《6・残された者たち》 ~ミュラー~
フレデリック王子が帰らぬ人となってから3年の月日が経った…。
当時の都キングスキャッスルが襲撃に遭ったあの日…私は都にいなかった。
それより前に龍と対峙して傷を負っていたため、王子の命で他の負傷者たちと共に温泉地で療養していたのだ。
王子は我々に『そなたらには傷が癒えたらまた働いてもらう。しっかり療養せよ』と仰った。
その時は王子のそのお言葉に居合わせた全員が感激し、死ぬまで陛下と王子に誠心誠意お仕えしようと決意を新たにした。
まさかそれが最後のお言葉になろうとは…私を含め誰も思いもしなかった…。
都が龍たちの襲撃に遭い、王子がたった1人で龍たちの足止めをして殺されたらしい…という知らせは、陛下や王子の妹であられるリーザ姫様はもちろん、我々兵士や民にも多大な衝撃を与えた。
あの時、都に残っていた兵士たちは王子に陛下や姫様を含む城の者たちや都に住む民を安全な場所に逃がしつつ撤退するよう指示された…と聞いた。
子供の頃からの付き合いだから分かる…王子はそういうお方だ…。
陛下も姫様も王子のことで我々を責めるような言動は決してなさらなかったが、私を含め兵士たちは誰も、陛下や姫様のお顔をまともに見られずにいた。
…後悔の念が…頭から離れなかった…。
私がもっと強かったなら。
傷を負って都を離れたりしなければ…。
王子を…幼なじみで一番の親友であったフレッドを…みすみす死なせるようなことは無かったはずだ…。
さらに、都からの脱出では『白魔術師リリィ・ライトニング』と名乗る女性の活躍があった。
ライトニング女史本人は『私は一介の魔術師、大したことはしておりません』と言い続けていたが、魔法で幾つも自らの分身を作り民の先導を行ったと聞く。
当然、民には我々兵士より自分たちを導く白いローブ姿の女性の印象が強く残り、面目を潰された形となった宰相に『兵士が主君たる王子を置いて逃げ出すとは何事か!』と痛烈に批判された当時の兵士長が首を吊って自死してしまった。
また、一部の民の中にも我々兵士に対する同様の批判的な声があることも我々を精神的に追い詰めていった…。
そのようなことがあって己を見失っていた私の目を覚まさせてくださったのは姫様だった。
姫様は我々兵士を集め、仰った…
「兵士の皆さん。お兄様のこと…それに兵士長があのような形で命を絶ってしまったことで、あなた方が動揺するのは無理もないことでしょう。しかし、如何なる理由があろうと、ご両親よりいただいた命を自ら絶つような真似は絶対にしてはなりません」
我々の前に凛として立つそのお姿に、兄上である王子の姿が重なった。
「あなた方は誰一人として、龍たちに怯えてお兄様を見捨てて逃げ出した訳ではないでしょう?それでもお兄様に申し訳ないと思うのなら、天命を全うするまでどんなに辛くても生き抜きなさい」
『死ぬ気で龍たちを倒しなさい』ではなく『生き抜きなさい』というそのお言葉は私の…恐らくはその場にいた全員の胸に突き刺さった。
周囲では涙を流しつつ…嗚咽をこらえて歯を食いしばっている者もいた。
14歳の姫様がこんなにしっかりしておられるのに、既に成人している私がいつまでも立ち止まっている訳にはいかない!
漸く顔を上げた私に姫様は更に仰った、
「第二兵団長。私はあなたを後任の兵士長に推薦しようと思っているの」
その後、陛下より正式な通達があり、私は兵士長へと昇進した…。
キングスキャッスルが龍たちの手に落ちてからは国の南東部に位置するメトロポリスキャッスルが新たな都として機能するようになった。
しかし、あれから3年経った今も西に向けてじわりじわりと侵略は続いており、今はこれ以上被害が出ないよう食い止めるのが精一杯だ。
そのような状況の中導入された『ギルド』…すなわち腕に自信のある者を傭兵として登録し情報を共有する制度は、導入直後は問題も多かったが、細やかな取り決めが設けられるにつれ徐々に民の中に浸透し機能し始めていた。
我々兵士の力不足で本来非戦闘員であるべき者たちまで巻き込んでしまうのは悔しいが、相手が人間ではない以上、皆が力を合わせて立ち向かわなければ太刀打ち出来ないであろう…。