19 訪問
ロサリオ院長は院長室の窓から外を見やった。
孤児院の門の前に妙に立派な馬車が止まった。
(誰だ? 見たことも無い馬車だな。訪ねてくる予定の客もいないはずだが…?)
じっと馬車を見ていると、御者が扉を開けて中から若い男性が二人降りてくる。
見るからに貴族と分かるような佇まいだ。
(…もしや、カリナを探しに来たのか?)
それ以外にこんな孤児院に若い男性が訪れる理由など思い浮かばない。
カリナを保護したのも、手枷を付けられていた事から訳ありだと分かっていた。
カリナという名前もおそらく偽名だろうと、ロサリオ院長は踏んでいた。
(せっかく上玉を手に入れたのに、オークションの前に掻っ攫われるのは堪ったもんじゃないな。適当に追い払うか)
幸い、今カリナはモニカや他の子供達と一緒に裏の畑で作業をしている。
すぐにはここに戻って来ないはずだ。
ロサリオ院長は鏡の前で人当たりの良さそうな笑顔を作ると、客を出迎える為に院長室を後にした。
*****
「ここが、孤児院か…」
釣師から話を聞いてアベラルド王太子はレオナルドと共に馬車に乗って孤児院を訪れた。
門の前で馬車を降りると、二人で連れ立って孤児院の入り口に向かう。
レオナルドが呼び鈴を押すと、それほど間を置かずに扉が開いた。
どうやら孤児院の中からアベラルド王太子達が来るのが見えていたようだ。
顔を現したのはでっぷりと肥えた壮年の男性だった。
人当たりの良さそうなニコニコとした笑顔をアベラルド王太子達に向けている。
「いらっしゃい。院長のロサリオと申します。こんな若い方が孤児院に何か御用ですかな?」
笑顔ではあるが、訝しげな視線をアベラルド王太子達に向けてくる。
自分達のような若い男性が孤児院を訪れるなど、あまりないせいだろうとアベラルド王太子は解釈した。
「突然訪ねて申し訳ない。実は人を探しているのだが、最近この孤児院に若い女性が来なかっただろうか?」
アベラルド王太子の質問にロサリオ院長は「はて?」と首を傾げた。
「若い女性ですか? ここは孤児院ですから、十五歳以下の方しか受け入れてはいないんですがねぇ」
当惑したようなロサリオ院長の表情にアベラルド王太子はがっくりと肩を落とす。
「…そうですか。…どうもお邪魔しました」
「いえいえ、お役に立てずに申し訳ありません」
ペコペコと頭を下げるロサリオ院長に背を向けてアベラルド王太子は馬車に戻る。
後から追いかけてきたレオナルドが、馬車に乗り込むなりアベラルド王太子の耳に口を寄せた。
「おい、あの院長、なんか怪しいぞ。お前が背を向けた途端、妙にホッとした顔をしてたぞ」
レオナルドの指摘にアベラルド王太子は「えっ?」と顔を上げる。
「いいから、先に馬車を出させろ。まだ、こっちを見てるぞ」
レオナルドに言われてチラリとアベラルド王太子が目をやると、入り口に佇んでいるロサリオ院長の姿があった。
アベラルド王太子が馬車を走らせると、ようやくロサリオ院長は孤児院の中に入って行った。
「こっちが居なくなるのを待っていたみたいだな。だとすると、あの孤児院にビアンカ嬢がいるのは間違いないのか?」
「可能性は高いな。だが、確証も無いのに孤児院に踏み込むわけにはいかないだろう。間違いだった場合、お前が王太子だとバレたら後々面倒な事になるからな」
レオナルドの言う事も最もだとアベラルド王太子は思った。
将来、国を治める王太子が、何の確証もないまま、孤児院に踏み込んだなどと分かれば問題視されるだろう。
ましてやビアンカの捜索自体、極秘で行っているのだから、慎重に進める必要がある。
「とりあえず、あの孤児院について調べてみるよ。少しでも問題があれば、それを理由に孤児院を捜索する口実になるしな」
「わかった。レオナルド、よろしく頼む」
頭を下げるアベラルド王太子の肩をレオナルドはポンと叩いた。
「任せとけって。それよりもその姿を宰相に見つかるとまた眉を吊り上げられるぞ。『王族は簡単に頭を下げてはなりません』ってな」
レオナルドが宰相の口調を真似ると、アベラルド王太子はフッと笑いを漏らす。
「確かにな。だから内緒だぞ」
「了解」
アベラルド王太子は少し軽くなった気分で、王宮へと戻って行った。
*****
アベラルド王太子達が乗った馬車が孤児院の前から出発したのを見届けると、ロサリオ院長はようやく扉を閉めて中に入った。
(やはり、あの二人はカリナを探しに来たんだな)
上手く誤魔化せたと思うが、もう一人の男の視線がやけに気になった。
(見るからに貴族みたいだったな。もう来ないかもしれないが、オークションの開催を早めた方がいいかもしれないな)
ロサリオ院長は、院長室に戻ると書類をパラパラと捲った。
(次のオークションの会場は、何処だったかな? 主催者に日時を早めるように連絡しよう)
幸か不幸か。
ロサリオ院長はアベラルド王太子の顔を知らなかった。