《7・龍を狩る者》 ~ミュラー~
フレデリック王子の3回目の命日を数日後に控えた冬の朝、私は部下数人を率いてベアブックの町に急行していた。
夜闇に紛れてベアブックの西にある湾に入る怪しい船を見た…という情報があったからだ。
近頃はサセホを通さずに違法物品…例えば、本国では禁じられている幻覚作用のある植物、またはそのような物を材料に作られた薬物など…を密輸しようとする商人がいる。
そのような物を絶対に本国に搬入させてはならない。
ベアブックの町に到着した時、フード付きマントを纏い、荷台を布で覆った荷馬車で町を出ようとしている怪しげな男と遭遇した。
私が馬車を止めるよう呼びかけると、男は素直に馬車を止め、マントを取った。
かなり大柄で巨大な剣を背負った傭兵らしき若い男だった。
「積み荷を調べるんだろ。どうぞ」
そう言って男は馬車の荷台を覆っていた布を捲った。
そこには龍の死骸が4体積んであった。
「こんなもん運んでたんでね、女子供が怖がるといけないから布を掛けていたんだが…まずかったかな?ま、疑われることには慣れてるけどさ」
男は口元では笑みを浮かべていたが、その目は全く笑っていない。
恐らくは過去に何かあって、我々兵士に対して良い印象を持っていないのであろう。精悍な顔立ちをしており、その鋭い目には…まるで喉元に剣を突きつけられているような迫力がある。
「いえ…失礼致しました」
「いやいや。最近はサセホを通さないで妙なもん持ち込もうとする輩が出てきているからね。念の為、俺の身分証も見とく?」
男は布を元に戻した後、ギルドで実力を認められた者のみに与えられる認識票を見せてくれた。
『0009』の番号が刻まれていた。
さらに、番号の下に刻まれた名に覚えがあった。
3年前…最初に龍たちの襲撃に遭った東部のミツキ村で、用事で留守にしていた為唯一難を逃れた鍛冶屋の跡取り息子だ。
当時はまだ龍たちの存在が知られておらず、調査に当たった兵士の一部が彼を疑ったことで噂が流れ始め、その噂が流れていくにつれ誇張や拡大解釈による余計な尾鰭がつき、いつの間にか事実がねじ曲げられ、少なくともキングスキャッスルでは彼が自らの家族を含む村人17人を惨殺した殺人鬼…ということにされていた。
それを知った王子が彼は犯人ではない旨の声明を出していなければ、噂を盲信した者たちが彼を探し出して殺害する…という事態になっていたかもしれない。
このような時、集団心理は恐ろしい。
王子は声明を出した後も彼の身を案じ、ミツキ村における変事の直後に彼が身を寄せると言っていたというタリアの町まで彼を探しに行ったぐらいだ。
彼が我々兵士を嫌うのも無理はないか…。
しかし…。
ギルドで龍の討伐依頼を受けたのであれば、討伐の証拠品として心臓を引き渡すだけで良い。
死骸など何に使うというのだろうか?
「あぁこれ?メトロポリスキャッスルに持って行くんだよ」
彼は私の顔を見て察したらしくこちらが訊く前に答えてくれた。
「メトロポリスキャッスルに、こいつらを殺す魔法を研究している魔術師がいてさ、こいつらの体の構造や弱点を調べたいから死骸を手に入れたら持って来て欲しいって頼まれていてね」
「そうですか…。それにしても…貴方お1人で4匹も倒したのですか?」
「あぁ。何匹来ようがぶった斬るだけさ」
彼は口元では笑みを浮かべていたが、その目は相変わらず全く笑っていなかった。
「1匹残さず根絶やしにしてやるよ」