34 願望
ビアンカの後をハンナが付いて行くのを見て、デボラは眉をひそめた。
(あれがビアンカの専属メイドかしら? あの女にはもったいないわね。そうよ。あのメイドもあたしが貰えばいいんだわ)
デボラはほくそ笑むと、部屋を出ていこうとする父親に声をかける。
「ねぇ、お父様。今出ていったメイドをあたし付きのメイドにしたいわ。もうあの人には専属メイドなんて必要ないでしょ?」
「確かにそうだな。わかった。マルセロに言ってハンナをデボラ付きのメイドにすると言いつけよう」
「ありがとう、お父様」
デボラに嬉しそうに抱きつかれて、ダリオはニコニコと笑ってみせる。
「ビアンカも少しは私に笑いかければいいのにな。まったく愛想のない奴だ」
「あら、嫌だわ。あんな人はお父様の娘じゃないわ。お父様の娘はあたし一人で十分でしょ?」
デボラがふくれっ面をしてみせると、ダリオは軽くデボラを抱きしめた。
「可愛い事を言う奴だな。確かに私にはデボラとミゲルがいれば十分だ。父上に命令されて作った娘なんて要らないさ」
『父上に命令されて作った娘』
その話を初めてダリオから聞かされたデボラは耳を疑った。
貴族が政略結婚をするという話は知っていたが、自分の両親が結婚を反対された挙げ句、別の女性と結婚させられ、子供を作らされたというのは初耳だった。
何でも結婚させられた相手に子供が出来るまで、両親は離れ離れにさせられたらしい。
しかも、別邸ではなく、下町の部屋を一室借りて貧しい暮らしをしていたと聞く。
この度、祖父とビアンカの母親が同じ日に亡くなったのは、きっと天罰が下ったに違いない。
デボラは漠然とそう考えていた。
ハンナがデボラの専属メイドになり、ビアンカもメイドとして働き始めたある日の事だった。
来客が来ると言うのでデボラ達は綺麗に着飾るようにダリオに言い付けられた。
よくよく聞いてみると、来客はロンゴリア侯爵家の息子でビアンカの婚約者だと言う。
(あの女に婚約者なんて生意気だわ。いい男だったらあたしがもらってあげようかしら?)
ダリオからは、くれぐれもビアンカとは仲良くやっているとアピールするように言われた。
デボラは少し面白くなかったが、自分を良くみせるためだと思い我慢した。
デボラ達釜応接室で待っていると少し遅れてビアンカが入ってきた。
ビアンカはダリオとパメラの間に座らされ、居心地の悪そうな顔をしている。
「いいか、これからカルロス様が来られる。余計な事は口にするなよ。わかったな?」
ダリオに脅され、コクリと頷いたビアンカは、パメラやデボラの装いを見て傷付いたような顔をしているのがたまらなく可笑しかった。
しばらく待っていると、マルセロに案内されて一人の少年が応接室に入ってきた。
デボラより一つ年上だと聞いていたけれど、少し大人びた印象のイケメンだった。
(あら、素敵。なかなかのイケメンじゃない)
カルロスはマドリガル家の事情を知っているようで、軽く驚いていたものの、特に取り乱したりはしなかった。
「カルロス様。ビアンカお姉様はとてもお優しいんですよ。こうしてご自分のドレスを貸してくださり、ネックレスもかけてくださったんですの」
デボラが身を乗り出すようにしてカルロスに話しかけると、カルロスは満足そうに頷いた。
「そうなんですね。皆様と仲良くやれているのならそれに越した事はありません。どうか、ビアンカをお願いします」
デボラはカルロスに向かってにこやかに微笑んだけれど、内心でははらわたが煮えくり返る思いだった。
(カルロス様に名前を呼び捨てにされるなんて、悔しいったらないわ。みてなさい。きっと、カルロス様を私の物にしてみせるわ。ふふっ、明日からの学校が楽しみね)
短い滞在時間で帰ってしまうカルロスを見送りながら、デボラは翌日からの学校生活を心待ちにするのだった。




