54 誘い
「まあっ!」
屋敷の中へ足を一歩踏み入れた途端、ビアンカは驚きの声を上げた。
ダリオ達によって模様替えされていた玄関口は祖父母と母親が生きていた頃と同じように変えられていた。
ダリオ達に捨てられたはずの壺や絵画まで、何もかもが元通りになっている。
「どうして? すべて捨てられたはずなのに…」
ビアンカの疑問に答えてくれたのは、後ろを付いてきていたハンナだった。
「『処分しろ』と言われた物はそれぞれ言い付けられた者が自分の部屋に隠し持っていました。いつか必ずビアンカ様が正式な跡取りになられると信じて…」
まさか、そんな事が行われているとはビアンカは夢にも思っていなかった。
懐かしさで胸がいっぱいになりながら廊下を進むと、エルネストは応接間へとビアンカ達を案内した。
「ビアンカ様はこちらへお座りください。アベラルド様とレオナルド様はその向かい側にどうぞ」
ビアンカは応接間の奥側の当主の席へと座った。
(私がこの席に座る日が来るなんて…)
ビアンカは椅子に座るとそっとその肘掛けを撫でた。
この肘掛けにもたれた祖父が頬杖をついて笑ったりしていた姿を思い出す。
ハンナが淹れてくれたお茶を一口飲んで、ビアンカは改めてアベラルド王太子に向き直る。
「アベラルド様。本当にありがとうございます。こうしてこの屋敷に戻る事が出来るなんて…。アベラルド様になんと感謝をしていいのかわかりません。私に出来る事があればなんでもいたします」
「ビアンカ嬢、どうか頭を上げてください。私はただ、自分が出来る事をしただけです」
そう言うアベラルド王太子を隣に座るレオナルドが、こっそりと小突いている。
アベラルド王太子はそれを鬱陶しそうに払うとビアンカに視線を移した。
「ビアンカ嬢、もしよろしければ、来月王宮で開催されるパーティーで私のパートナーになっていただけませんか?」
「パーティーですか? 一体何の集まりなのでしょうか?」
これからは伯爵家の当主として様々なパーティー等に出席をする事になるが、この時期に王宮で開催されるパーティーは無かったはずだ。
首を傾げるビアンカにアベラルド王太子は少しばかり言いにくそうに口を開く。
「実は、私の母が計画したパーティーで、伯爵家以上の子女が集まる事になっています。こちらにもそろそろ招待状が届く頃だと思います。このパーティーにはデラトルレ王国のクラウディア様も招待しているそうです」
ビアンカは『クラウディア』の名前を聞いて、先日の離宮でのメイド達の話を思い出した。
(まさか、アベラルド様とクラウディア様との婚約発表? でも、それならば私をパートナーにしたりしないはずだわ…)
そう思いつつもビアンカはアベラルド王太子に聞き返す。
「私がアベラルド様のパートナーですか? そんな事をすれば他の方にあらぬ誤解をされるのでは?」
ビアンカの懸念にアベラルド王太子はグッと言葉に詰まるが、即座に否定する。
「大丈夫です。一緒にパーティーに行ったくらいで誤解されたりはしません。それとも、私とパートナーを組むのは迷惑でしょうか?」
少し悲しそうな目をするアベラルド王太子にビアンカは慌てて首を振る。
「そんな、迷惑だなんて、とんでもありません。アベラルド様とパートナーを組みたがる女性は他にも大勢いらっしゃるのに、私なんかで良いのかと思っただけです」
そこまで喋ったビアンカは慌てて口を押さえる。
今の発言の後では到底断る事など出来そうにない。
「ありがとうございます。それではパーティーの当日、お迎えにあがりますね」
アベラルド王太子にニコリと微笑まれ、ビアンカは小さく「…はい」とだけ返事をする。
その後、王宮に戻るアベラルド王太子とレオナルドを見送ったビアンカは、一人頭を抱えるのだった。




