11 卒業式
何の滞りも無く過ぎて行った学校生活も、今日の卒業式で終わりを告げる。
嬉しいはずの卒業式だったが、ビアンカは明日からの生活に多少の不安を抱いていた。
今までは学校が休みの日だけメイドの仕事をさせられていたが、明日からは毎日仕事をさせられるのだろうか?
けれど、ビアンカは二ヶ月後には十八歳の誕生日を迎えて、カルロスと結婚式を挙げる事になっているはずだ。
その準備をしなくてはいけないのに、未だに父親からはその事については言及されていない。
(今日の卒業式が終わったら、お父様に結婚式についてのお話をしなければ…)
そう決意してビアンカはいつも通り、デボラと一緒に馬車に乗った。
ビアンカの向かいに座るデボラはいつにもまして上機嫌な顔をしている。
(そんなに今日の卒業式が嬉しいのかしら?)
ビアンカはちょっと不思議に思ったが、口には出さなかった。
馬車が学校に到着すると、いつもは先に降りるはずのデボラが何故か座ったままだった。
「今日は先にあんたが降りるのよ」
デボラにそう告げられ、ビアンカは面食らいながらも先に馬車から降りた。
すると、周りにいた他の学生達が、ヒソヒソと話を交わしている。
「まぁ! やはり本当だったのね」
「デボラ様、お可哀想に…」
そんな声がビアンカに漏れ聞こえてくる。
(一体何の話をしているのかしら?)
ビアンカが戸惑っていると、数人の女生徒がビアンカを突き飛ばすように、後ろのデボラに駆け寄った。
「デボラ様、まぁ大変!」
「せっかくの卒業式の日になんてこと!」
その言葉の意味を知ろうとビアンカが振り返ると、そこには片方の頬を赤くしたデボラが立っていた。
(さっきまでは何とも無かったのにどういう事?)
驚いているビアンカを尻目にデボラの周りには次々と人だかりが出来る。
遠巻きに見ている人達も一様にビアンカに白い目を向けてくる。
(待って! 私がやったんじゃないわ!)
ビアンカはそう叫びたいのに何故か声が出ない。
「ビアンカ様! いくらなんでもこんな手荒な事をされるなんて!」
頬を押さえて俯いているデボラの横に立つ女生徒がビアンカを凶弾する。
それに賛同するように、他の女生徒もビアンカを睨みつけてくる。
「わ、私は…」
ビアンカが言うより早くデボラが、弱々しい声をあげる。
「皆様、およしになって。お姉様を怒らせた私が悪いんです。お姉様、申し訳ございません」
そう言うなりデボラが地面に跪こうとするのを、別の女生徒が止めた。
「デボラ様、こんな方に謝る必要はありません。それよりも早く医務室に向かいましょう。その頬を治していただかなくては…」
デボラを取り囲むように、女生徒達は医務室に向かって移動して行く。
呆然と立ち尽くすビアンカに周りの学生達の囁き声が耳に届く。
「やはり、あの噂は本当だったのね」
「以前、噂話が出た時もデボラ様に土下座をさせたって聞いたわ」
「だからデボラ様が噂話をしないように他の学生達にお願いしてまわったって聞いたわ」
「それなのに、このように卒業式の前にデボラ様を叩くなんて…」
そこでようやくビアンカはデボラの意図を悟った。
噂話はビアンカの耳に入らない所で、密かに蔓延っていた事を。
ビアンカは衆人の冷たい視線に晒されながら、トボトボと教室へ向かった。
教室に入ると、中にいた学生達は誰もビアンカに見向きもしなかった。
重い足取りで自分の席に腰を下ろすと、程なくして校医に治療してもらったデボラが教室に入ってくる。
「デボラ様、私のお席の隣にどうぞ」
デボラはそのままその女生徒の隣の空いていた席に腰を下ろした。
その際、チラリとこちらを見たデボラの口角が上がっているのをビアンカは見逃さなかった。
その後、担任教師に出欠の確認を受けた後、ビアンカ達は卒業式が行われるホールへと移動した。
ホールの入り口では卒業生の胸元に花のコサージュを付ける為に在校生達が待機していた。
誰もが嬉しそうに在校生にコサージュを付けられている中、ビアンカだけは誰からも相手にされなかった。
見かねた一人の女生徒がビアンカにコサージュを差し出してきたが、手渡されただけで付けては貰えなかった。
ビアンカは潰れて不格好になったコサージュを何とか見える形に直すと、自らの手で胸元に付けた。
そのまま、卒業生達が座る一番後ろの席で、ぽつんと一人で座った。
皆が卒業式の感動で涙を流す中、ビアンカだけは惨めな思いで涙を流した。