16 救出
目を開けたビアンカは、見覚えのない天井に困惑していた。
少し頭を動かして辺りを見回すと、殺風景な部屋のベッドに寝かされているのがわかった。
(ここは何処? 私は一体どうしてここにいるのかしら?)
すぐには自分の置かれた状況が思い出せなかった。
(…そうだわ。…確か強制労働所に移送される事になって…。そうしたら途中で殺されそうになったから、崖から飛び降りたんだったわ。あ、そういえば手が…)
ビアンカは手を拘束されたまま逃げた事を思い出し、慌てて自分の手を確認した。
手首に跡が残っているものの、拘束具は見当たらなかった。
(…誰かが外してくれたのかしら。…それにしても、ここは何処かしら?)
ビアンカはゆっくりとベッドに起き上がった。
少し頭がくらりとしたが、起き上がれない程ではなかった。
ベッドに起き上がったビアンカは、ふと自分の着ている服が目に入った。
寝間着のような物を着せられているが、こちらも随分と質素な作りの物だった。
下着もどうやら着替えさせられているようだ。
(これを着替えさせてくれた人がいるのね。有り難いけれど、意識がないまま着替えさせられているって恥ずかしいわ)
見知らぬ誰かに裸を見られたと思うと有り難いよりも先に恥ずかしさが込み上げてくる。
(このままここに居ても仕方がないわ。助けてもらったお礼を言いにいかないと…。だけど、勝手に家の中をうろついて大丈夫かしら?)
ビアンカがベッドから立ち上がろうとした所で扉が開いて、ビアンカより年下の少女が顔を見せた。
「…あ」
少女はビアンカがベッドに起き上がっているのを見ると、くるりと身体の向きを変えた。
「院長先生、目を覚まされましたよ」
後ろに向かって呼びかけていたが、程なくして恰幅のいい老人が姿を現した。
「おや、目が覚めたかね。子供達が『ずぶ濡れの女の人が倒れている』と報告に来たから見に行ったら、君が倒れていてね。ここに連れてきたんだよ。あのままにしておけないから勝手に着替えさせたが、私は関与していないから安心しておくれ。この子と別の女の子がやってくれたからね」
最初に部屋に入って来た子がビアンカに向かってペコリと頭を下げた。
老人の説明にビアンカは少しばかりホッとした。
「助けていただいてありがとうございます。…あの…」
何をどう話していいか分からず、ビアンカは口ごもる。
「手枷を付けられていた所を見ると、人さらいにでもあったのかね? 名前を聞いてもいいかな?」
老人に罪人だと思われていないと分かって少しホッとしたが、ここで本当の名前を言って良いものかどうか迷った。
あの騎士達はビアンカが死んだと思っているかも知れないが、誰かが死体を捜索に来ないとも限らない。
この近くに来られて、ビアンカと言う存在がここに居ると知られれば、この老人達に迷惑がかかるかもしれない。
ビアンカは本名を名乗らずにやり過ごす事にした。
幸い着ていたのはメイドのお仕着せだから、まさか伯爵令嬢だとは思われないだろう。
「私はカリナと言います。親を亡くして働きに出るつもりだったのですが、拘束されて何処かに連れて行かれそうになって、必死で逃げてきました。…だから、あの…」
ビアンカが言い淀むと院長先生と呼ばれていた老人は、ビアンカを安心させるように頷いた。
「そうだったのかね。安心しなさい。君を突き出したりはしないよ。ここは町外れにある孤児院でね。身寄りのない子供達が暮らしているんだ。カリナさえ良ければ、ここで子供達の世話をしてくれると助かるよ。ああ、名乗るのが遅れたね。私はここの院長をしているロサリオだ」
院長の提案にビアンカは一も二もなく了承する。
「わかりました。ロサリオ院長先生。どうかよろしくお願いします」
(いつまでこの孤児院にいられるかはわからないけれど、助けてもらった以上、精一杯お世話をするわ)
こうして、身分を隠したままビアンカは孤児院で生活する事になった。