24 移動中の話
玄関に向かうと、オークションに参加していた人達が騎士団の馬車に乗せられている所だった。
中には抵抗して逃げ出そうとしたのか、地面に押さえつけられている人もいた。
そんな喧騒を尻目にアベラルド王太子は少し離れた場所に停められている馬車にビアンカをいざなった。
お忍び用なのか、紋章もないシンプルなデザインの馬車だったが、内装は贅の尽くされたものだった。
アベラルド王太子に手を取られ、馬車の中に腰を下ろしたビアンカは、その座り心地の良さに内心驚いていた。
アベラルド王太子とレオナルドがビアンカの向かいに座ると、馬車はゆっくりと動き出した。
騎士団に引き渡される事もなく、拘束もされない事で、ビアンカはようやくアベラルド王太子が自分を捕まえに来たわけではないようだと悟った。
「…あの、アベラルド様。これから私はどうなるのでしょうか? 異母兄の殺害未遂で強制労働所送りになったはずなんですが…」
ビアンカが恐る恐る尋ねると、アベラルド王太子は酷く真剣な顔をした。
「その事なんだが、ビアンカ嬢は本当に異母兄を傷付けたのか?」
アベラルド王太子に問われて、ビアンカはその時の事を思い出そうとした。
だが、思い出せるのは異母兄の部屋を訪ねた事と、気付いたらナイフを握っていた事だけだ。
「…それが、私にもよくわからないんです。気が付いたら私がナイフを握っていて、異母兄がお腹を押さえてうずくまっていました。その後、入ってきた騎士に取り押さえられたんです」
ビアンカの答えにアベラルド王太子は軽く頷いた。
「そうか…。実は君の異母兄であるミゲルの治療をしたはずの人物が見当たらないんだ。知っている通り、治癒魔法を使える者は限られている。だが、誰もミゲルを治癒したとは言っていない。にも関わらず、ミゲルは事件の翌日から遊び歩いているという噂があるんだ」
アベラルド王太子の言葉にビアンカは目を瞬いた。
あの時、ミゲルの身体からは大量の血が流れていた。
それに苦しそうに呻いているミゲルの姿も…。
ビアンカの手やナイフにも血が付着していたのだ。
だとすれば、あれはすべて幻覚だったのだろうか?
「ビアンカ嬢、ミゲルの部屋に入った時に、何か違和感は無かったかい?」
レオナルドに聞かれて、ビアンカはもう一度考え込む。
「…そういえば、何か甘いような匂いが…」
男性の部屋にしては珍しいな、と思った事を思い出した。
その答えを聞いて、アベラルド王太子とレオナルドは顔を見合わせて頷いている。
「どうやら幻覚剤が使われたみたいだね」
「幻覚剤? どうしてそんな…」
困惑するビアンカに、レオナルドが更なる衝撃を投げかける。
「ビアンカ嬢はご自分が次期伯爵家当主だと知っていましたか?」
「…え?」
レオナルドの言葉がにわかには信じられなかった。
確かに父親は別邸で暮らしていたし、祖父と仲が良いとはお世辞にも言えなかった。
だが、まさか祖父が父親を差し置いて自分を次期伯爵家当主にしているとは、ビアンカには思いもよらなかった。
確かに祖父も母も呆気なく急死してしまったから、そんな話をする間も無かったのだろう。
「ビアンカ嬢の事件が起こる前に、次期当主の名前がビアンカ嬢からダリオ殿に書き換えられているんだ。そうなると、ビアンカ嬢の事件も仕組まれた可能性が高い。ビアンカ嬢には辛い事かもしれないが…」
アベラルド王太子が気の毒そうに告げるのを、ビアンカは首を振って薄く微笑む。
「いいえ。父が私を嫌っている事は小さい頃から知っていました。祖父と母が亡くなってからは、あの家には私の居場所なんてありませんでしたもの。ただ、世間体の為に私をあの家に置いていただけです。学校を卒業してからは、使用人扱いでした」
ビアンカの告白にアベラルド王太子とレオナルドは憤慨している。
「何という事だ! レオナルド! 王宮に戻ったらビアンカ嬢が無実だという証拠を集めるんだ!」
「どれだけ証拠が残っているかはわかりませんが、頑張ります」
レオナルドが無茶振りされているようで、ビアンカはハラハラしたが、自分に非がない事を証明してもらえるのは有り難かった。
ビアンカはホッと息を吐くと、ぼんやりと景色を眺めた。




