36 呼び出し
それからというもの、デボラはひそかにカルロスと逢瀬を重ねていった。
カルロスがビアンカの婚約者として世間に認知されている以上、表立って親しげに接する事は控えた。
だが、デボラにとってはそれは面白くもなんともなかった。
(早く、カルロス様をあたしの婚約者にしてしまいたいわ。このままじゃ、ビアンカがカルロス様と結婚してしまう…)
カルロスにビアンカとの婚約を解消して自分を婚約者にしてくれるように頼んでも、『前伯爵との約束だから両親が渋っている』と言って躱されてしまう。
(何かいい方法はないかしら?)
悩んだ挙げ句、デボラは家族に相談する事にした。
「ねぇ、お父様、お母様。あたし、カルロス様と結婚したいのだけれど、今はビアンカが婚約者でしょう? どうにかならないかしら?」
デボラの提案にパメラはキラキラと目を輝かせた。
「あら、カルロス様はデボラを選んでくださったの? そうよね。愛する者同士を引き裂くなんて、あってはならないわよね」
「まったくだ! 私だってパメラと結婚したいと願ったのに、あんな女と結婚させられて、挙げ句にあの娘まで作らされる羽目になった。あんな思いはデボラにはさせたくはない。どうにかしてビアンカを排除しないと…」
ダリオも自分達の事を思い出して苦い顔をしている。
「だったら、あいつをこの家から追い出せばいいんだよ」
あっさりと告げるミゲルにダリオは渋い顔で首を振る。
「追い出したら世間体が悪いだろう。そうなるとロンゴリア侯爵家もデボラとの結婚を許さないかもしれないぞ」
「だから、ロンゴリア侯爵家の方からビアンカとの婚約を解消させればいいんだよ。例えばビアンカが殺人未遂を犯すとか…」
ニヤリと笑って告げるミゲルの提案に、ダリオ達は耳を傾ける。
「…それはいいが、騎士団がそんなに簡単に協力してくれるのか?」
「任せときなって! 騎士団でも下っ端の奴は金の為なら何でもやるっていう連中もいるんだ。そいつらに話をつけてやるよ」
四人は一様に悪い顔になって、ビアンカを貶める算段を重ねた。
こうしてビアンカはミゲルへの殺人未遂の罪を着せられ、カルロスから婚約破棄を告げられたのだった。
ビアンカが騎士団に連れて行かれると同時に、ダリオはビアンカを伯爵家から除籍した。
カルロスはすぐに父親に進言してデボラを自分の婚約者として認めさせた。
ビアンカは牢獄から強制労働所に連れて行かれる途中で、崖から落ちて亡くなったそうだ。
もっとも移送したのは金を握らせた下っ端の騎士達で、ビアンカは釈放された事になっている。
ミゲルへの殺人未遂は無かった事として揉み消したためだ。
(崖から落ちたから死体は上がらないけれど、あの女がいなくなってせいせいしたわ)
デボラは喜びいさんでカルロスとの婚約披露パーティーを行った。
公衆の面前でカルロスと並んで立っても誰にも咎められないのは嬉しかった。
カルロスとの結婚式の準備を進めていると、一通の招待状を受け取った。
「王宮から? 一体何事かしら?」
実のところ、デボラは王宮でのパーティーには出席した事は無かった。
招待状が届くのは父親のダリオとビアンカだけだったのだ。
招待状に名前がない以上、王宮には入れない。
その事が余計にビアンカへの憎悪に繋がっていた。
だが、今回の招待状には自分達四人の名前が書かれていた。
(王宮もとうとうあたしを伯爵令嬢と認めたんだわ)
だが、招待状には翌日の日付が記されていた。
「随分と急だな。…まぁ、スケジュールがこの日しか空いていなかったのかもしれないな。アベラルド王太子に恥をかかせるわけにはいかない。すぐに準備するんだ」
バタバタと準備を整えて、ダリオ達は馬車に乗り込んで王宮へと向かった。
その先に何が待ち受けているかも知らずに…。




