22 救いの手
ビアンカが中央に立たされると、仮面を着けた人々の好奇の目が一斉にビアンカに向けられた。
上から下から、舐め上げるような視線にビアンカはいたたまれなくなるが、後ろに立つ男によって身動き一つ許されなかった。
こんな場所に立たされているというのに、ビアンカには何処か夢を見ているような気分だった。
自分の身に起きている事なのに、何処か現実離れしている。
「さあ、皆さん。本日最後の商品です。少し歳は上ですが、なかなかお目にかかれない逸品ですよ。こちらも一万ゼニーから行きましょう!」
主催者の男の言葉が終わらないうちに、すぐに会場から「二万!」「三万!」と競り上がっていく。
その中に女性の声も混ざっている事に、ビアンカはゾッとした。
(女の人までもが、私を買おうとしているの?)
世の中には同性にしか愛情を抱けない人達も一定数いると聞く。
今、ビアンカを買おうとしている女性もそのうちの一人なのだろうか?
勿論、男の人になら買われてもいいというわけではない。
ただ、若いというだけで買われるのならば、ある程度歳を取ると簡単に捨てられるか殺されるかするのだろう。
このまま誰かに買われれば、その屋敷に閉じ込められ、一生陽の目をみないまま過ごす事になる。
そんな未来を予想して、ビアンカはただこの身の上に起こる不幸を嘆くしかなかった。
そんなビアンカの心を他所に、オークションは更なる盛り上がりをみせている。
「二百万! 二百万が出ました。他にはいらっしゃいませんか?」
(私の命は二百万ゼニーの価値しかないのね…)
今日、競りにかけられている中ではダントツの金額ではあったが、ビアンカにはそんな事は関係ない。
自分の命の値段を突き付けられたようで、ビアンカは愕然とした。
主催者の男が更に声を張り上げようとした時、突然バンッ!と扉が開いた。
「全員、その場を動くな! 人身売買の現行犯で逮捕する!」
突然響いたその声に会場にいた人々はパニックになった。
別の出入口へ我先に逃げようと殺到するが、そちらにも既に手は回されていたようで、怒号が響く。
(もしかしたら、騎士団かしら? 良かった、助かったわ…)
一瞬、ビアンカはそう安心したが、すぐに今の自分の立場を思い出した。
(私は崖から落ちて死んだ事になっている筈だわ。そもそも強制労働所に連れて行かれる所だったのに、このままでは最初の予定通り強制労働所に送られるのかしら?)
逃げようとする人々を抑え込む騎士団、まるで戦場のような光景に呆然としているビアンカに、突然後ろからナイフを突き付けられた。
「おい、動くなよ。動いたらこいつで刺すからな!」
主催者の男にナイフを突きつけられているとわかったビアンカは、無言のまま頷く。
そんなビアンカと男の前に、一人の男性が躍り出てきた。
(…アベラルド様!?)
ビアンカはその男性が誰であるか理解すると、驚きで目を見張った。
まさか、こんな所でアベラルド王太子に会うとは想像すらしていなかった。
「その手を離せ! 大人しく観念しろ!」
アベラルド王太子の牽制に男は更にナイフをビアンカの頬に突き付ける。
「うるさい! さっさと道を空けないとこの女の顔に傷が付くぞ!」
男の脅しにアベラルド王太子は「くっ!」と唇を噛みしめる。
(私の事はいいから、この男を捕まえて!)
そう思いを込めてビアンカが首を振ったが、アベラルド王太子は何故か一歩後ろに下がってしまった。
「そうそう。それでいいんだよ。さあ、もっと下がるんだ」
男が一歩前に出ると、それに合わせてアベラルド王太子も一歩下がる。
ビアンカは何とかして男から逃れようとするが、後ろ手に手枷を付けられていてはどうにも出来ない。
会場にいる人々は次々と騎士団によって、拘束され会場から連れ出されている。
残っているのはビアンカとこの男だけのようだ。
(どうにかしなくちゃ…)
ビアンカが考えを巡らせていると、ナイフを持った手が目に入った。
(今だわ!)
ビアンカは少し顔を動かすとその手に思い切り噛み付いた。