17 新生活
孤児院で子供達の世話をする事になったビアンカだったが、今まで小さい子供に接する事がなかったので戸惑う事ばかりだった。
この孤児院には乳飲み子から十五歳までの子供達が暮らしている。
十五歳になれば、それぞれ働き口を見つけて自立して行く。
学校には通えないのでこの孤児院で読み書きや計算を教えているそうだ。
子供達の中には十歳くらいから見習いとして、働きに出ている子もいた。
「カリナは子供の世話をした事があるかい?」
院長先生に問われてビアンカは首を振る。
「いえ、やった事はありません」
うっかり喋りすぎないように、、ビアンカは最低限の言葉だけを発する。
「そうか。慣れないうちは大変だと思うが、おいおい仕事を覚えてくれると助かるよ。子供達には私が勉強を教えているんだが、もし良かったらカリナが教えてやってくれないか?」
院長先生に請われてビアンカは咄嗟には返事が出来なかった。
(私が勉強を教えられるとわかっているのかしら? でも小さい子供の世話よりは、勉強を教える方が良いかもしれないわ)
少し迷った挙句、ビアンカは頷いた。
「人に勉強を教えた事はないんですが、やってみます」
ビアンカの返事に院長先生は満足そうに目を細めた。
ビアンカは子供達に勉強を教える事になったが、なかなかに大変な事だった。
子供達は年齢が違う上に、勉強の内容も変わってくる。
質問攻めにしてくる子もいるし、すぐに飽きて外に出てしまう子供もいる。
(子供達に勉強を教えるのがこんなに大変だとは思わなかったわ)
院長先生は独身のようで、小さな子供の世話は基本、大きな子供達が手分けしてやっていた。
ビアンカも勉強を教えながら、子供達の世話を手伝う。
食事の支度や掃除洗濯など、やらなければいけない事は山程あった。
時々、町のボランティアの女性が手伝いに来てくれるらしいが、毎日ではないようだった。
(ボランティアなら仕方がないわね。誰だって自分の生活が一番だもの)
孤児院の運営費も国からの支援金や募金などに頼っている現状らしい。
少しでも食費を浮かす為に孤児院の畑で野菜を作ったりしている。
そんな畑の世話もビアンカにとっては初めての事だった。
始めての事ばかりで戸惑いながらも、ビアンカは楽しい日々を過ごしていた。
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孤児院に隣接している自宅で、院長のロサリオは客人と話をしていた。
「そろそろ次の娘を入れたいんだが、よさそうな子はいるか?」
客人の問いかけにロサリオはニヤリと口角をあげる。
「ああ。もうじき十五歳になる娘がいるよ。それとちょっと年上だが、なかなかの上玉が手に入ってね。こいつはなかなか高く売れそうだぞ」
「そいつは楽しみだ。どんな娘かちょっと見て見たいな」
客人の問いかけにロサリオはブンブンと首を振る。
「変に警戒心を持たれたくはないから近寄ってくれるなよ。もっとこちらを信頼させないとな」
ロサリオの言葉に客人はククッと笑いを漏らす。
「手枷を嵌められていた罪人だって? 逃げてきた先がまさか人身売買の館だとは思ってもみなかっただろうな?」
「逃げた時点で殺されても文句は言えないんだ。助けてやった上で騎士団に突き出さないだけでも有り難く思ってもらわないとな」
ロサリオはでっぷりと太った腹を揺すって笑う。
外観は質素な造りでも、一歩中に入ると豪華な調度品が幾つも並べられている。
表向きは孤児院の経営で苦労していると思わせておいて、実際は子供を売って金を稼いでいた。
見目麗しい子は男女関係なく、人身売買のオークションにかけて売っていた。
ビアンカを拾ったのも、ビアンカの容姿が人より優れて美しかったからだ。
手枷が騎士団によるものだと分かっていて保護をしたのは、そのためだ。
「私が味見出来ないのが残念ですよ。生娘じゃないと価値が下がりますからねぇ」
笑いながらロサリオは手元のワインに口をつける。
(あの娘を売ったら更に美味しいワインが飲めそうだ)
ロサリオは頭の中で計算をしながらワインを飲み干した。