表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

異世界最強の巫女〜不本意ながら彼女が最強となったわけ〜

作者: 白井夢子


『まもなく1番線に電車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ちください』


駅の案内放送に、携帯の画面から現実へと意識を戻した。

昨夜遅くに届いていた、今日こなすべき業務の内容メールを読んでいたところだった。


本当は、メールが届いた時に、着信音でそのメールに気づいていた。

だけど表示された相手の名前を見て、その時は敢えてメールを開かなかったのだ。


(こんな深夜は仕事の時間ではないし、見たら絶対眠れなくなるヤツだ。そんな危険なものは、明日の朝電車の中で見ればいい)

その判断のまま、今まで放置していたものだった。


(とりあえず電車に乗ってから続きを読もう)

携帯から目を離し、顔を上げる。


その視線の先で、1人の女の子が目に留まった。



「……」

何か様子がおかしい。


電車の到着を待つ行列と行列の間を、緩慢な動きで線路に向かって進んでいる。

そして、彼女が向かっているそこは、電車の扉が開く場所ではない。


その子の顔を見ると、顔色は青白く、目に力がない。

目の前が見えているのかも怪しい様子だ。


(あ、これやばいヤツだ)

瞬時に状況を悟る。




最近、電車での事故がやけに多い気がする。

朝早く、仕事に向かう時間。

そして、夜遅く、仕事から帰る時間。

1日にその2回しか電車に乗らないのに、なぜかたびたび遅延の放送を聞いている。


(これから始まる一日を受け入れられない人が多いのだろう)

そんな考えが浮かぶたび、胸の奥が重くなった。


仕事で落ち込んでいる時は、なおさらだ。

自分だって、仕事に行きたくないと思う朝はいくらでもある。

顔も名前も知らない誰かであっても、絶望の縁にいる人がいるという事実に息苦しくなってしまうのだ。


流石に目の前での事故を見たことはない。

けれど、あの目を見ていると、人生に絶望している人は、きっとこんな目をしているのだと思ってしまう。



(彼女を止めなくちゃ!)

そう思うが体が動かない。


(彼女を止めてあげて!)

そう叫びたいが、喉が貼りついたように声が出ない。

口からヒューヒューとおかしな息が漏れるだけだ。



電車がホームに入ってきた。

彼女の足は止まらない。

通勤ラッシュ時の今は、周りに多くの人がいるというのに、みんな携帯しか見ていない。

みんな皆視線が下に向いていて、誰も彼女に気づいていないのだ。


彼女の足は止まらない。

彼女がホームから落ちてしまう。

電車が視界に入る。

――もう間に合わないの?



お願いします!神様。

どうか彼女の足を止めてください。どうか彼女に誰かの手を伸ばしてください。

このままではあの子の人生が終わってしまいます。

それは学校の制服を着たあの子には早すぎます。

今は耐えられなくても、きっと終わりはあるはずなんです。

ずっと続くものではないと、逃げることもできると――

必ず希望が見える時が来ると、教えてあげてください。


お願いします。

あの子を助けてあげてください。


――もし。もしここで助けることが出来ないなら。

あの子が幸せに過ごせる場所へ、今すぐ連れて行ってあげてください。


こんな事故は、どこかにある異世界へ繋がっていると聞いたことがあります。

そんな世界があるなら、そこに彼女を連れて行ってください。

ここが辛いなら、そこで幸せを見つけるチャンスを、あの子に与えてください。


お願いします。神様!!




