41 事実
「お前達はダリオと共謀し、ビアンカ嬢をミゲルの部屋に向かわせた。そこには幻覚を起こす香を焚いていた。ビアンカ嬢はその香りを吸って幻覚を起こし、あたかもミゲルに襲われてナイフで刺したと思わせた」
淡々と読み上げるアベラルド王太子に三人はサッと顔を青くしてワナワナと唇を震わせる。
「…だ、誰がそんな…」
パメラがポロリと零したが、ハッとしたように慌てて口を噤む。
アベラルド王太子はチラリとパメラに目をやったが、再び書類に視線を落とす。
「あらかじめ呼んでいた騎士達にビアンカ嬢を拘束させ、牢獄に押し込めた。そして強制労働所行きになったとして馬車に乗せ、途中で騎士達に襲わせ死亡を図った」
そこまで告げるとアベラルド王太子は顔を上げて三人を見回した。
「何か反論は?」
三人はお互いに顔を見合わせていたが、誰も口を開こうとしない。
お互いに発言を譲り合っているような、いや、なすりつけ合っていると言った方がいいだろう。
アベラルド王太子が無言の圧力を加えていると、ようやくおずおずといった様子でパメラが口を開く。
「一体何処からそんな話が出たんですか? ビアンカは自分から行方をくらませたんです。私達は何もしていませんわ」
彼等が否定する事は分かりきっていたので、アベラルド王太子はそれには何も言わなかった。
それよりも別の事実を告げた。
「お前達の罪はそれだけじゃない。マドリガル伯爵家に不法に滞在し、ビアンカ嬢をメイドのように働かせ、更にはロンゴリア侯爵家を騙してカルロスとデボラを婚約させた」
「はあっ!? 騙したって何よ! あたしとカルロスは愛し合っているから婚約したのよ! 騙してなんかないわ!」
デボラが椅子から腰を浮かしかけながら反論する。
「別にお前の愛を疑っているわけじゃない。騙したというのはお前達が貴族でもないのに、貴族のふりをしてマドリガル伯爵家に居座り、ロンゴリア侯爵家の嫡男と婚約を交わした事だ!」
アベラルド王太子の指摘に三人は一様に驚きの表情を浮かべる。
「ちょっと待ってください!私達は貴族です! ダリオはマドリガル伯爵家を継いだし、私は彼の妻でこの子達は彼の子供です! 貴族なのは間違いありません!」
パメラが必死で訴えかけるが、アベラルド王太子は冷ややかに見下ろす。
「残念ながらお前達は貴族ではない。パメラは男爵家を追い出された時に除籍されている。ダリオもビアンカ嬢が生まれた時点で伯爵家から除籍されている。したがってお前達は全員平民だ。前伯爵はビアンカ嬢が十八になって伯爵家当主を継いだらお前達を別邸から追い出すつもりだったらしい。だが、それよりも先にダリオによって毒殺されてしまったというわけだ。前伯爵がお前達に余計な情をかけなければ殺される事もなかったのにな」
パメラ達は自分達が貴族だと信じて疑わなかったらしい。
アベラルド王太子に告げられた事実に誰もが驚きで固まっている。
アベラルド王太子は視線をデボラに移すとニッと笑った。
「ロンゴリア侯爵家にはデボラが平民だと知らせておいた。侯爵はたいそうなご立腹で即刻デボラとの婚約破棄を決めたそうだ。由緒正しい侯爵家に平民の嫁を娶るなど出来ないとね」
「何してくれてんのよ! せっかくあの女から婚約者を奪ってやったのに! …あっ!」
デボラはアベラルド王太子に掴みかからんばかりに立ち上がったが、両足を拘束されているせいでバランスを崩し、その場に倒れ込む。
誰もデボラを助け起こそうとせず、ただ冷ややかな目で倒れているデボラを見下ろしている。
「お前達がちゃんと家族としてビアンカ嬢に接していれば、この先もそれなりの生活を送れていたのかもしれないのにな。残念ながらお前達は全員強制労働所行きだ。ダリオだけは実父と妻殺しの罪で処刑されるだろうがな」
「嘘! 嘘よ!」
今度はパメラが立ち上がろうとしてその場に倒れ込む。
アベラルド王太子が合図を送ると騎士達が入ってきて三人を何処かへ連れて行った。
三人の喚き声が遠ざかるとアベラルド王太子はふぅっと大きなため息をついた。