64 王妃との話
ビアンカとクラウディアが腰を下ろすと、それを待っていたかのように侍女がお茶を配り始めた。
その淀みない動きにビアンカは目を奪われる。
(王妃様の前で手も震えずにカップを置く事が出来るなんて…。慣れているのだろうけれどそれでも凄いわ)
ビアンカが侍女の動きを感心しながら見つめているうちに、侍女は四人の前にカップを置くと一礼して後ろへ下がった。
侍女がテーブルから離れたのを確認すると、カサンドラがテーブルの上に置いてある盗聴防止の魔導具のボタンを押した。
王妃はそれを見ながらカップを手に取りお茶を一口すする。
「どうぞ、お飲みになって」
王妃がカップをソーサーに戻しビアンカとクラウディアにお茶を勧める。
勿論、ここでお茶を飲まないなどという選択肢はない。
ビアンカとクラウディアはソーサーごと持ち上げるとカップに口を付ける。
薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。
ビアンカはお茶を一口飲むとカップをソーサーに戻してテーブルの上に置いた。
カップから顔を上げると、目の前の王妃がじっとビアンカを見つめている。
これまで何度か王妃の姿は見ているが、これほど近距離で顔を見るのは今日が初めてだ。
ビアンカは緊張で顔が強張るのを実感していた。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫よ。ビアンカさん。アベラルドの求婚を受けてくれてありがとうございます。このまま結婚する気がないのかと思っていたので私も肩の荷が下りたわ」
王妃の言葉を引き継ぐように今度はカサンドラがクラウディアに話しかける。
「クラウディア様。不甲斐ない愚息で申し訳ありません。まさかクラウディア様に先に言わせるなんて。後でお灸をすえておかなくては…」
ビアンカは王妃に礼を言われて慌てる。
伯爵令嬢の身分でありながら王太子と婚約するなど、認められないと言われるかと思っていたのだ。
「い、いえ、そんな…。私なんかでよろしいのでしょうか?他にも相応しい身分の方が大勢いらっしゃるのに…」
言い淀むビアンカに王妃は優しく笑いかける。
「大丈夫よ。身分なんて何とでもなるわ。それにビアンカさんのお母様はバルデス侯爵家のご出身だったわね。場合によってはバルデス侯爵の養女になってからアベラルドと結婚してもいいわね」
王妃はあっさりと口にするが、ビアンカは生まれてこのかた、バルデス侯爵家との交流はない。
そんな自分を養女として受け入れてくれるかどうか、ビアンカにはわからなかった。
「バルデス侯爵家の養女ですか? でも私、あちらの祖父母にはお会いした事がなくて…」
ビアンカがそう告げると、王妃はスッと顔の表情を失くした。
(しまったわ。今の言葉で王妃様を怒らせてしまったのかしら?)
ビアンカは何とか言い訳をしようと頭を巡らせるが、王妃は横でクラウディアと話し込んでいるカサンドラの方を向いた。
「お話中、失礼。ねぇ、カサンドラ。ここの所、バルデス侯爵家からの登城が途絶えているという話だったかしら?」
クラウディアと仲睦まじく話し込んでいたカサンドラは、王妃からの横槍にも不愉快そうな顔はしなかった。
「バルデス侯爵家? そうね。そういう話をリカルドがしていたわ」
リカルドとはカサンドラの夫であるファリノス公爵の事だ。
すると、そこへ侍女が王妃の元へ駆け寄ってきた。
「ご歓談中、申し訳ございません。アベラルド様がどうしてもお会いしたいとおっしゃられて…」
途端に王妃は眉間にしわを寄せた。
「まったくもう、あの子は…。少し早過ぎではなくって? いいわ、通してちょうだい」
侍女が下がるとすぐに扉が開いて足音が近付いて来た。
カサンドラはサッと盗聴防止の魔導具のボタンを押して解除する。
「アベラルドったら、もう少し『待て』が出来ないのかしら?」
「ようやく両思いになれたのに、母上に独占されたくはありません。ビアンカ嬢。母上とよりも僕と話をいたしませんか?」
ビアンカの横に立ったアベラルド王太子がビアンカの手を取ってくる。
その手に軽く口づけをされてビアンカはドギマギする。
そんなビアンカの横でもレオナルドがカサンドラからクラウディアを奪い返している。
王妃はやれやれとばかりにため息をついたが、アベラルド王太子に視線を戻す。
「アベラルド。ビアンカさんと一緒にバルデス侯爵家に行ってちょうだい。ビアンカさんはあちらの侯爵家とは交流がないらしいから、これを機会に交流を深めていらっしゃい」
突然の王妃の言いつけにアベラルド王太子は目を瞬かせたが、すぐに王妃に向かって頭を下げた。
「わかりました、母上。ビアンカ嬢と一緒に挨拶に行って参ります」
こうしてビアンカはアベラルド王太子と共に母親の実家に向かう事になったのだった。




