川ごたつ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、奇妙な景色をどれだけ見たことがある?
フィクションで見るような、奇々怪々なものばかりじゃなく、本来あるべきはずのものがなく、ないはずのものがある……そのような状況だ。
誰かの手がくわわったのか、はたまた自分の思い違いか……そう判断に困る程度なら、まだかえって助かるかもしれない。
でも、はっきりと誰かの意図を感じる、ともなれば警戒レベルもおのずと上がる。
触らぬ神にたたりなしと放っておくか。あるいは転ばぬ先の杖とばかりに、それを調べておくか。
いずれが正しいのかは、結果論でしか判断がつかないところだろう。
そのときにその選択をしたというのは、天命。あとは自分で何とかしていくしかない。
僕の以前の話なんだけど、聞いてみないかい?
あれは小学生くらいのときだった。
僕の通学路には二級河川を横断する橋が含まれていて、そこから川の様子を見下ろすことが、ほぼ日課になっていたんだ。
たいていは釣り人の姿がちらほら見られるんだけど、この日は珍しく、それがなし。
代わりに、僕の目を引くものが川べりに置いてあったんだ。
本流から分かれた、川辺の一部に砂利たちの裂け目ができている。
そこから川の水が流れ込んで、土手近くにできたくぼ地に注がれてたまり、池となっている箇所があるんだ。
ここもまた、ときに魚が入り込んでいるときがあって、椅子やパラソル、テントまで持ち込み、釣り堀感覚で挑む人も見かけたことがあった。
いま現在は無人のそこだが、僕が気になったのは、池へ注がれる水の通り道。
ひとことでいえば、こたつ。
直方体のそれのてっぺんには、木製の板らしきものが乗せられている。それにはさまれて垂れるのは、黒と緑のまだら模様をした布団。
すっぽりと四方を囲いながら、着地しているのは水の通り道のど真ん中。
もとより、通り道は軽く飛び越えることができるくらいの幅で、こたつはゆとりをもって、その上に乗っかっていた。
水たちは絶えず、こたつの下へ潜り込んでは、反対側から流れ出て、池へと注がれていく。その様子は、まるで関所を思わせる風情だった。
――いくら釣りに熱心な人が用意したにしても、ちょっとのめり込みすぎじゃないかな。
珍しい光景に、ついつい足を向けてしまう僕。
下りやすい土手へ回り込んでから、いざこたつへ近づいてみる。
しまいこんであるのか、プラグのたぐいは外へ出ていない。もっとも、ここに電力供給のコンセントがあるわけでもないが。
こたつへ触ってみたい衝動へ駆られたけれど、誰が触ったかも分からない物品に接触するのは、ちょっと気が引けた。
学校でも、乗り物の手すりなどはばい菌だらけだから、帰ったらちゃんと手を洗うように……と注意がうながされたばかりでもある。
かといって、自然にあるものが汚くないわけでもないだろうけど、このときの僕は川水とかなら、まだマシのような感覚がしていたんだなあ。
僕はこたつの手前、川に近い側の水に、指を差し入れてみた。
すでに秋を迎えたこの時期にふさわしく、夏場よりずっと冷たく感じられたよ。これなら、池もたいそう冷えているだろうなあ、と。
ところが、こたつと池の間の水へ指を差し入れてみると、思いのほか暖かい……いや、むしろ熱さを感じるほどだったんだ。
沸かしたてのお風呂か、それよりもう少し上か。ぱっと手を引っ込めてしまうレベルじゃないけれど、肌へふつふつと、痛痒さが立ち上ってくる。
――もしかして、川水たちもあったまりたくて、こたつでぬくぬくしているのかな?
なんとも、のんきでファンタジーな想像を、一瞬でもしてしまった自分を、あとになって呪いたくもなったよ。
とたん、水へ差し入れていた指たちへ、無数の針先が殺到したような痛みが走った。
特に爪の先がひどい。
このときの僕は、爪切りを非常にめんどくさがっていて、ややもすれば凶器になっちゃうんじゃないかというほど、指からはみ出して爪を伸ばしていた。
そのもろ出しの爪が、根元もろとも引きはがされそうなほどに、強く強く叩かれたんだ。
指を引っ張り上げたのは、それらを感じてすぐだったにもかかわらず、指たちのそこかしこからは血が流れ出ている。ぬぐってみれば、そこには確かに細かい穴たちが身を寄せ合って、皮膚を破っていたよ。
爪に至っては、白い部分に穴かいくつも貫通していて、その部分がぐらつく、あるいはもぎ取れてしまっている有様だった。
――こたつを通り過ぎた水に、何か潜んでいる!
だとすれば、これらが流れ込んだ池のほうは、どうなるというのだろう。
さっと見やった池は、いつもと変わらない深い青黒さをたたえていたけれど、僕はケガした指たちをかばいながら、そそくさとその場を逃げ出したよ。
それから数日。
池のまわりに置かれていた釣り人グッズが、まとめて消えていたんだ。
各々のタイミングが重なって、いっぺんに片づけられた……という線もなくはないだろう。
けれども池のふち全体は、大きく、不揃いな刃物のようなもので、ずたずたに荒らされていてね。
上から見ると、獣らしきものの口がかみ砕いて回ったように思えたのさ。
この時にはもう、こたつはなくなっていた。池自体もまた、数日後にこつぜんと水を無くしてしまったのだけど、そこには底が見通せないほど深い穴が空いていたのだとか。