ああ、もう電車が彼女に触れるところまで近づいている。

――もう間に合わない。

立ち尽くすだけで私は何も出来なかった。

信仰心のない私の祈りは、誰にも届かなかったのだ。



ギュッと目を閉じる。

こんな酷い現実を見れる訳がない。

無力な私もどこかへ消えてしまいたい。

このまま何も無かったように、これからを過ごせるはずがない。


身体が急激にキンと冷える。

目を固く瞑る自分に見えるのは闇だけだ。

痛いくらいの静寂の中で、ハッハッと自分の浅い息だけが聞こえる。






随分時間がたったように感じた。

人は危険が迫った瞬間、まるで時間が止まったかのように感じるという。

今の私も、きっとそうなのだろう。

……身体はまだ固く強張っているが、少しなら動けそうだ。


恐る恐る、目を開ける。


「…………」


言葉が出なかった。

目の前に広がっていたのは、色とりどりの花が咲き乱れる平原だった。


「……え?」


私は確か、家の最寄駅のホームに立っていたはずだ。

これから満員電車に乗って、会社へ向かうところだった。

今日も、こなさなければならない業務が山積みで――昨夜届いた業務指示のメールだって、まだ最後まで目を通せていない。



呆然と立ち尽くしていると、突然、澄んだ綺麗な声が響いた。


「気がついた?おめでとう。あなたがこの世界の巫女に選ばれたのよ。これからはこの世界で、幸せに暮らしてね。」

「……え?」


言われていることが、まったく理解できない。


「あの、どちら様でしょうか?」

「私はこの世界の女神よ。あなたの祈りの力に引かれて、あなたを見つける事が出来たの。とても強い祈りだったわ。……今まで辛い思いをして来たのね。もう大丈夫よ」


「………」

言葉を返すことも出来ないまま、女神を名乗る彼女を見つめる。


神々しい光を纏った、足首まで届く髪。

整った顔立ちは、まるで絵画に描かれる女神そのものだ。――実際、女神を名乗っているのだけれど。

その表情は慈愛に満ちていて、何もかもを包み込むような寛さを感じさせた。



女神が言う。


「この世界であなたは祈りの巫女となるの。討伐に出た先で、その強い祈りで魔物を浄化して、傷ついた人々を治癒し、この世界に平和をもたらしてあげてね。

そんなあなたを愛する人達をたくさん用意したわ。

王子と騎士、魔法師、それから宰相と――隣国の王も付けておくわ。みんな極上のイケメン揃いよ。ふふ、幸せにね」

「………」


――愛される人が多すぎる。

いやそれよりも。


「あの、女神様。人違いです。この世界を望んだのは私ではなくて、同じホームにいたあの女学生さんなんです。どうか彼女をすぐに助けてください。このままだと彼女の人生が終わってしまうのです」


必死に女神に状況を説明する。

こんなノンビリしている時間はないはずだった。


「女学生?……ああ!あのホームから落ちそうになった子?」

「そうです!今すぐに彼女を―」

「彼女生きてるわよ」

「…え?」

「ホームから落ちる寸前にね、最前列に並んでいた男の子が腕を引いてくれたの。ちゃんと助かったわ」

「助かったのですね…」


一気に力が抜け、その場に座り込む。


良かった。助かったのか。

(これからあの子の運命が良い方向に向かいますように)

――そう強く祈る。


「……やっぱりあなた素質があるわね。今の祈りも良かったわ」


よく分からないが、褒められたのでお礼を伝えておく。

「ありがとうございます…?」



安心してハァと息をついた時、ハッと気づく。

ヤバい、遅刻だ!


「女神様、そろそろ元の場所へ帰してください。私、今日は仕事が山積みなのです。もし出来るなら、さっきの駅じゃなくて、本町駅まで送ってくれると助かるのですが。出来れば地下鉄線じゃなくて、遠鉄線の方で。会社がその近くなんです」



私の言葉に、女神が、ほんの少しだけ冷めた目になった気がした。


やはり「本町駅まで」なんていうのは、図々しかったのだろうか。

……しょうがない。遅刻は受け入れよう。


「あの、すみません。ちょっと欲張りすぎましたよね。さっきの駅で大丈夫です。よろしくお願いします」


「あなた何言ってるの?あなたの魂、あの世界から今にも離れかけているのよ。」

「ええ?!」


いやいやいや。それはない。

学生さんほどではないが、私は十分若いし十分健康だ。

それは誤解だと口を開こうとした時に女神が話を続けた。


「あなたね、あの女学生が電車に轢かれたと思った瞬間、強いショックでその場に倒れたの。あまりにも衝撃が強くて、心臓が止まりかけたのよ。気づかなかったの?」

「え…?私が…?」


どうやらあの時危険だったのは、彼女ではなく自分だったらしい。

「え、でも……まだ戻れるんですよね?まだ間に合いますよね?お願いします、何とかしてください。今日、私が会社に行かないと、仕事が回らないのです」


女神がふうとため息をつく。

「『自分がいないと仕事が回らない』なんて、傲慢な考えよ。そりゃあ……いた方が助かる人はいるけど、意外とどんな人でも、いなくなっても何とかなるものよ」

「………」


――正論で殴りかかってきた。

確かにそうだ。一会社員の自分がいなくなって傾くような会社ではない。そんな会社であれば未来がないだろう。


「実は私、一人暮らし中なんです。今日食べないと冷蔵庫のもやしが傷んでしまいます」

「もやしは諦めなさい」

――確かにそうだ。もやしが何だというのだ。



『何をしょうがないことを言ってるのかしら』

そんな呆れた目で女神が私を見てくる。

はあ……とついた女神のため息に、ビクリと肩が跳ねた。


呆れを含んだその目に、胸の奥がきゅっと縮む。

こんな所で見捨てられる訳にはいかない。

ここに置いていかれたら、それこそどうしようもなくなる。



「あの、違うのです。私は本当に何も出来なくて。

ホラーが苦手だから、魔物なんて、見た瞬間に気を失ってしまうかもしれません。きっと討伐の邪魔にしかならないです。私はチキンハートなんです」


私の言葉を聞いて、女神は少し考える様子を見せた。

「まあ、確かにそうよね。いきなり魔物に対峙しろと言われても怖いわよね」


――女神の言葉に希望が見える。


「しょうがないわね、魔物は詠唱を唱えるだけで消滅できるように、あなたの言葉に聖力を込めてあげるわ。文献の中に書かれている文字を読むだけいいのよ。遠く離れた所からでも効くから、もう怖くないでしょう?」


