12 事件
卒業式を終えると、ビアンカ達は在校生が作る花道の中を通ってホールの外へと向かう。
誰もが在校生から声をかけられる中、ビアンカだけは誰からも祝福の声をかけられなかった。
ホールの外で卒業生達が集って思い思いに話をしている中をビアンカは小走りで突っ切ると馬車に飛び込んだ。
一刻も早くこの場所から立ち去りたかったが、デボラが戻ってこない以上、馬車が走り出す事は無い。
ようやく戻って来たデボラは、両腕に抱えきれない程の花束を持っていた。
「やだわ。皆、あたしと別れるのが寂しいって泣くのよ。困っちゃうわよね」
これ見よがしに花束を見せつけてくるデボラにビアンカが声を震わせた。
「…どうして、あんな事を…」
「ただの演出よ。ああすれば噂話に信憑性が増すでしょ?」
「噂話はデボラが否定してくれたんじゃなかったの!?」
デボラに土下座をしてまでお願いしたのに、噂話が無くなるどころかビアンカの知らない所で大きくなっていたとは想定外だった。
声を震わせるビアンカをデボラは小馬鹿にしたような目で笑う。
「そんなもったいない事するわけないでしょ。皆には『お姉様の耳に入るともっと酷い折檻をされるのでどうか止めてください』って泣きながら訴えただけよ。それにしても皆チョロいわね。私の話をあそこまで信じるなんてね。ウフフッ」
楽しそうに笑うデボラにビアンカは思わず掴みかかろうとした。
しかし、それよりも先にデボラの平手打ちがビアンカの頬を叩く。
「キャアッ!」
たまらずビアンカは座席に倒れ込む。
デボラに打たれた頬がジンジンと痛い。
「あたしに手を挙げるなんていい度胸をしてるわね。覚えてなさい。帰ったらお父様に言いつけてやるわ」
デボラに宣言され、ビアンカは打ちひしがれた。
学校を卒業した今、これからはメイドとして働かされるに決まっている。
カルロスとは定期的に会っているけれど、二人きりになる機会もなく、ビアンカは自分の今の現状を伝えられていない。
二ヶ月後のビアンカの誕生日までに、今の状況が変わるとはとても思えなかった。
それでもカルロスとビアンカの結婚は反故に出来ない約束になっている以上、覆る事はないとビアンカは信じていた。
馬車が屋敷に着くとデボラが真っ先に降りて、迎えに出ていた父親に先程の事を伝えたようだ。
ビアンカが恐る恐る馬車から降りると、近寄ってきた父親に思いっきり張り倒された。
「キャアッ!」
先程デボラに叩かれた所を更に叩かれ、ビアンカは地面に倒れ込んだまま、起き上がれずにいた。
「デボラに手を挙げようとするなんてとんでもない奴だ! 罰として今日は食事は抜きだ! さっさと着替えて仕事をしろ!」
父親の後ろにいる義母とデボラがクスクスと笑いながらビアンカを見下ろしている。
ビアンカはヨロヨロと立ち上がると、着替える為に使用人棟の自分の部屋に向かった。
着替えていつもの仕事場に向かうと、そこへ執事のマルセロがやってきた。
「ビアンカ様。今日からミゲル様の専属になるようにと奥様から通達がありました。これからミゲル様のお部屋に向かってください」
マルセロに告げられ、ビアンカは一瞬躊躇った。
ミゲルは学校を卒業してからというもの、何もせずに屋敷でゴロゴロとして過ごしている。
それに時々、ビアンカを舐め回すような目で見てくるのが気持ち悪かった。
だが、断ればまた父親の叱責が飛んでくるに違いない。
「…わかりました」
その日からビアンカはミゲルの世話を中心に仕事をする事になった。
そして、カルロスがビアンカの元を訪れる予定の日、ビアンカは着替える事を許されず、メイド服のまま仕事をしていた。
けれど、もう間もなくカルロスがやってくる時間になる。
しびれを切らしたビアンカは義母の所へお願いに行った。
「奥様。間もなくカルロス様が来られますので、着換えてもよろしいでしょうか?」
義母は既にカルロスを出迎える為に、着替えて支度を整えていた。
「仕方がないわね。カルロス様をお待たせするわけにはいかないものね。その前にミゲルの所へ行って用事を聞いていらっしゃい。それが終わったら着替えてもいいわ」
ビアンカは義母の言葉にホッとした。
すぐにミゲルの元に向かうと「お茶を淹れてこい」と告げられた。
お茶の準備をしてワゴンを押してミゲルの部屋に入った。
その時、妙に甘ったるいような匂いがしたが、気にする事もなくお茶を淹れた。
そして…。
気がつけばミゲルは血塗れでうずくまっていて、ナイフを持って立っているビアンカがいた。
呆然とする中取り押さえられ、両腕を拘束され、騎士団の馬車に乗せられた。
その道すがら、驚いた顔をしているカルロスと、ほくそ笑んでいる義母とデボラの顔かあった。
ビアンカは異母兄の殺害未遂で拘束されたのだった。