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3 邂逅

 ビアンカが自分の父親の存在を初めて認識したのは彼女が五歳の誕生日を迎えた後だった。


 その日、ビアンカはダンスのレッスンの為に侍女を伴って自室からダンスホールへと足を運んでいる時だった。


 ダンスホールは夜会に使われるため、屋敷の中の玄関に近い場所にある。


 もう間もなくダンスホールに到着するという所で玄関の扉が開いて誰かが入って来るのが見えた。


 妙にフラフラとした足取りで、着ているシャツもだらしなく着崩している。


 ビアンカの周りにいる人達にそのような格好で人前に出る者はいなかったので、ビアンカは驚いてその場で固まってしまった。


 通り過ぎるかと思われたその人物は、ビアンカの前で立ち止まった。


「…お前、ビアンカか?」


 初めて会った人物に自分の名前を呼ばれてビアンカは更に固まる。


 ビアンカの後ろから付いてきていた侍女のハンナがすかさずビアンカの前に立ち塞がる。


「ダリオ様、こちらにはおいでにならないようにと大旦那様から告げられたはずでは… キャアッ!」


 『ダリオ様』と呼ばれた人物はハンナを突き飛ばすと、ビアンカの腕を捻り上げた。


「痛い!」


 ビアンカが声をあげてもダリオはビアンカの腕を離さず、顔を近付けてくる。


 その鋭い眼差しにビアンカは怯えて声も出せない。


 酒臭い息と腕の痛みにビアンカは目に涙を滲ませる。


「相変わらずあの女そっくりだな。私に笑いかけもしないところもそっくりだ」


 もう片方の手がビアンカの顔に迫ってきた所で、「ダリオ!」と声がした。


 祖父の一喝でビアンカを捕まえていた手は離され、弾みでビアンカはその場に尻餅を付いた。


「ビアンカ様!」


 ダリオに突き飛ばされて同じく床に倒れていたハンナがビアンカの身体を抱きとめる。


 床に座り込んだままのビアンカの前でダリオと祖父が睨み合っていた。


「ダリオ! 何しに来た! この屋敷には立ち入るなと言ってあるだろう!」


 祖父は持っていた杖をダリオに突きつけるが、ダリオはそれを手で払い除ける。


「ここは私の家だ。入る権利はあるはずだ!」


「この屋敷に戻って来たかったら離れにいる三人を追い出せ! そうしたらこの屋敷に戻ってきていいぞ!」


「パメラは私の妻でミゲルとデボラは私の子供だ。本来ならば彼女達がこの屋敷に住む権利があるんだ!」


「勝手に子供を作っておいて何を言う!」


 祖父とダリオの罵り合いはどんどん苛烈になっていく。


 ビアンカはただ涙を浮かべて成り行きを見守るしかなかった。


「大旦那様、ここは私にお任せください」


 二人の間に割って入ってきたのは執事のマルセロだった。


「ダリオ様。あちらでお話を伺いましょう。ハンナはビアンカ様を頼みますよ」


 マルセロはすぐにダリオを連れて応接室へと向かった。


 ハンナはビアンカを立ち上がらせると、ドレスの裾を整えて、ビアンカに怪我がないか確認する。


 祖父は「ふうっ」と大きなため息を付くと、優しい目でビアンカを見下ろした。


「ビアンカ、怖かっただろう。大丈夫かい?」


 祖父の手が優しくビアンカの涙を拭ってくれて、ビアンカは小さく頷いた。


「あんな男でもお前の父親だ。いずれ会わせるつもりだったが、まさかこんな形で出会うとはな」


 ビアンカは最近まで父親という存在を知らなかった。


 物心ついた時から側にいる祖父母と母親だけが家族だと思っていた。


 けれど、様々な本や物語を読むにつれて、父親という存在がある事を知った。


(どうして私には『お父様』がいないのだろう?)


 疑問に思ったけれど、誰一人父親の事に触れてこないので、既にこの世にはいないのかもしれないと勝手に解釈していた。


 だが、実際はそうではなかったのだと思い知らされた。


 そして先程の父親の姿を思い出し、皆が自分に父親の存在を隠していた事を納得した。


 だが、父親の話の中でよく分からなかった事があった。


『パメラは私の妻でミゲルとデボラは私の子供だ。本来ならば彼女達がこの屋敷に住む権利があるんだ!』


 パメラと言う人が父親の奥さんならば、ビアンカの母親であるクリスティナは父親の奥さんではない事になる。


 だが、現在伯爵家の運営は祖父の後を引き継いで母親が行っているし、いずれはビアンカが受け継ぐ事になっている。


 そのためにこうして様々な事を習っているのだ。


 けれど、父親がこの屋敷に戻って来たら、ビアンカと母親はこの屋敷から追い出されてしまうのだろうか?


 ビアンカが不安そうに祖父を見上げると、祖父はビアンカを安心させるように頷いた。


「大丈夫だ。私の目が黒いうちはダリオ達は一歩たりともこの屋敷には踏み入れさせないからな」


 祖父の言葉に頷きつつも何処か不安を隠せないビアンカだった。


 この日を境に不幸の魔の手がじわじわとビアンカに詰め寄って来る事になるのだった。

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