後編
目を覚ましたぼくを見て、白い服を着た人は言った。
「しばらく入院させて、様子を見ましょう」
ぼくの周りには知らない人たちが居て、その人たちは難しそうな顔をしていた。
「時間が経てば思い出すかもしれませんが……」
白い服の人と知らない人たちは、ぼくを記憶喪失だって言ったけど、そもそもぼくの話をちっとも聞いてくれなかった。シーラカンスは空を飛ばないよ。そんなに大きなダンゴムシはいないんだよ。そんなことを言うからぼくは腹が立ったけど、窓の外を見ても魚は飛んでいなかった。
「全部夢なんだ。長い夢を見ていたんだよ」
知らない人が言ったけど、ぼくはちっとも信じられない。
白い服の人が出て行って、知らない男の人がぼくと一緒に一人部屋に残った。その人はそわそわしながら、手元の新聞を開いて眺めて、同じところを何度も目で辿っていた。ちっとも読んでいないのがぼくにはお見通しだった。
「ちょっと、トイレに行ってくるね」
その人が部屋を出て行って、ぼくはうんざりした。退屈でつまらなくて、すっごく居心地が悪い。放置していった新聞を手に取ってめくってみたけど、ちっとも面白くなかった。何ページ目かの一家心中の記事を見て、気分が最悪になって新聞をベッドに放った。
ぼくはここにいたくない。
全部忘れて、消えて、失くなってしまえ。
ぼくがいるべきはここじゃない。みんなが夢だって言ったあの世界。
ぼくの中で、何かがしゃぼん玉みたいに弾けて消えた。
お尻が急にむずむずする。なんだろう。そっとズボンに手を入れると、細長い尻尾の先がぴょこんと飛び出した。
甲高い笛の音がする。
窓の外に目をやると、大きな大きなシーラカンスが、ゆっくりと空を泳いでいた。