第二話 思いがけぬ天運
「心決めるか……。」
城門を超え、外へと出た。気合いを入れるために頬を叩きながら、言葉を発する。
「初めての戦いだな……。」
そう今回の依頼は初めての魔物討伐依頼だった。
ホーンラビット討伐、低級の魔物で初心者冒険者でもこの依頼での死傷者は少ない。
あくまで少ないだけであり、死亡例もあるらしいのでこの手の討伐依頼にはずっと尻込みしていた。
しかしながら今は死活問題でこの依頼が失敗したら俺は飯も食えなくなってしまう。
それに賽は投げられた。覚悟を決められたのは先ほどの子供のこともあるだろう、金がなくなったのもあるだろう。
どちらにせよ俺はこの世界では圧倒的弱者である。そんな俺ができることはもとより決まっていたのだった。
そんな決意を考えていると目的地に着いた。
「キュキュッ」
すると早速ホーンラビットを目撃した。
一本角の兎がぴょんぴょんと駆け回る姿は実にほのぼのとする……なんてことはなく本当に実在しているのだと、そして今から命を刈り取るのだと言う緊張で手や額から汗が吹き出してきた。
「……っ」
深呼吸をしながら鞄を置き短剣を鞘から出し、腰を低くし臨戦体制へと移行する。
「——キュ」
ホーンラビットもこちらの戦意を感じ取ったのか瞳と瞳が相うつ。
「キュゥ!!」
「……っ!」
先手を取ったのはホーンラビットだった。
必死に回避を試みる。ファンタジーの魔法と剣な世界であるこの世界であるが回復魔法の需要は高く、一文なしの俺は一本角に当たり怪我でもおったら一巻の終わりである。
「っ!なんっとかっ!」
一発目の回避は成功した。だが追撃がすぐに来ることは分かっている、俺は腰に踏ん張りを入れ思いっきし地面を蹴り上げた。
「オラ……ぁっ!」
「キュっキュっ!」
砂煙が巻き上がり兎にかかる。兎は一瞬怯む、そして俺はその一瞬を見逃さないようにさらに踏み込み勢いよく兎を蹴り上げる。
「っ!もう一回っ!」
「キュウゥッ!!!」
俺はチャンスを逃さないように畳み掛ける。さらに走り、今度は手に力を精一杯込める。
「これで終わりだっ!」
「ギュアアア!!!!」
全体重を一本の短剣へかけ、兎の腹へと突き立てる。
ぐりぐりと確実に命を刈り取る。ゆっくりと着実に生命が漏れ出ていくのが感じられる。
「……キュ……キュ……。」
「はぁはぁ……はぁ……。」
兎から短剣を抜き、肩で息をしながら生命を噛み締めほっと胸を撫で下ろす。
「はぁはぁ……なんともまぁ……呆気なかった……か……。」
言葉通り勝負は一瞬で、終わってみればなんてことはなかった……ように感じられた。
思ったより俺はドライな人間だったのか今しがた命を奪ったのに、罪悪感は薄く思ったよりも心は安堵感に満ちている。
「……魔核も取らねぇとな……。」
周囲を見て安全を確認し、しゃがみこみ傍に置いていた鞄から小袋を取り出す。
魔物討伐の時の主な収入源としては依頼料、魔物の素材、魔核の三つであり依頼料や魔物の素材は時期やその依頼主によりけっこう変動がある。
しかし魔核はギルドが固定の価格で買取をしているので最低保証の値段を考える時、その魔物の魔核の値段が参照されることが多い。
ちなみに魔核とは呼んで字の通り魔物の核の部分でその魔物の魔力が結晶化したものらしい。
いちおう一週間この魔核のことも含めて色々とこの世界のことを調べていたのだが、いまいち現世との法則性が異なっており理解は難しいと感じた。
なんて言うかファンタジーな部分はもちろん興奮するし嬉しいのだが、ちょっとスタートダッシュだけは応援して欲しかったと切に思った。
はたして現代科学は通じるんだろうか……そう思うと本当に異世界に来てしまったのだと凄く自分が哀れに感じた。
「って、どこにあるって言ってたっけ……魔核」
色々と考えが飛躍していたが、現実に意識を戻し魔核の場所を探る。
収集した知識によると心臓の位置とは反対の位置に大概はあるらしいが、実際にはもちろん初めてなので少し探すのに手間取る。
「……あった……ちっけえけど……金色なんだな……。」
数分後俺が見つけた金色の小さなカケラ。
他の冒険者がギルドに持ち寄っていた魔核は紫と黒が混ざったような色合いだったイメージがあるのだが、俺が今入手した魔核はその色合いとは全く似つかない発色のいい金色である。
「いや待て……もしかしてこれレアドロか?」
この時俺の現世のゲーム知識は冴え渡っていた。
金色の魔核を小袋にひっそりとしまいこむ、よしギルドの職員さんにひっそりと換金してもらおう。
俺は足早に街へと戻った……。
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勘違い……なんてことはなかった。
「50万と3千フール……。」
俺は思いがけぬ棚ぼたな現状に天を仰いでいた。
どうやら金の魔核はガチで激レアなものだったらしく、50万フールという超高価格で売れた。
ギルドの職員さんにひっそりと換金してはもらった為、定番の絡まれイベントは発生しないと思う。だがどうにも所持をしている大金を前に疑心暗鬼になってしまう。
「追い剥ぎとかカツアゲとかはねぇよな……ってぇ!うぉぉ!!!」
後ろから何か引っ張られた。疑心暗鬼の手前、思わず大声が出てしまった。
俺はおそるおそる振り向いた。
「……あっ」
汚い外套に細い腕、それは今朝飯をあげた子供だった。
「……。」
その子供は無言のまま俺の裾を離さない。
「おうよ、今朝ぶりだな……どうした?腹へっちまったか?」
俺は笑みを浮かべしゃがみこみ、頭を撫でるがその身体は震えて上手く言葉が出てこないようだった。
胸が締め付けられる。俺にはこの子が今までどんな人生を歩んできたのか分からないけど、決して楽で平坦な道ではなかったことは予想できる。
現に震えているのも単に緊張しているからなのか大人に不信感をもってしまって怖がっているからなのかは分からない。
しかし後者だとしたら、震えるくらい怖い大人の俺にそれでも生きるために頼ろうとしたのだ。
勇気が必要だったであろう、怖かったであろう。
縋り付く思いで俺の服を必死に握ったのだ。上手く言葉に出せなくてもいい、今はそれでいい。
多少、懐に余裕ができたからといって何も知らない土地。
自分自身もまだまともに立てない中、人を救おうとするのはあまりにも傲慢で貪欲であることは重々理解している。
だが俺は誰かを救いたかった、誰かを救って救われたかった。
初めて自分に英雄願望があったのだと今気づいた。
偽善であると思う、この子を助けて俺に目に見えた利益はないし共倒れになる未来もある。
いわゆる異世界ハイってやつなのだろうか?
そんな言葉あるのか分からないが、俺は少し大胆になったと思う。
前だったら俺は傍観者に徹していたし、とにかく責任から逃げていただろう。
異世界に来てから吹っ切れたって言うか、いい意味で追い詰められているのかも知れない。
もしやただ寂しかっただけなのかも知れないし、誰も知らない未知の土地で誰かに話を聞いて欲しかっただけなのかも知れない。
いくら考えても俺ですら自分の心中は分からなかった。
「……よし!じゃあ取り敢えず飯食いに行くか!」
「えっ……ぁ。」
震える細い腕を握り、俺たちは飯屋へと歩み出した。
——この時……巡り始めたのだった。