――駄目だった。まだ巫女設定を抜けられない。


「あの、私、お恥ずかしながら外国語が全然駄目なのです。

周りはこんなに外国人観光客に溢れているというのに、英語だって碌に話せません。

話すどころか、読むことすら怪しいくらいで。とてもじゃないけど、この世界の文献なんて読めません」


――もう自分の駄目な部分を曝け出して、女神に必死に訴える。

恥をかくことが何だというのか。


女神がまた、はあ……と軽くため息をつく。

「しょうがないわね。文献は手を触れただけで詠唱を吸収出来るようにしておくわ。事前に触れておけば、一生効果が続くというサービス付きよ。これで苦労知らずで文献に取り組めるわね」


――まだだ。まだ巫女設定は続くのだ。

巫女の能力推しでは駄目だ。何か他の理由で攻めなくては。


「あ、あの……私はこんな感じですし。そんな素敵な方々の隣に立つなんて、とても無理です。

話すことはおろか、目を合わせるだけで緊張してしまいます。打ち合わせや討伐の旅なんて、想像しただけで胃が痛くなります。

たぶん私だけ浮いてしまって、皆さんに気を使わせる気がするんです……」

――これでどうだ。


思わず口をついて出た、「自分だけ浮いてしまう」という言葉に、胸が痛んだ。

けれど、そんなことを気にしている場合じゃない。

とりあえず女神を思い留まらせなくては。


女神が私をじっと見つめ、口を開く。

「ああ……まあ――確かにそう……ね」と、ゆっくり頷いた。


納得された!!

私は、浮いてしまう人なのか。

――なんだか、とてもやるせない。


女神は、指先を軽く振りながら、慰めるように優しく語りかけた。


「だいじょうぶよ、安心して。……ほら、これで誰が隣に立っても、気にならなくなったでしょう?」


「……あ」

胸の奥が、ふっと軽くなる。

なぜか分からないけれど、今なら――

どんな相手が目の前にいても、視線を逸らさずに話せる気がした。


けれど。


それが、何だというのだ。

浮いていることを気にしない心が欲しかったわけではない。

私が欲しかったのは、こんな変化じゃない。


元の世界に戻りたい。

ちゃんと息ができる身体で、いつもの朝に帰りたい。

それだけだなのに。


「あの……」

言葉が、喉の手前で止まった。

何を、どう伝えればいいのか。


女神は、呆れの中に感心を滲ませたような顔をした。

「まだあるの?あなた、交渉のプロね。流石、選ばれし巫女だわ」

「………」


もう、何も言えなかった。

そして私は悟った。

きっと私には、行く以外の選択肢はないのだろう。

――与えられた様々な能力を持ちながら。


「皆んなを待たせすぎよ。そろそろ行きなさい。

その扉の向こうには、王子も、騎士も、魔法師も、宰相も、隣国の王子も、あなたを待ってるわ。さあ」


――多い。多すぎるのだ……


女神は「さあ」と言いながら、少し離れた空間にある扉を指さした。


(もう行く以外の選択肢はない)

私はそう覚悟を決めて、扉に手を伸ばした。






だが、開けることが出来ない。

扉に手を伸ばしたまま、身体が固まってしまったのだ。


この扉を開けた瞬間、きっと自分の世界は変わってしまう。

流されるように開けていい扉ではない。


(やっぱり、もう少し時間をもらおう)

そう思って扉に伸ばした手を下ろし、女神の方に向き直る。


「あの―」

言いかけた言葉が、喉で止まった。


――女神が怒っている。

にこやかに慈愛の微笑みを浮かべながら、額に青筋が立っている。美人の怒りは迫力があり過ぎる。


どうやらゴネすぎたようだ。

これは、そろそろ本当に行かねばならない。


「あ、では……行ってきますね。色々ありがとうございました」


深々と礼をする。

『私が立ち止まったのは、お礼をするためだった』

――そう印象付けておく。


そして、これ以上機嫌を損ねないうちに、いそいそと扉を開け、その中へ足を踏み出した。





こうして私は異世界最強の巫女となった。


詠唱を遠くから唱えるだけで、魔物は瞬時に姿を消す。

多くの文献に記録されているその詠唱は、巫女が手をかざすだけで吸収されるものだ。


素晴らしい能力と、世界の要人たちの前に堂々と立つ姿。

そんな巫女は、この世界の有力者たちから強く望まれている。


――それが、私である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
仏(女神)の顔も三度まで… 石のスープみたいな話だなと思いました。それを望んでいたかどうかは全く異なりますが。
[良い点] チキンハートな心優しい女性が異世界最強の巫女になるまでの過程が面白すぎる…!!! 女神様は太っ腹だし、やり取りも面白いし、凄く深掘りしたくなる…! [一言] いつか長編になって深掘りされた…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