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4 不幸の連続

 ビアンカの父親であるダリオが屋敷に姿を見せてから、祖母の言動が少しずつおかしくなっていった。


 受け答えがちぐはぐになり、同じ話を何度も繰り返すようになった。


 刺繍を刺していてもいつの間にか手を止め、ぼうっとして目の焦点が合っていない事もあった。


「お祖母様、何処か具合でも悪いのではなくて?」


 ビアンカが祖母に問えば、祖母は何故かビアンカに対して怒りだすのだった。


「私は何処も悪くはないわ。私を病人扱いしないでちょうだい! ダリオだったらこんな事を私に言ったりしないのに!」


 今までそんなふうに祖母に怒られた事がなかったビアンカは、祖母の剣幕に戸惑いを感じずにはいられなかった。


 おまけに、あの日酒臭い息をしてフラフラと歩いていた父親の方が優しいと言われて、ビアンカの心はますます重くなるのだった。


 そのうちに祖母はフラフラと徘徊を繰り返すようになった。


 屋敷の中だけならばともかく、時には屋敷を出て庭をフラフラと歩き回るようになったのだ。


 メイドが側に控えている時は大人しく座っているのに、ほんの少し目を離すと、その隙に何処かに行ってしまうのだった。


 そんな日々が二年以上続いたある日、その事件が起きてしまった。


 朝、目を覚ました祖父が、隣のベッドに妻がいない事に気付いた。


 慌てて屋敷の中を探させたが、何処にも見当たらない。


 屋敷の庭を探すと、大きな木の幹にもたれかかるように祖母が座り込んでいた。


 夜中に雪が降ったせいで、祖母の身体は氷のように冷え切っていた。


 すぐに屋敷の中に運び込まれたが、祖母は回復することなく、そのままこの世を去った。


 教会で葬儀が執り行われたが、その場にはダリオも出席していた。


 祖父はダリオを出席させる事を渋っていたが、あらぬ噂を立てられるのを懸念して出席を許した。


 ダリオ自身もこの時ばかりは酒の匂いをさせる事もなく、神妙な顔付きで葬儀に参列していた。


 最愛の祖母を亡くしたからか、祖父はすっかり気落ちしてしまったようで寝込む事が増えた。


 そのため祖父が担っていた執務が母親であるクリスティナにふりかかる。


 十歳になったビアンカが手伝うのだが、子供に出来る事など限られている。


 クリスティナは日に日に痩せ細り、祖父と同じように寝込む事が増えていった。


「お母様、大丈夫?」


 クリスティナのベッド脇の椅子に座って、母親を心配そうに見つめるビアンカ。


 クリスティナは痩せ細った手を伸ばしてビアンカの頭をそっと撫でる。


「大丈夫よ、ビアンカ。こうして二~三日寝ていればすぐに良くなるわ」


 クリスティナはビアンカを心配させまいと無理をして微笑むが、一向に体調は良くならない。


 ビアンカは祖父の見舞いにも行くが、祖父も同じように、ビアンカを心配させまいと微笑むのだった。


「大丈夫だ、ビアンカ。ビアンカの花嫁姿を見るまでは死んでも死にきれんからな」


 そんな祖父の言葉を聞いてビアンカは少し複雑な気分で微笑んだ。


 祖父が体調を崩すより少し前、ビアンカにこう告げたのだ。


「ロンゴリア侯爵家のカルロスとお前を婚約させる」


 突然告げられた婚約話に驚いているビアンカを尻目に、話はどんどん進んでいった。


 数日後にはロンゴリア侯爵とカルロスが屋敷を訪ねてきて、ビアンカと顔合わせが行われたのだ。


「君がビアンカかい? よろしくね」


 一つ年上だというハンサムなカルロスに優しく微笑まれてビアンカはポッと頬を赤く染めた。 


 祖父とクリスティナが寝込むようになってからは、お見舞いがてらにビアンカに会いに来てくれていた。


 悪い人ではないと思いながらも、カルロスと結婚するという未来がビアンカには思い描けなかった。


(私が結婚するのはまだまだ先だもの。それまでにはカルロス様の事を好きになれるかもしれないわ。その前にお祖父様とお母様には元気になってもらわなきゃ…)


 ビアンカは祖父と母親に栄養のある物を食べさせようと,自ら市場を回っては食材を集めたり、高価な薬を買い求めたりした。


 祖父と母親は一進一退を繰り返していたが、ビアンカが十三歳を迎える年の同じ日に亡くなった。


「どうして!? もうじき普通の生活に戻れるとおっしゃっていたのに…。お母様ばかりかお祖父様までなんて…」


 祖父と母親の棺の間に座り込んで泣いているビアンカの背中を、ハンナはたださすってやる事しか出来なかった。




 教会の安置所の外で、ビアンカの泣き声を聞きながら、ヒソヒソと話をしている二人の男がいた。


「やれやれ。やっとくたばったか。随分と長かったな。だけど、まさか二人共同じ日に亡くなるとは思わなかったな。そういうふうに仕組んだのか?」


 一人の男の問いかけにもう一人はブルブルと首を横に振る。


「とんでもない。怪しまれないように少量ずつしか混入させませんでしたからね。偶然重なっただけですよ」


「そうか。まぁ、葬儀が一度で済むから手間が省けて良かったよ。これからもよろしく頼むよ」 


「勿論です。それで、ビアンカ様はどうしますか?」


 勢い込んで聞いてくる男に、問われた男は苦笑を漏らす。


「まぁ、待て。すぐには怪しまれるし、同じ手は使えないさ。しばらくは大人しくしておかないとな」


「わかりました、ダリオ様」


 二人はビアンカに気付かれないようにそっとその場を離れた。

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