55 仕立て
アベラルド王太子達を見送ったビアンカは、ハンナと共に自室へと向かった。
「…ああ、ここも私がいた頃のままだわ…」
デボラによってけばけばしい装飾に変えられていた部屋は、以前のような落ち着いた雰囲気の佇まいを見せている。
「ありがとう、ハンナ。元通りにするのは大変だったでしょう?」
ビアンカが後ろを振り返ると、ハンナはふるふると首を振る。
「大した事ではありません。それよりもそろそろ座っておくつろぎくださいませ」
ハンナに言われてビアンカはようやくソファーへと腰を下ろした。
ビアンカとハンナのやり取りをニコニコとした顔で見ていたエルネストがビアンカへと歩み寄る。
「ビアンカ様。先ほどアベラルド様がおっしゃっていた通り、王宮でパーティーが開かれるのでしたら、ドレスのご注文をなさいませんと…」
エルネストに言われてビアンカは軽くため息をつく。
これまでも何度か父親のダリオと王宮でのパーティーに出かける事はあった。
成長に合わせてドレスを作る事はあったが、
「ビアンカに華美なドレスはもったいない。一番地味なドレスにしろ!」
と、ダリオに言われて少しばかりのフリルがあしらわれたシンプルなドレスしか着させて貰えなかった。
今回、アベラルド王太子のパートナーとして出席するのであれば、それなりの見映えのドレスを作らなければ、アベラルド王太子に恥をかかせてしまうだろう。
「アベラルド様のパートナーなんて、私に務まるかしら? …今からでもお断りを…」
エルネストにそう訴えたが、エルネストはニコリと笑って却下する。
「ビアンカ様、流石にそれは出来かねます。仕立て屋を手配しておりますので、午後には参ります」
エルネストの言葉にビアンカは目を瞬いた。
(既に仕立て屋を手配してあるなんて…。エルネストはこのパーティーの話を前から知っていたのかしら?)
エルネストの告げた通り、午後には仕立て屋がやって来た。
それも王家御用達のファレス商会だ。
貴族であれば誰もがファレス商会で衣装を仕立て事を夢見ているが、王族を優先するため他の貴族は予約待ちの状態だという。
そんな商会がたかが伯爵家のためにやってくるとは、エルネストは一体どんな魔法を使ったのだろうか?
「はじめまして、ビアンカ様。この度は我が商会をご利用いただきありがとうございます」
そう言って挨拶をしてきたのはファレス商会の女主人ドロレスだった。
年配の女性だと聞いていたけれど、まるで年齢を感じさせないほど。若々しく見える。
「よろしくお願いします。今度、王宮で行われるパーティーに着ていくドレスをお願いしたいのだけれど…」
「ええ。アベラルド様からお伺いしております。デザイン画を何点かご用意してきましたが、お気に入りの物はございますか? 変更も可能ですので遠慮なくおっしゃってくださいませ」
どうやらエルネストではなく、アベラルド王太子が手配してくれていたらしい。
ドロレスがビアンカの前にデザイン画を並べていく。
「まぁ、素敵」
並べられたデザイン画はどれもビアンカの好みの物だった。
散々迷った挙げ句、一つのデザイン画を選んだが、少し派手すぎるような気がした。
「こちらのドレス、もう少し抑えた感じに出来ないかしら?」
「こちらでございますか? …それではこんな感じではいかがでしょう?」
ドロレスはその場でデザイン画を修正するとビアンカに見せてくる。
ビアンカはそれを眺めるとコクリと頷いた。
「ええ、いいわ。こちらでお願いします」
「かしこまりました」
ファレス商会を見送って、ビアンカは久しぶりにワクワクした気分に浸っていた。
(こんな風にドレスを仕立てるのは久しぶりだわ。完成が楽しみね。アベラルド様のパートナーというのが玉に瑕だけれど…)
多少の不安を抱えつつも、ビアンカは自室を出て祖父が使っていた執務室へと向かった。
マドリガル伯爵家を出たファレス商会の馬車はそのまま王宮へと向かっていた。
「ビアンカ様のドレスのデザインをアベラルド様にお伝えしなくては…。このドレスに合わせてアベラルド様の衣装をデザインしましょう」
アベラルド王太子とペアルックの衣装が仕立てられる事になっているとは、ビアンカは知る由もなかった。




