39 証拠
『ダリオ様。こちらが頼まれていた薬です』
録音の魔導具からマルセロの声が聞こえてくる。
『よろしい。それでは今日からこの薬を少量ずつ、父上とクリスティナに飲ませるんだ』
『そ、それは!』
狼狽えたようなマルセロの声の後にダリオの声が続く。
『出来ないとは言わせないぞ。今、ここをクビになったら賭け事で膨れ上がった借金を返せなくなるんじゃないか? それどころか借金取りに捕まって何処かに売られるかもな。裏社会と繋がっているらしいから、どういう扱いを受けるか分かったもんじゃないぞ』
ダリオの脅し文句にしばらく沈黙が続いた後、マルセロが小さな声で告げる。
『…わかりました…』
『頼んだぞ。私が当主になったら給料の上乗せをしてやるからな』
ダリオの言葉が終わると同時にレオナルドはボタンを押して再生を止めた。
「マルセロ! 貴様、何の為に会話を録音していたんだ!」
顔を真っ赤にしたダリオがワナワナと唇を震わせながらマルセロに向かって怒鳴る。
マルセロは抑揚のない目でダリオを見ていたが、やがておもむろに口を開く。
「そんなの決まっているじゃないですか。この録音をネタに更にお金を出してもらうためですよ。それにこうして事件が発覚した場合、私だけが罪に問われる事のないようにという保険です。何しろ実際に薬を入れたのは私ですからね」
フッと口元を緩めたマルセロは、騎士達に連れられて部屋を出て行った。
「待て! マルセロ! くそっ! 最初から私を道連れにするつもりだったんだな! ちくしょう! 八つ裂きにしてやる!」
ダリオは必死に椅子から立ち上がろうとするが、縛られた身体は自由にはならない。
「見苦しいぞ、ダリオ・マドリガル! お前が二人の殺害を企てたのがそもそもの始まりだろうが! おまけにマドリガル伯爵家の次期当主の書類も偽装したじゃないか!」
アベラルド王太子がダリオを諌めるが、ダリオはキッとアベラルド王太子を睨みつける。
「うるさい! お前らに何がわかる! 望んだ女とは結婚させてもらえず、好きでもない女とは半ば監禁状態のような形で子作りさせられ、挙げ句には伯爵家を私ではなく、欲しくも無かった子供が継ぐなんて! そんな馬鹿な話があるか! 私は悪くない! 悪いのは父上とあの女だ!」
もはやアベラルド王太子に敬意を払わない物言いでダリオはまくし立てる。
そんなダリオにアベラルド王太子とレオナルドは呆れたような顔を見せる。
「貴族として生まれた以上、家の為に望まぬ結婚をさせられるのはわかっていたはずだ。だからこそ、お前は一度は家を捨てて生活していたんだろうが。それなのに生活が立ち行かなくなって伯爵家に頼ったくせに『次期当主じゃない』とか『父親と妻が悪い』とか、どの口が言うんだ?」
アベラルド王太子に事実を突き付けられ、ダリオはグッと言葉に詰まる。
ダリオは一度、伯爵家を捨ててパメラと所帯を持った。
ダリオの父親がダリオを次期当主から外すのは当然の事だろう。
ダリオが伯爵家を頼って戻って来なければ、何処か縁戚から養子でも取っていたに違いないとアベラルド王太子は思った。
「さあ、大人しく罪を認めてもらおうか。どうしても喋らないのであれば、自白剤を使わせてもらうけどな」
不敵に笑うアベラルド王太子にダリオは青くなる。
自白剤を使われると、場合によっては廃人のようになると噂されている。
それならば何もかも洗いざらい話した方が身のためだろうか?
ダリオは必死で頭の中で考えを巡らせた。




