《9・英雄となり得る者》 ~カイ~
『ベアブックという町で、あなたは大きな剣と宿命を背負った若者に出会うでしょう。彼こそが英雄となり得る者です』
僕をこの国に遣わした『聖樹』の精霊はそう言っていた。
その『英雄となり得る者』が今目の前にいるこの人であることは間違いないと思う。
僕はナインステイツ国から遠く離れたとある森で暮らす精霊族で、聖樹は僕らの一族が守護している大樹だ。
世界の要と言われている。
聖樹の精霊は、魔界から来た龍がこの国のどこかにある兄弟樹たる『神樹』…この国では『聖なる樹』と呼ばれているらしい…を狙っているが、彼らは無関係の人々を女子供に至るまで虐殺し国を滅茶苦茶に荒らしていると言っていた。
そんなこと、許せるはずがない!
彼…シンがこれからどう行動するかによっては、この国を…ひいては神樹の危機を救うことになるかもしれない。
そうなるようそっと導いていくのが僕の役目ということだ。
ナインステイツ国は周りを海に囲まれ大小の島々で構成された島国だ。
数百年前は9つの小さな国をそれぞれ領主が治めていたのだが、領土争いの末に現在の王族であるスターライト家が国家統一を果たしたそうで、『九つの州(小国)』を意味する国名はそこから来ているらしい。
森から出ることがほとんどない僕にとっては生まれて初めて見る海の青さ、白い波、潮風の匂い、ここへ来るまでのおよそ1週間にわたる船旅は新鮮だった。
入国した港町では行き交う人の多さと熱気に圧倒され、とりあえず近くにいた人に『ベアブックに行くにはどうしたら良いですか』と尋ね、教えられるままにチケットを買い、船と馬車を乗り継いでここに来たら町に龍が入ってきていて戦闘になり、シンに出会った…という訳だ。
シンに地図を見せてもらった。
地図には国の地形を成す山々や川、平原、島、それから人々が暮らす村や町の位置や名前が記されている。
僕らが今いるベアブックはこの国で最も大きな島であるナインステイツ島(『本土』と呼ばれているそうだ)の中西部に位置する大きな町だ。
地図は国の北側と北東側に当たる部分…約3分の1が赤で塗りつぶされ、その中にある村や町は斜線で消されていた。
「名前が消されている村や町はな…龍どもに滅ぼされたんだよ」
シンが説明してくれた。
「地図の赤く塗られた部分は龍どもに占拠された、『危険地帯』ってヤツさ」
「危険地帯…ですか…」
「この国は…3年前までは平和だった。国王リチャード・スターライト陛下の善政のもと、農耕や漁業など豊かな自然と共に暮らしていたんだ」
「では…元々龍がいた訳ではないんですね?」
「あぁ。あの龍どもは3年前にある日突然現れて、村や町を次々と襲ったんだ…。女子供も老人も皆殺しだぜ」
「えぇ…そう聞きました…」
「ヤツらがどこから来たか、目的は何かは分かっていない。様々な噂や憶測が飛び交っているが、少なくとも人間の命など何とも思っていない侵略者であることは間違いねぇようだ」
「………」
「当時の都だったキングスキャッスルもヤツらに乗っ取られたよ。陛下や陛下に近しい人、あと都の住人たちは何とか逃げ延びたが、フレデリック王子はみんなを逃がすためたった1人で龍どもを足止めするため都に留まって…お帰りになられなかった…」
シンによると、龍たちにはボスがいる。
この国の人々はそのボスのことを便宜上『龍王』と呼んでいるそうだ。
龍王は先ほど現れた黒龍より大きく強い白龍で、乗っ取った都を拠点とし、配下の龍たちを指揮しているらしいという。
もっとも、居場所については定かではないそうだけど。
「この国の人たちは…戦わなかったんですか?」
「戦ってるさ、今でも。すぐに龍王を討ち取るのは無理にしても…せめてフレデリック王子のご遺骨を取り戻したいと、兵士長のミュラー・コール氏を筆頭に多くの兵士たちが…それに戦士、剣士、魔法使いなどが何度となくかつての都を目指した。が、未だにヤツらは侵略を続けている…」
「………」
「この国はもう何百年も戦争なんかしていないし、城の兵隊だけじゃ太刀打ちできない…。今でも、これ以上被害が広がらないよう食い止めるのが精一杯って状態さ。戦うことを諦めて国を捨てる者も後を絶たない…」
シンの声が、苦々しく聞こえた…。
「とはいえ、この国の民全員が龍どもとの戦いを諦めた訳じゃないぜ」
シンはそう言って、剣を収めてある鞘を背中に固定するためのベルトを示した。
そこには王冠と剣の模様が施されたバッジがあった。
「陛下の命で、兵士ではないが龍どもと戦う意志のある者たちを『傭兵』として登録し援助する『ギルド』が設立された。そこでは仕事の依頼を受けることができ、達成すれば報酬が貰える。龍どもに関する情報を得ることもできるんだ」
「さっき言ってた『龍退治の報酬』っていうのも…?」
「あぁそうさ。もっとも、さっきみたいに町にヤツらが入ってきたなんて緊急事態の場合は依頼として上げている暇はないが、一般人に被害を出さずに片付けりゃボーナスがつく。…というところで説明はだいたい終わったし、そろそろ行くか」
「行くって…どこにですか?」
「酒場。各町にある酒場がギルドの窓口なのさ」