66 攻撃魔法
廊下を進んで行くと、つきあたりの部屋の扉が少し開いているのが見えた。
「どうやらあそこに来いと言っているみたいだな」
ビアンカはドキドキしながらアベラルド王太子と一緒に廊下を進んで行く。
アベラルド王太子が扉を開いた途端、異様な匂いがビアンカ達の鼻を襲った。
「…何だ、この匂いは…」
何かが腐ったような匂いにビアンカは思わず両手で鼻と口を覆う。
ビアンカは息を詰めながら部屋の中を見渡す。
部屋の中央にはベッドがあり、誰かが寝かされていた。
そのベッドの脇の椅子には一人の女性が座っている。
その女性はビアンカ達が部屋に入った事に気付くと、ビアンカの方を向いてニタァッと笑った。
その毒々しい笑い顔にビアンカは背筋をゾクリとさせる。
「ノコノコとこの家に戻って来るとは…。こちらから出向く手間が省けたわ」
そう言いながらその女性は椅子から立ち上がると、右手を上に上げた。
バチバチとその指先に青白い光が集まってくる。
(まさか!? 攻撃魔法!?)
その女性が右手を振り下ろすと青白い光の塊がビアンカに向かってくる。
ビアンカが立ちすくんでいると、アベラルド王太子が手をかざして魔法の壁を作る。
バシッ!
光の塊は魔法の壁に弾かれて霧散した。
「私の魔法を弾くなんて! あなた一体何者なの?」
その女性は驚愕の眼差しでアベラルド王太子を見つめる。
「僕はアベラルド、この国の王太子だ。お前こそ何者だ?」
アベラルド王太子が名乗ると、その女性はフンと鼻で笑った。
「アベラルド王太子? 流石は私からセシリオを奪った女の孫だわ。王太子にまで取り入るなんてね」
その女性はキッとビアンカ達を睨みつける。
「私はこのバルデス侯爵家のセシリオの妻、エリシアよ」
そう名乗られてビアンカ達は困惑した。
ビアンカの母親のクリスティナはセシリオとエリシアの娘だと聞いていた。
けれど今のエリシアの発言では、クリスティナはエリシアの娘ではない事になる。
「お前が現在のバルデス侯爵家の当主だな? ビアンカ嬢の母親のクリスティナ様はお前の娘じゃないのか?」
アベラルド王太子の問い掛けにエリシアは、憎々しげな顔を見せる。
「あれは私の娘じゃないわ。セシリオが他の女に産ませた子よ。結婚して数年経っても子供が出来ない私に生まれたばかりのクリスティナと三歳になるニコラスをセシリオが連れてきたわ『この二人を私達の子供として育てよう』ってね」
エリシアの告白にビアンカは言葉を失った。
(お祖父様はエリシア様と結婚した当初から別の女性とも関係があったの?)
もしそうだとすれば、エリシアがビアンカを憎むのもわからないでもない。
「セシリオ殿の申し出をどうして断らなかったんだ? 『嫌だ』と突っぱねれば良かったのに…」
アベラルド王太子はエリシアを警戒しながら問いただす。
「そんなの出来るわけないでしょ。私と別れてその女と一緒になるなんて言われるのが怖かったのよ。それに離婚して実家に戻ってもこんな石女と一緒になってくれる人なんて見つかるわけないでしょ? だからセシリオの申し出を受け入れたのよ」
エリシアは悔しそうに唇を噛み締めたが、すぐにフッと口を歪めた。
「だから、こっそりと復讐してやったのよ。私からセシリオを奪った女には毒を飲ませたわ。あの女が苦しみながら死んでいくのを見るのは最高に楽しかったわ。そしてクリスティナには婚約者のダリオに呪いをかけたの。クリスティナとその子供には不幸をもたらすようにね」
エリシアの言葉にビアンカは「えっ?」と声を上げた。
エリシアの言葉が本当ならば、クリスティナとビアンカの不幸はエリシアによってもたらされた事になる。
「クリスティナが死んだと聞いた時も嬉しかったわ。その娘であるビアンカの不幸話も耳に入ってきていたし…。それなのに先日、ダリオにかけた呪いが消えたのよ。どうやらダリオは死んだみたいね。だから私がここでビアンカに引導を渡してあげるわ」
再びエリシアが右手を振り上げた。




