46 対峙
アベラルド王太子は少しばかり疑問を抱きながら廊下を歩いていた。
母親に呼び出されるのはこれが初めてではない。
だが、レオナルドと共に呼ばれる事はなかったので、一体何の話だろうかと訝しんでいた。
そもそも、これからビアンカの所へ向かおうとしていた矢先の呼び出しである。
昨日は公務に加えてダリオ達の断罪に動いていたため、ビアンカを訪ねる事が出来なかった。
本当は一刻も早くビアンカに全てが片付いたと伝えるべきなのだが、それを言ってしまえばビアンカはすぐにでも離宮から出て行ってしまいそうで伝えられなかった。
(待っているビアンカ嬢には申し訳ないが、昨日も今日も大して変わらないだろう)
そう自分に言い聞かせている時点で駄目なのだが、アベラルド王太子はそう思う事で自分を正当化させていた。
それよりも今はどうしてレオナルドと共に母親に呼び出されたかである。
「なあ、レオナルド。母上の話は何だと思う?」
隣を歩くレオナルドに話を振るが、レオナルドは軽く肩をすくめてお手上げのポーズをする。
「さてね。思い当たる事が多すぎて分からないな。離宮にビアンカ嬢を住まわせている事とか、公務の傍ら別件で動いている事とか…。極めつけは未だに婚約者を決めていない事かな?」
レオナルドの的を得た答えにアベラルド王太子は軽く息を吐く。
「…やはりその話だろうな」
アベラルド王太子とて早く婚約者を決めなければならないのはわかっている。
学校に通っていた頃もそれとなく相手を探していたが、結局決める事は出来なかった。
アベラルド王太子が母親である王妃の元に到着すると、そこには王妃だけでなく、レオナルドの母親も一緒だった。
二人の女性の凄みのある笑顔にアベラルドとレオナルドは揃って回れ右をした。
「アベラルド!」
「レオナルド!」
自分達を呼ぶ声に二人は首根っこを掴まれたように立ち止まり、ギギギッと音がしそうな程にゆっくりと首だけで振り返る。
「話もしていないうちから帰ろうとするなんて、そんな礼儀を教えた覚えはありませんよ」
「まったくですわ。レオナルド、王妃様がいらっしゃるのにその態度は何ですか! 早くこちらに来て座りなさい!」
座っているはずなのに、何故か仁王立ちしているかのような迫力を感じるのは気のせいだろうか。
きっと気のせいに違いない。
二人の母親の叱責にアベラルド王太子とレオナルドは渋々とテーブルに近付いて腰を下ろす。
「大変失礼いたしました。それで今日はどんなご用でしょうか?」
アベラルド王太子の隙のない笑みにアレクサンドラは軽く顔を顰める。
「まったくもう! そうやって笑顔で煙に巻こうとする所は陛下にそっくりだわ。もっと他に良い所があるでしょうに…」
愚痴とも惚気とも言えないツッコミにカサンドラはそっと横を向いて笑っている。
そんなカサンドラをアレクサンドラは軽く睨むとコホンと乾いた咳をした。
それを合図としたかのようにカサンドラは正面に向き直る。
「アベラルド。ここへ呼んだのは他でもありません。あなたはいつになったら婚約者を選ぶのか聞きたかったのだけれど、ちゃんと答えてくれますね」
「レオナルド、あなたもですよ。アベラルド様に仕える以上、あなたも結婚して子を成して次世代に備えなくては…」
言葉の端々に母親からの圧力を感じ、アベラルド王太子とレオナルドは頬を引き攣らせた。
(やはり、この話だったか…)
アベラルド王太子とレオナルドは互いに目配せをして『お前から話せ』『いや、お前から…』と牽制し合う。
その行為が火に油を注ぐとわかっていながらも、やらずにはいられなかった。




