25 離宮
ビアンカが外の景色を眺めていると、馬車はじきに王宮への門をくぐって行った。
(あら、ここは?)
何度か登城した事はあるが、こちらの門から入るのは始めてだった。
「こちらは離宮に繋がる門です。あちらでは他の貴族が出入りしていますからね」
ビアンカの疑問は顔に出ていたらしく、アベラルド王太子が説明してくれる。
確かに正面切って王宮に入るわけにはいかない。
アベラルド王太子とレオナルドだけならばともかく、そこにビアンカを連れているとなれば、『何事か?』と要らぬ憶測を呼ぶに決まっている。
(まだ、婚約者が決まったとは聞いていないけれど、もしかしたら内定している方がいるかもしれないわ。それなのに私と一緒にいる所を見られたら変に誤解させてしまうかもしれないわ。…こうして助けていただいただけでも有り難いのに、これ以上ご迷惑はかけられないわ)
ビアンカはアベラルド王太子に向かってニコリと微笑んだ。
「お気遣いいただきありがとうございます、アベラルド様」
「あ、いや。問題ありません」
少し口籠ったアベラルド王太子の返事に小首をかしげつつも、ビアンカは初めて見る離宮を眺めた。
他国からの賓客が宿泊する事もあるという離宮は、小さいながらも豪奢な佇まいを見せている。
それに目を奪われていると、程なくして馬車は玄関の前で止まった。
扉が開かれると真っ先にレオナルドが降り立ち、続いてアベラルド王太子が馬車から降りるなり、クルリと振り返りビアンカに手を差し出してきた。
(…こんな格好でこの離宮に入るなんて、申し訳ないわ…)
ビアンカは今一度、視線を落として自分の着ている服を見つめた。
孤児院に置いてある服はビアンカには少し小さかったので、モニカが町の古着屋で買ってきてくれたものだった。
あまりビアンカの好みではなかったが、お世話になっている手前、嫌だとも言えなかった。
「どうしましたか、ビアンカ嬢?」
俯いたビアンカにアベラルド王太子が心配そうな顔を見せる。
「…あ、いえ、何でもありません」
そう答えてアベラルド王太子の手に自分の手を重ねたビアンカは、更に気持ちを沈ませた。
(…さっきはあの場所から逃げ出すのに必死で気付かなかったけれど、こうして見ると私の手って結構荒れていたのね…)
伯爵家にいた時は使用人にも手荒れ防止のクリームを使わせていた。
訪れた客人に荒れた手を見せないためだ。
だが、孤児院ではそんな余裕などない。
モニカや他の子供達は毎日の水仕事で、ガサガサの手をしていた。
それに比べればビアンカの手はまだマシな方だが、貴族女性としてはあり得ないだろう。
そんなビアンカの気持ちを知ってか知らずか、アベラルド王太子はビアンカの手を取ったまま、開かれた玄関へと向かう。
「お帰りなさいませ、アベラルド様」
少し年嵩の女性が、ビアンカ達を出迎えてくれた。
その後ろには数人のメイドが並んでいる。
「やぁ、イリス。早速ですまないがビアンカ嬢を頼む」
アベラルド王太子に請われ、イリスはビアンカに向かって微笑みながら手を差し出してきた。
「お任せくださいませ。ビアンカ様、こちらへどうぞ」
アベラルド王太子の手から、イリスの手へとビアンカの手が渡される。
「あ、あの、アベラルド様?」
戸惑うビアンカにアベラルド王太子が柔らかく微笑んだ。
「色々と疲れておいででしょう。まずはゆっくりと身支度を整えてください」
そのままイリスに手を引かれて、ビアンカは離宮の中を歩き出した。
ビアンカの後ろからゾロゾロとメイド達が続いて来る。
イリスに手を引かれて連れて行かれたのはお風呂場だった。
「ビアンカ様、お召し物を脱がせても構いませんか?」
「い、いえ、自分で…」
「まあ、そうおっしゃらずに」
自分で脱ごうとするビアンカよりも先に、手慣れた様子でイリスと他のメイドが手早くビアンカの服を脱がせた。
こんな風にメイド達にお風呂の世話をされるのは、祖父と母親が亡くなって以来だ。
少し気恥ずかしい思いをしながらも、ビアンカは浴室に連れて行かれ、全身を洗われた。
ゆったりとした気分で湯船に浸かっていると、この数年間の疲れが取れるような気分になった。
(ああ、気持ちいいわ。こうしていると今までの事がまるで夢みたいだわ)
湯船から上がると全身を拭かれ、下着が着けられた。
伯爵家で着ていたよりも格段上の手触りに、ビアンカはうっとりとしてしまう。
落ち着いたデザインのドレスに身を包み、髪を整えられるためにドレッサーの前に座ると、不意に正面の鏡にキラリと光る物が目に入った。
(え?)
そこにはビアンカに向けてハサミを振り上げるメイドの姿があった。