20 調査
レオナルドは王宮に戻ると、アベラルド王太子と別れて法務局の事務室に向かった。
アベラルド王太子は待ち構えていた文官にいい笑顔で出迎えられ、そのままガシリと腕を取られていたから、きっと書類の山が待っているのだろう。
(流石にあの書類の山は手伝えないからな。頑張ってくれよ…)
レオナルドは心の中でアベラルド王太子に合掌しつつ、廊下を急いだ。
(ロサリオ孤児院か…。何かめぼしい物があればいいんだが…)
アベラルド王太子にああ言った手前、何も無かったなどとは言いたくない。
事務室に入ると孤児院関連の書類を探した。
「何だ、レオナルド。戻ってきたと思ったら何を探しているんだ?」
書類に目を通していた先輩事務官が、訝しげにレオナルドを見つめてくる。
「いえ、ロサリオ孤児院について調べているんですが、何も問題は無かったですかね?」
「…ロサリオ孤児院…」
先輩事務官は呟いたまま、顎に手を当てて考え込んでいる。
待っている間を惜しんで書類を捲っていると、「そういえば…」と声がした。
クルリと振り向くと別の事務官がレオナルドに視線を向けてきた。
「あそこの院長、やけに金使いが荒いって聞いた事があるぞ。そのくせ、子供達の衣服や食事は粗末な物が与えられているって…」
「それは、孤児院の運営費を搾取してるって事ですか?」
レオナルドが勢い込んで問うと、別の事務官は首を捻った。
「そこまではわからないけれど、高いワインや宝石類なんかを買い漁っているって話だ。運営費を搾取してるにしても、ちょっと桁が違い過ぎると思うが…」
孤児院には国から孤児一人に対して幾らかの補助金が出されている。
半年毎に孤児の人数を確認して支払われているので、搾取するにしてもそれほど高額にはならないはずだ。
孤児の人数を誤魔化そうにも、調査官が人数を確認しに行くので、不正は出来ない。
孤児の人数を少なく申請する事は出来ても、増やす事は無理だ。
貴族からの寄付にしても、そこまで高額な金額が支払われているとは考えにくい。
「つまり、何らかの不正を働いてそんな高額を得ているという事ですか?」
先輩事務官はレオナルドの言葉に肩を竦める。
「そこまでは分からないな。何なら卒園者に話を聞いてみたらどうだ? 孤児院の卒園者の就職先の一覧表が何処かにあったはずだ」
孤児院に国が補助金を出しているため、卒園者の就職先も報告するように義務付けられている。
レオナルドは一覧表から何人かの就職先をピックアップすると、話を聞きに向かった。
だが、レオナルドはそこでおかしな事に気付く。
ピックアップした人物の中に、申請された就職先にいない者がいたのだ。
そこを辞めて他に転職したのならまだわかるが、そうでは無かった。
訪ねた先で返ってくる答えはすべて同じだった。
「そんな人物はうちでは雇っていない」
そうなると嘘の報告をされている事になる。
最初からいない人物ならば、就職先の報告がされる事はない。
孤児院にいたから、こうして名前が上がっているのだ。
それでは、彼等は一体何処へ消えたのか?
レオナルドは次に訪ねた卒園者に、見つからなかった人物について聞いてみた。
「この人達の事、覚えているかな? 何処に就職したか聞いてる?」
聞かれた子は、レオナルドの問いに首を振った。
「何処に勤めているかは聞いてない。だけど、この人達はみんな、可愛いって評判だったよ」
就職先が掴めなかった人物は美男美女揃いだった。
(これはどういう事だ? …まさか、人身売買か!?)
法務局でも時折そんな噂を聞いていた。
だが、実際に身内が人身売買されたという訴えは無かった。
だが、孤児ならば…。
(くそっ! 人身売買が行われているのなら、俺の手には余るぞ! それにビアンカ嬢があの孤児院にいるならば間違い無く売られる!)
レオナルドは急いで王宮に引き返した。
自分達の訪問でロサリオ院長は、取引を早めるに違いないと踏んでいた。
(頼むから間に合ってくれよ)
レオナルドは祈るような思いでアベラルド王太子の執務室に向かった。