14 崖
馬車はガタゴトと音をたてて走っている。
先ほどから揺れが酷くなってきた事から察するに、どうやら郊外に出たようだ。
外がまったく見えないので、郊外の何処を走っているのか、ビアンカには見当もつかなかった。
ただ、坂道を上がっているような感覚を覚えた。
ビアンカは揺れで舌を噛まないように気をつけながら、隣に座る騎士をチラリと見た。
騎士は腕を組んだまま、じっと目を瞑っている。
そういえば、もう一人騎士がいたはずだが、彼はどうしたのだろうか?
(もしかしたらもう一人の騎士が御者をやっているのかしら?)
ビアンカは改めて馬車の中を見回した。
窓はないがそれでも中が明るいのは、明かり取りの為に天井の一部が硝子張りになっているからだ。
扉は騎士が座っている側のみでビアンカ側には出入口はない。
たとえ騎士が深く眠り込んでいるにしても、扉を開けて逃げる事は出来ない。
馬車は走り続けているし、ビアンカの両手は拘束されたままだからだ。
拘束されていなかったにしても、走っている馬車から飛び降りるのは危険すぎる。
どうにかして抜け出せないかと考えていたビアンカだったが、逃げられないとわかり諦めて目を閉じた。
馬車の揺れが酷いので眠れないかと思っていたが、やがてビアンカはうつらうつらとし始めた。
どのくらい経ったのか、不意に馬車が止まった。
(もう、着いたのかしら?)
ビアンカが瞼を開けると、隣の騎士が、大きく伸びをした。
「やっと着いたか」
やれやれとばかりに騎士が呟くと同時に馬車の扉が開かれた。
もう一人の騎士が顔を見せる。
「着いたぞ、女を降ろせ」
「了解っと。さぁ、降りて貰おうか」
騎士が降りた後に続いて馬車を降りたビアンカは周りの景色に戸惑った。
「…ここは?」
降ろされた場所は何故か崖の上だった。
こんな所に強制労働所があるのだろうか?
不思議がっているビアンカに、騎士達が不敵な笑みを浮かべる。
「可哀想だが依頼主からの頼みでね。お前を殺してくれってさ」
「頼まれたが、流石に自分達の手を汚すのは気が引けるからな。お前にはここから飛び降りて貰うよ」
ジリジリと二人に追い詰められて、ビアンカは崖を背に後ろに下がる。
二人の間をすり抜けて逃げようにも、彼らの手には剣が光っている。
あの剣で身体を切り裂かれたくはなかった。
一歩、また一歩と剣を携えた騎士達がビアンカに迫ってくる。
その度にビアンカも後ろに下がるが、とうとう後ろに地面が無くなった。
チラリと崖下に目をやったが、遥か下にごうごうと音をたてて川が流れていた。
「私がいなくなったら、あなた達が責任を問われるんじゃないの?」
ビアンカは必死で騎士達を説得しようと試みる。
「そのへんはちゃんと言い訳を考えているさ。馬車の車輪が外れて修理をしている間にお前が逃げようとして、誤って崖から落ちたって言うのさ。依頼主にはお前が斬られた弾みで崖から落ちたと言えばいいしな。剣に其の辺の小動物の血でもつければバレっこないさ」
騎士達はビアンカを斬るつもりはないと言っているが、逃げようとした時点でその剣を振り下ろしてくるに違いない。
ビアンカは迷った。
(二人の隙を見て逃げようとしてもすぐに追いつかれるわ。あの剣で斬られれば死んでしまうかも…。それならば、いっその事ここから飛び降りた方が助かる可能性はあるわ。だけど、あんな急な流れで助かる事が出来るのかしら?)
川の中は所々岩が見える。
あの岩に叩きつけられて無事では済まないかもしれなかった。
(斬られる位なら飛び込んだ方がマシだわ)
更に騎士達が迫って来た時、ビアンカはクルリと背を向けると、川に向かって飛び込んだ。
騎士達の目の前からビアンカの姿が見えなくなって数秒後。
ドボン、という水音が聞こえた。
「飛び降りたか」
「死んだかな?」
騎士達が崖の上から下の川を見下ろすと、川面にビアンカの服が見え隠れした。
流れが速いため、あっという間にその姿はどんどん下流に流される。
「あの様子を見ると死んだみたいだな」
「顔が浸かったままだったからな。おそらく溺れて死んだんだろう」
騎士達は崖から離れると馬車の所に戻った。
「さて…。ちょっとこの辺りで小動物を仕留めるか」
「そのまま依頼主の所に行って金を貰おうぜ。騎士団への報告はその後でいいだろう」
「どうせ、罪人だしな。女一人が死んだ所で誰も気に留めないさ」
騎士達は笑いながら小動物を探しに行った。