43 立ち聞き
(…誰かいるのかしら?)
ビアンカはすぐにその場を離れようとしたが、『離宮』『アベラルド様』という言葉が耳に飛び込んできた。
(…もしかして私の事を話しているのかしら?)
立ち聞きをするなんてお行儀の悪い事だとわかっていても、ついつい話の内容が気になったビアンカはそっと声のする方に近寄った。
すると、そこにはこちらに背を向けて話し込んでいる二人のメイドの姿があった。
(こんな所で立ち話をしているなんて、注意をした方がいいかしら? でも客人である私がそこまで介入して良いものかどうか…)
そう思いながらビアンカはメイド達の話に耳をそばだてる。
「今、離宮にはどなたがいらっしゃるの? なんでもアベラルド様が連れてこられたらしいけれど…」
「私もよくは知らないわ。何処かの貴族のお嬢様らしいけれど。普通は二~三人のメイドが付くのにその方は一人で良いと仰ったらしいのよ。だから私までお世話は回って来ないわ」
どうやらこちらのメイドは離宮の担当になるはずだったらしい。
ビアンカが断ったので、ローテーションから外れたのだろう。
「あら、そうなの? 『増やせ』と仰る方はいても『減らせ』と仰る方なんて初めてだわ」
「ふふっ、ほんとね」
二人はクスクスと笑い合っている。
そこで話は変わったかと思ったが、そうではなかったようだ。
「だけど、この次期にそんなお嬢様を離宮に連れてこられるなんて、もしかして婚約者候補の方かしら?」
「え? まさか…。だって、アベラルド様には隣国の王女様とお話が進んでいるって聞いたわよ」
「ああ、先日の使節団の代表でいらしてた方ね。そういえば、歓迎会で給仕をしてた子が『美男美女でお似合いの二人だった』って騒いでたわ」
「隣国との関係を強化させるのなら、王族同士で婚姻を結ぶのが一番よね」
「だったら、今離宮に他所のお嬢様を滞在させているなんて、その王女様の耳に入ったら不味いんじゃないの?」
「そうよね。いくら、もう帰られたとは言っても少しでも噂になれば親切ごかしで知らせる人がいるかもしれないわ」
「そんな大切な時に離宮に他所のお嬢様を滞在させるなんて、アベラルド様は何を考えていらっしゃるのかしら?」
すると、片方のメイドが不意に声をひそめた。
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、今、第二王子のベルトラン様を王太子にっていう噂もあるらしいわよ」
「え、まさか?」
「だから、今離宮にお嬢様を滞在させている事を問題視して、『ベルトラン様を王太子に』って言い出す貴族がいるんじゃないかとヒヤヒヤしてるのよ」
「あくまで噂でしょ? それにたかがメイドの私達がアベラルド様にどうこう言える立場じゃないわ」
「それもそうね。…あ、そろそろ戻らなきゃ」
「私も。じゃ、またね」
二人はバタバタと二手に分かれて小走りで去っていった。
ビアンカは二人の話を聞いて呆然としていた。
(…まさか、アベラルド様にそんな話が出ている方がいたなんて…)
隣国の使節団が来たという話は聞いていた。
いつもなら伯爵家以上の貴族を招待して歓迎会を開くのだが、この度は小規模の使節団だからと、王族と公爵家のみで歓迎会を開いたと聞いている。
(もしかしたら、アベラルド様との婚姻話を進めるための使節団だったのかしら?)
それならば歓迎会も多くの貴族女性を集めないために侯爵家以降を排除したのも頷ける。
(隣国の王女様との婚姻話が進んでいるのなら、私が離宮にいるとアベラルド様に迷惑がかかってしまうわ。一刻も早くこの離宮から離れないと…)
ただでさえ、迷惑をかけているのに、これ以上アベラルド王太子の負担になるわけにはいかない。
ビアンカはどうしたらこの離宮から出られるか考えながら部屋へと戻って行った。