぼる。
「マナを整えるには、消化に優しくて香草の多い料理がいいの!」
と言いながら、スープを一口飲んで満足げにうなずくミオ。
さすがに粉をお湯で溶かしたスープよりも美味そうだ。
食事が一段落すると、ミアが話し始める。
「まず、ゼルヴァ卿を覚えてるでしょ?」
あのおっかない男か。とてもじゃないが、すぐに忘れられそうにはない。
「彼がどうしてあそこにいたのかわかったわ。」
たしか、以前のミアの話では、アイツは王族の親衛隊とかで、あんなところにいるわけないってことだったな。
「あの屋敷にいた貴族……グリマルド男爵っていうんだけど……その貴族がなにかろくでもない企みをしていたらしいの。」
貴族の階級はなんだっけ……男爵ってどのくらいだ?
それにしても、イマイチ漠然とした話だな。
「で、それを確かめる、というか、恐らくは捕らえるためにゼルヴァ卿が軍を率いて来たみたい。」
「そうなのか。でも軍隊なんて見なかったぞ?」
「あなたの魔法で私達が見ていたのは屋敷の裏側だったから。たぶん表の庭園側に集まっていたんじゃないかな。」
え?あれ裏側なの?貴族ヤバいな。
「でもね、ゼルヴァ卿が来たときにはすでに屋敷はもぬけの殻だったって。グリマルド卿を『逃げるのがうまい腰抜け』と笑っている人は多いみたいだったけど、私はそうは思わない。地方領主の地位も、あの広大な屋敷もあっさりと捨てて、どこへ消えたのかもわからないというのは腰抜けのすることではないわ。」
たしかに、その決断の鮮やかさはすごいと思う。そしてミアの冷静な思考にも驚く。
「あそこで出会った私達に、争うことなくミオを返してくれたのは、本来の任務にはない想定外の事態だったからだと思う。」
なるほど。それはまぁ、ラッキーだったな。
「それに、あきおの魔法で本来誰もいないはずのところに私達がいたこと、見慣れない服装のあきおがハッタリを言ったこともあったでしょうね。」
俺のハッタリにも意味があったと思いたい。
「それで、ゼルヴァ卿の目的がミオではなかったということは、たぶん私達の家は特に見張られたりしていないと思うの。」
それはたしかに。
「ミオを狙ったのはあの貴族だもんな。じゃあ早いところ家に行ってみるか。」
「そうね。明日は依頼をこなさないといけないから、明後日以降になるかな。」
『ギルドの依頼をこなす』という言葉だけでもワクワクする。
「それと、気になる話を聞いたの。」
ミアは真剣な眼差しで話し始める。
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