40 目覚め
「…ん…」
デボラは誰かの身じろぎで意識を覚醒させた。
しかし、思うように身体が動かない。
目を開けるとそこは石造りの部屋の中だった。
「何、ここ?」
その時点でデボラは自分の両手両足が拘束された状態で母親のパメラに寄りかかっていた事に気が付いた。
その向こうには兄のミゲルが同じように拘束され、パメラに寄りかかっているのが見えた。
固い木で出来た長椅子に拘束されたまま座らされているのに、未だに目を覚まさない。
「お母様、お兄様、起きて!」
身体を揺するように動かして二人に呼びかけると、ようやく「…う…」とうめき声をあげた。
「な、何だこれ…」
ミゲルがパメラから身体を起こして拘束を解こうともがいている。
「何なの? どういう事? …ダリオは?」
パメラも戸惑った声を出したが、すぐにダリオが居ない事に気付いた。
「分からないわ。それにしてもこれはどういう事? アベラルド様があたし達をこんな目に合わせたの?」
デボラは先ほどまでの事を思い返していた。
確かにあれはアベラルド王太子からの手紙だった。
それとも誰かがアベラルド王太子の名を語って自分達を誘い出したのだろうか?
デボラはふと壁に目をやって、そこに鉄格子で出来た扉がはまっている事に気付いた。
「…一体、ここは何処なの?」
口に出しても誰もその疑問に答える者はいない。
目を覚ましてどのくらいの時間がたっただろうか?
固い木の長椅子に馴染めず、何度も動ける範囲で座り直しを繰り返していた時、ようやく鉄格子の向こうに人影が現れた。
「アベラルド様?」
学校で遠巻きに顔を見かけた事のあるアベラルド王太子が、騎士に鉄格子を開けさせて部屋の中に入ってきた。
その後ろにはいつも一緒にいたレオナルドが当然のようにひっついている。
デボラは初めて間近で見るアベラルド王太子に胸が高鳴った。
(まさか、これほどの美形だったなんて…。カルロスなんて目じゃないわ)
学校に通っている時は近寄る事すら出来なかったアベラルド王太子が今目の前にいる。
(どうしてこういう状況になったのかはわからないけれど、あたしのこの身体でアベラルド様を落としてやるわ)
カルロスもこの身体で骨抜きにしてやったのだから、きっとアベラルド王太子も自分の身体に夢中になるに違いない。
デボラはそう信じて疑わなかった。
「アベラルド様ぁ、お願いですからこの縛めを解いていただけませんかぁ?」
デボラはウルウルと目を潤ませて上目遣いでアベラルド王太子を見つめ、胸を強調するように押し出した。
どんな男でもデボラのはち切れんばかりの胸に釘付けになったというのに、アベラルド王太子は違った。
まるで汚い物でも見るかのような目で、デボラ達を見下ろしている。
「縛めを解けだと? 一体誰に向かってそんな口をきいているんだ?」
普通の声量ながら凄みのある声で切り捨てられ、デボラは身を縮こませる。
「…あ… あの…。…申し訳ございません」
それだけを絞り出すのがやっとだった。
チラリと横を見やるとパメラもミゲルも長椅子の上に背筋を伸ばして座っている。
それを見てデボラも慌てて身体を真っ直ぐに伸ばしたが、徐々にまた元のような姿勢になる。
アベラルド王太子はぐるりと三人を見回すとパメラに向かって口を開いた。
「さて、君達はどうしてここに連れられてきたのかわかるか?」
アベラルド王太子の質問にパメラが必死に訴えかける。
「アベラルド様。私達はこのような仕打ちを受ける覚えはありません。一体どうしてこんな事になったのでしょう?」
パメラの訴えにアベラルド王太子は片方の眉を吊り上げた。
「覚えがない? 随分と都合のいい記憶力だな。それじゃ私の方からお前達が行った事を報告してやろう」
アベラルド王太子はレオナルドから渡された書類に目を落とした。




